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玄人仕事  作者: 千場 葉
#2 『リゾート・ヒーロー』
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4.厄除けのジャーニー

 三日後――


「そっか! じゃあここはこうなって……」

「ああ、そうだ。覚えてしまえば簡単だろ?」

「よーし!」

「まさかダテさんに数字を扱う知識があったなんて…… どこかの学者さんだったのかしら?」

「いやいや、それはないでしょ、だってほら、俺字も読めないみたいだし」


 二日と島を回り、記憶探しを中断したダテはタストにせがまれるままに家庭教師の真似事をしていた。自信が無いと渋っていたダテではあったが、ことが算数程度であるとわかると俄然やる気を見せ、彼の勉強を見てやっている。

 タストの使う教科書の本文すら読めないダテだが、タストが言葉で伝えると彼はあっさりとその問題を理解し、解いてしまう。一般に数字は扱う知識は希少らしく、これにはアーニリアも驚いていた。どうやら彼女にも苦手な分野であるようだった。


「いけない、もうこんな時間…… タスト様、きりのいいところでお休みにしましょう」


 時計は午後9時を示している。熱中していたようだがタストにはもう眠い時間だった。


「え? ああ、ほんとだ。もう寝ないと……」


 時間を自覚したのか、彼の周りに面白いように眠気が渦巻きだしていく。


「そうか、じゃあ、おやすみタスト」

「おやすみなさいませ」


 大人二人は、そんなタストを優しげに見ている。


「おやすみ~」


 タストはふらふらと、洗面に向かおうと部屋を出て行った。


「ダテさん」

「ん?」

「よい豆が入りました。コーヒーでもどうです?」


 アーニリアは目をあらぬ方向へと泳がせながらダテをお茶に誘った。

 初日、三杯を飲んで話した日にわかったことだが、コーヒーは彼女の数少ない趣味のようだった。ちなみにタストは飲まないので、彼女個人の豆コレクションは酸化との戦いらしい。


「ああ、喜んで。ちょっと濃い目で頼むよ」


 はい、と少し嬉しそうな足取りでアーニリアが部屋を出て行った。

 ダテの中で、彼女の印象は随分と変わっていた。

 気づけばお互い警戒のようなものがかなり解けた気がすると、いつの間にやら我知らず、敬語を失してしまっていたダテは一人思った。



~~



「さてと…… 今日こそは何か喋ってくれるといいんだが……」


 別荘の住人が眠ると伊達は一人海岸まで抜け出し、今日も洞窟へと入っていく。無論、相手の計画を未然に知るためだ。いつ計画を実行に移すかはわからないが、掴める情報は相手が油断している間に掴んでしまったほうがいいと彼は考えていた。

 そろそろと伊達も焦れていた。短いようでもう四日目だ。

 彼らはすでに計画の手筈や実行の日取りまでもを決めてしまっているのか、寝静まるまでの間に打ち合わせを交わすようなこともなく、仲間内での賭け事に打ち込んだり、酒をあおったりで伊達の望むような会話に至ることはほぼなかった。

 わかったことといえば別荘に押し入って強行するつもりであることと、タストを誘拐することが目的であるということ。そして、「妙な客」として伊達の存在には気づいているらしいということくらいだった。

 見目麗しい観光地には不釣合いな体格の男が5人、見た目にしてそれほどの障害にはなりそうもない伊達の存在は、彼らにとってはさほどの問題ではないのだろう。彼に対しての警戒は薄いようで、とりたてて話題に上るようなこともなかった。


 どんな手段でいつ別荘に襲撃するかわからない以上、タスト達の安全を考えればあまり消極的なことを続けるべきではない。これ以上時間がかかるようならもっと直接的な手段で話を聞き出すことも必要になってくるだろう。

 そんなことを思いながら進んでいる最中、連中の一人がこちらへ向かってきているのが見えた。


「うぉっ! 退散退散……!」


 伊達は『暗がりの中でそれほどの明かりを必要としない』。暗闇の中、距離さえあれば相手に発見される要素はなかった。

 小走りに向かってくる男の進行に対し、伊達は手近な岩陰へと身を隠す。

 男はそのまま、伊達の隠れた場所をまっすぐに通り過ぎ――

 

――後方、洞窟の入り口の方で予想だにしない悲鳴があがった。


 聞き覚えのある声に、伊達は急いで駆け戻った。



「なんですかあなたは!」


 突然現れた男に取り押さえられ、女が気丈にも声を荒げている。


「おとなしくしろ! ……ん? お前は……」


 男が自分が捕らえている相手を認識した。毎日監視していた人物、それがここに現れたという事実が男から冷静さを奪っていく。


「ちっ! 嗅ぎ付けられたか!」

「えっ……?」


 女はわけもわからず、いきなり激昂する男をただ見ていた。


「くそっ! だったらしゃあねぇ!」


 男は女を地面に突き飛ばし、腰に差していた剣を抜いた。

 武器が禁止された島で目の前に現れる凶刃は彼女を戦慄させた。


「予定は全部パァだ! お前から死ね!」


 研がれた刃に月光が反射し、女の肖像を映す。黒い髪に褐色の肌、アーニリアは立ち上がることすら出来ずその輝きに震えあがった。男が凶刃を振るう、それが落下し――


 ダテの背中に吸い込まれた。


「えっ!? ええ……!?」

「よう、間一髪だな……」


 予定外の人物に、男が驚き後ずさる。


「お、お前は…… 来客の…… いったいどこから!?」


 男が凶刃を振るった、その場所にダテがいた。屈んでアーニリアを抱きとめつつ、男の刃を背中に受けていた。

 事態を判断にいたったアーニリアが体勢を立て直した。


「ダ、ダテさん! どうして……!」

「どうしても何も…… いやぁ、不覚っちまった…… まさか君が俺をつけてるなんてな、ちょっと浅はかだったか……」

「と、とにかく! 医者を……」


 そうしている間にも、ダテの背中からは鮮血が――


「くそ! まとめて死ねぇ!」

「ダテさん!!」


 ダテの腕の中、アーニリアが叫ぶ。

 再度、凶刃が振り落とされる。しかし――


「なんだ! なんでだお前!」


 凶行に及んだはずの男が、あまりの事態に後ずさる。ダテはアーニリアを優しく解放すると、男に向き直って立ち上がった。


 アーニリアは目を疑う。斬られたはずの彼の背中には傷が無い。それどころか服すら破れていない。


「やれやれ、こうなるんなら最初から暴力に訴えとけばよかったな」

「てめぇ…… 何を……」

「洗いざらい吐いてもらうぜ…… お前らが何者で何しようとしてんのかをな」


 そこにはアーニリアの知るダテはいなかった。タストと一緒に過ごし、自らより年上なのに、子供のような頼りなさと無邪気さを見せる、奇妙にして親しみやすい、放っておけない男だったはずのそんな彼は。


「くっそ……!」


 男は剣をダテに向けた。


「おい、お前…… 仏の顔は三度までって言葉知ってるか?」


 相対するように、ダテは人差し指を男に向けて立てた。


「ああ……!?」

「今お前は、二発で俺に合計『2ポイント』のダメージを与えた。3ポイント目は許さねぇぜ?」

「うるせー!」


 男は逆上してダテにつっかかっていった。



~~



「い、今言ったことで…… 全部だ」


 顔中痣だらけになり、のど元に剣をつきつけられた男はそう言った。


 それはあまりに一方的だった。

 剣が振り下ろされる瞬間、男が剣を持つ右手、その肘と手首をダテの両の手が抑えていた。抑えたまま、ダテが男の真横に移動すると男は体を前方に一回転させ地面に落ち、剣を取り落とした。ダテは地面に尻餅をついた状態になっている男に蹴りを入れるとそのまま立たせ、顔、顔、スネ、腹と、拳、拳、蹴り、拳の順で叩き込み、後ろ首筋の襟を掴んでそのまま剣を拾い、今に至っていた。

 その光景はアーニリアには、実際に起こっていることなのか興行なのか、生生しくもどこか芝居じみた光景に映っていた。

 それは実際に殴られ蹴られ、剣を突きつけられた男にとっても大差の無い出来事だった。


「嘘は無いか? あとで嘘でしたっていうならトイレに隠れてようと見つけ出してブチ殺すぞ?」

「だ、大丈夫だ……! 俺は…… もともと反対だったんだ、あんたのことも、誰にも言わない……」


 ダテはその声色に聞き覚えがあった。

 リーダーに反目し、事あるごとにいさめられていた器の小さい男。そいつの声だった。


「なら助けてやる」


 ダテは剣を放りだし、男を突き飛ばした。

 男は突然のことに足がもつれ、前のめりに顔から砂浜に倒れこむ。


「そらよ……」


 ダテの手から緑色の光が発し、砂まみれで顔を上げ、振り向く男を柔らかく包み込んだ。男は悲鳴を上げながらも事態を把握し、驚愕する。


「な、なんだ! 痛くねぇ! あんたに殴られた場所が……!」


 男が体のあちらこちらを見回す。ダテの拳により顔に穿たれていたはずの痣も、綺麗さっぱりと消えてしまっていた。


「そいつは呪いだ」

「の、呪い……!」

「あんたは今日のことを誰にも言えない、もし言っちまったら…… あんたは今日の怪我がもとで、死ぬ」

「死ぬ……!」


 男の顔に戦慄が走る。体は全快しつつも、今にも死にそうな顔色になった。


「死にたくなったら誰かに話すといいさ。そうじゃないなら、今日のことは忘れて普段通り仲間と過ごしてな」


 ダテは投げ捨てた剣を蹴り飛ばし、男の方へと転がす。

 男は剣をとり、その場から逃げ出した。必死という様相が見て取れる、体力を考えない走りっぷりだった。

 もしもの面倒を考えると記憶を消してしまった方が楽だったのかもしれない、だが伊達という男は常に万能というわけではない。今出来ないかも知れない手段は軽々しくとるわけにはいかない事情があった。


「ダテさん…… あなたはいったい……」


 考えも及ばないままにただ全てを見ていたアーニリアが初めて口を開く。

 その口調は今までのダテに対してではなく、初めて会う人に対するものだった。


「俺のこともいいが、それより君も聞いただろう。今はタストのことだ」


 少しだけ、寂しそうにダテが彼女を見やった。彼のその口調も、彼女の聞いたことのない幾分と無遠慮なものだった。


「え、ええ…… まさかテロの標的にされているなんて……」

「まったくだ…… この間この島は安全だってのを教えてやったところなのに、一瞬で破ってくれるなんてな……」


 有り得ない暴行に無遠慮な口調、しかしタストに対する彼の心根は変わっていない。彼は間違いなく彼なのだと、アーニリアは少し動揺を抑えられた。


「私…… 本国に連絡して護衛を呼んでもらいます……」

「そうだな、そうした方がいい。ちなみにそれは何日くらいかかる?」


 アーニリアは俯き計算する。外国にして離島の観光地、手紙を出し、望みの護衛が送られるまでは――


「早くても、十日は……」


 あまりいい数字ではなかった。子守に適した島ではあるが、緊急には島であることが災いする。

 聞き出した話によれば別荘への襲撃は二週間後。間に合うには間に合うし、彼らにとってその日は特別な日らしく変更は無いそうだが、気が変わらないという保証もない。


「十日か…… なら、俺が動いた方が早いか」

「えっ……?」

「面倒になるかもしれんし、あんまりこういうことはしたくないんだが…… 世話になったお礼だ。タストによろしく言っておいてくれ、用が済んだら戻る」


 ダテは立ち上がり、彼女を後方に置きながら言った。


「ダ、ダテさん?」

「じゃあな」


 後ろ手に片手を挙げ、振り向くこともなく彼は去っていった。

 アーニリアは呆然と、背を見つめることしかできなかった。



~~



 ダテが戻ったのはそれから四日後の朝のことだった。彼は別荘の庭にていつのまにやらタストと遊んでおり、アーニリアは唖然とその姿を見ていた。


「ああ、ただいまアーリニア…… だっけ? とにかく戻ったよ。コーヒー入れてもらっていい?」


 彼女に気づき、ダテは暢気に笑顔で手を振りながら言った。


「アーニリアです!」


 タストも聞いたことの無い、ものすごい剣幕の怒声が白壁に反射した。


~~


 再会に喜ぶタストを部屋に戻し、ダテはアーニリアに土産を渡した。


「と、いうわけで、ほい」


 一冊の薄い紙束が、食卓のテーブルの上に置かれる。


「新聞? 本国のものですね……」

「一面を見てくれ」


 新聞の一面には『反政府テロ組織、アジトが爆発』とあった。


「こ、これまさか…… あの男が言っていた……」

「いやぁ、記事の通りさ。自分達がテロのために集めてた爆薬でアジトごと吹っ飛んだんだってさ。なんでも内々で記者の人に聞いた話だと、関連の組織も突然全部無くなったらしい。不思議なこともあるもんだな。面白かったからその新聞、もう一誌買って例の洞窟の前にも捨ててきてやったよ」


 彼女から顔を背け、そこまでをやけにオーバーな口調で語った彼は、コーヒーを一口旨そうにあおると、優しく笑みを浮かべて言った。


「……これだけ潰れれば、もう何も起きないだろ。誘拐もな」


「ダテさん……」


 うっすらと、アーニリアが目に涙を浮かべて言った。


「本当にあなたはどういった人なんですか……?」

「さぁ? 俺が知りたい」


 ダテは笑顔でそう言ってのけた。とぼけている風で、そうとも思えない。


「記憶が無いのだって、嘘なんでしょう?」

「……まぁな、それは嘘だ。ごめん」


 テーブルに手をつき、彼は頭を下げた。まっすぐに彼女の方を向き、顔を上げることなくそのままになる。その様がどういうものなのかはわからないが、彼なりの最大限の謝罪のスタイルだというのは分かる。


「……本当に、ありがとうございました」


 頭を下げたままのダテに対し、アーニリアは涙を浮かべたまま、それにならって頭を下げた。手は着かず、頭を下げただけだが彼女の誠意は精一杯のものだった。


「あー! 兄ちゃんアーニリア泣かしてる!」


 いつの間にやら、タストがこっちを覗いていた。


「うわっ、何覗いてんだお前……!」

「だっていきなりのけものにするんだもん! で、なにやってたの!?」

「何っておまえ…… 大人の話だよ」

「大人の話~?」

「ええ、大人の話ですよ」

「……アーニリアふられちゃったの?」

「ぶっ……!」

「タスト……!」


 観光地の白壁の別荘、我知らず難を逃れた少年を追いかけ、使用人が走る。

 伊達はその光景を、この島の暖かな空模様のような気分で見守っていた。



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