3.わるものウォッチング
伊達は別荘を抜け出し、昼間に訪れた海岸へ来ていた。
夜は冷えると言っていたタストの言葉に嘘は無く、強い海風が彼の体から体温を奪おうとする。
「さしあたってこれくらいしか目ぼしい情報もない、何かあってくれよ~」
誰に向けるわけでもない祈りを呟きながら、伊達はジャケットのファスナーを閉め、昼間みた場所、海岸の洞窟へと入っていった。
当たり前なことだが中は暗く、闇一色だ。伊達は静かに目を瞑り何かを唱える。目を開くと視界は薄く白みがかり、通路が見えるようになっていた。
それとなく、洞窟を見渡す。縦横3メートルほどのさして広くもない通路は、何かで削岩したり叩いて固めたりといった風ではなく、複雑にして質実、それもなんらかの規則性を持った岩肌を見せている。どうやら時間をかけて自然が作った、天然の洞窟のようだった。
物音を立てないよう、足元に気をつけながら先へ進む。やがて、僅かに灯りが点っている広場が見えた。
何人かの人間がいる。伊達は壁に張り付き、様子を伺った。
「……では、ここから進入し、確保、その後、港へ……」
「抵抗にあった場合はどうする? 正面からだと……」
「問題無いだろう。使用人、それも女だけだ」
粗暴な荒い声色の男達が数人、焚き火を囲んでいる。
全員というわけでもないが帯刀している者もいた。
ダテはその雰囲気から、彼らがよからぬ連中だと見抜いた。それも、実害があるタイプの。
「脱出経路は?」
「いや、脱出はするなと本国より通達が来た」
「何……? では俺達の安全は?」
「考えるなってことだ」
「おい、ふざけんなよ……」
男の一人が声を荒げる、話を進めていた男がそれを手で制し、言った。
「思想のために死ぬ、お前はそれ以上を考えるのか?」
「……そうだな、そうだった」
「わかればいい」
伊達はただひたすらに、彼らの会話を見守ることにした。
この場所に確かな『当たり』の気配を感じながら。
~~
翌朝、ダテが眠っている部屋にタストがかけこんできた。
「兄ちゃん、おはよう!」
タストはダテのベッドによじ昇り、腹の辺りから四つんばいでダテを見やりながら言い放つ。
「お、おう…… 早いな」
元気のカタマリといった子供に対し、眉をひそめながらおじさんが答えた。
「記憶戻った?」
「はぁ? きおく~~?」
はたと、思い出す。
「お、おお! まだだ! まだだぞ!」
「……? とりあえずゴハンだから早く食卓に来てね」
「あ、ああ……」
タストは来た時のようにぱたぱたと部屋を出て行った。
ダテは観念したように、もぞもぞと掛け布団をのかせるとあぐらをかいてベッドに座った。
伊達は昨日のことを回想する。
どうやら、昨日洞窟で出会った連中はタストを狙っているようだった。しかし、満足な情報を聞き出せるまでには至らず、連中の眠りを確認した後、ここまで戻ってくることになった。
真夜中の三時には戻ってこられたとはいえ、隠れながらの数時間。コーヒー三杯に感謝するほどには楽な内容ではなかった。
「面倒だが今夜も張り込みだな…… どっかで昼寝しないと持たんぞ……」
伊達は部屋の掛け時計が、朝の6時半を指しているのを見ながら呟いた。
日勤夜勤の猛者は、自らのペース配分を十二分に心得ていた。
~~
「おはようございます、ダテさん、あら?」
部屋から出るとアーニリアに会った。洗濯カゴを手にぶら下げている彼女はどことなく、昨日会話をかわした彼女よりも幼く見えた。
「あまりお眠りになれなかったようですわね。寝具が合いませんでしたか?」
背は自分より低いのに、子供の心配でもしているかのように至近距離で顔を覗き込んでくる彼女に思わずダテが仰け反り、後ずさる。
「あ、ああ…… いや、なんというか…… 慣れない場所では深く眠れないタイプみたいで」
「そうですか…… 記憶のこともございますし、心労がたまっておられるのかもしれませんわね」
昨日今日のことなのに、随分と彼女の態度が軟化したように思える。
自らの警戒が下げられたのだと思うとダテは嬉しかったが、妙な違和感が気になった。
「兄ちゃん今日はどうする? 昨日みたいに記憶探しする?」
どこにいたのか、ダテのすぐ真横にタストが現れた。
「ん~、記憶探しかぁ……」
いまいち乗り気にはなれない感じを装いながら、アーニリアをちらりと見る。彼女はわずかな笑みでダテの意を汲んでくれた。
「いけませんよタスト様、昨日は何も言いませんでしたが今日もまた課題を夜中に持ち込むつもりですか?」
「えっ? あ…… ダメ?」
「眠い目をこすりながらでは身になりません。きっちりと学業に励ませるのも私の仕事です」
タストはう~、と唸った。
こういう所はやはり子供だなとダテは微笑ましくタストを見た。
「こりゃ今日は勉強してなきゃダメっぽいな、タスト。今日は一人でまわってくるから、お前はしっかりやってな」
「くそ~」
ダテは悔しがる少年の頭をくしゃくしゃとなでてやった。
なでながらチラリとアーニリアを見ると、表情が柔らかいものになっている。ダテはなんとなく、彼女が態度を軟化させた理由がわかった気がした。
思えば昨日はタストと過ごした時間についてをよく聞かれた。彼女はそこで話した内容から自分という人物を見たのだろう。タストにとっての気のいい友人、そういう認識をされるようになったのだとダテは理解した。
「お一人ですか? 道の方は……」
「いや、一応大人なもんで、さすがに迷子にはなりませんよ」
「そうですか?」
「え、ええ! 多分……」
今の彼女の言い方には妙な悪意を感じたが、ダテとしては言葉通り、自らは充分に大人なつもりなのだ。たじろぎつつも言葉では言い返した、つもりだ。
「ついていこうか?」
「だーめ、お前は勉強してろ。俺みたいにロクな大人にならんぞ」
「ちぇ……」
子供の淡い期待を一蹴する。ほんとの子供には大人は強かった。
~~
ダテはタスト達と朝食を済ませた後、別荘を出ることにした。
アーニリアは昼食は面倒なら済ませて来てもかまわないと、いくらかの通貨をくれようとしたがさすがにそれは断った。結局は飲み物代だけ渡されてしまったが。
別荘を出てみると日はまだ昇りきらず、朝の新鮮に感じる空気が残っていた。
記憶探し―― とは言っても特にやる必要など無い。
あんなものは方便だ。本当は一人になれるのなら今夜のためにも眠って起きたかった。だが人の家にお邪魔している身で一日ゴロゴロしているのもさすがに気が引けた。
「さて、どうするかな。木陰でも見つけて寝てもいいが…… せっかくの観光地だし、ぶらぶらするのも悪く無い」
心地よい温い海風を受けながら、相変わらず人気の薄い街を伊達は一人でまわっていく。
鳥、猫、屋台、そして白い壁。遠くに見えるは青く広がる水平線。彼の世界であれば贅沢とも言える風光明媚な風景が広がっていた。
開いている屋台を見つけ、せっかくなので飲み物を買った。
なんの果実なのかはわからないが、小さなヤシの実にストローを挿したようなそれは見た目通りの清涼感有る酸味で、たまに口に種が入っていることを除けば悪くなかった。
「ん……?」
ジュースを飲みながら気の向くままに歩いていたとある路地の一角、伊達は見覚えのある顔とすれ違った。
人気の少ない島の中で、人目を避けるように路地からその裏へと入っていく。
暗がりから表に出ているせいか印象は違うが、昨日、洞窟にいた男に似ている。
伊達は後をつけてみることにした。
「なるほどな……」
数十分と尾行し、観察を続けてみた。男はタストの家の周辺をうろうろとし、しばらくしてその場からいなくなった。
下見―― 男の様子から伊達はそう読み取った。
こうして下見を繰り返しているのだとすればダテに気づいている可能性は高い。今日島を歩きまわっている間につけられている感覚はなかったが、交代で家の周りを探っているのであれば出入りしている人間の把握くらいはしているだろう。
見知らぬ男の来客はイレギュラーにしても、現れたのは所詮は男一人だ。昨日の彼らの様子を見るに、いつになるかはわからないが犯行に及ぶまでは遠くないだろう。
「これは大変なことになってきたぞ、タスト」
伊達は庭の木の上から、勉強机に向かうタストを見ながら一人呟いた。
~~
午後、アーニリアが家事を中断し、タストの部屋を訪れると彼は机から離れ、ベッドの上で眠ってしまっていた。
どういうわけか、そこにはダテもいる。
父と子とも年齢の離れているはずなのに、こうして見る二人はなぜか兄弟のようだった。
「これはこれは…… 歳の離れた兄弟が出来たものですね」
彼女は物音を立てぬように、そっとドアを閉めるとその場を後にした。




