14.c12,12/20 昼
十二月十九日、深夜。
ムクィドに来店したデイトルと約束を取り付けたダテは、帰宅ついでに彼の本屋を訪問した。二周目最後の夜、一応の報告会のようなものである。
二階の私室へと通されたダテは、白熱灯がぼんやりと灯るがらんとした部屋の中、労働後のコーヒーでの労いを受けていた。
「そうか、何も無いか」
「ああ、あんたに言われた通り、ぼーっと過ごしてみたがな」
ダテはずずっと、不満顔でコーヒーをすする。
ぼーっと過ごしたというのはもちろん皮肉だ。どのような形であれ「仕事」には自らの命が、人生がかかっている。だがそう言ってしまいたくなるくらいに成果は無かった。
「なぁあんた、俺は半ば期待していたんだが…… 俺に二周目をぼーっと過ごさせて、実は裏であんたがなんか仕掛けてるとか、そういったことはないのかよ?」
「どこからそんな飛躍した考えが出る。賢き者は他人に期待などはせぬものだぞ」
「……そーですか」
なんら悪びれることなく言うデイトル。
一応はループ前に会っておいた方がいい、そう言い残したクモの手前ここに来てみたダテだったが、来て早々で無駄足を感じていた。『私は眠いので!』と自分だけさっさと帰りやがった当の妖精に、やってくれたなこの野郎と思わんばかりである。
ダテは半分ほど残っていたコーヒーを呷り、椅子から立ち上がる。
「おや、もう帰るのかね?」
「ああ、深夜だってのに訪ねて悪かったな」
「なに、気楽な一人暮らしだ。それはかまわん」
すぐに寝るつもりなのか、デイトルは寝間着でダテを迎えていた。金髪混じりの白髪を隠したピエロのようなナイトキャップがどうにも腹立たしい反面、防寒具としては良さそうだなと思うところが尚腹立たしかった。
「ところで、三周目はどうするのかね?」
「……ゆっくり考えてみるさ」
「ほう、ゆっくり?」
いかにも意外そうに、デイトルは聞いた。
「ああ、どうせ終わり無く戻り続ける世界なんだ。焦って動いても仕方無い」
「そうか」
うなずき呟いたデイトルの表情は、微笑みと納得の入り交じった、妙に満足そうなものだった。
「……なんだ? 文句でもあるのか?」
「いや、お休み。また、次の周でな」
ダテは仮住まいのベッドにて、寝返りを打つ。
何も考えていないような、変わりものにしか思えない老人の、昨夜の表情が気になっていた。
老いた白い肌に、青い瞳。そんな知り合いは元の彼の世界にはいない。だがその全てを見通すような、背中や心までを見透かした上で包み込んでくれるような、そんな表情にはどこか憶えがあった。
――どんなことでも十年続ければ、人は玄人になるんだ。
憶えがある、そんなはずはない。そう言ってくれた人は自分の世界の人で、もういない。その人のそんな表情も、遠く昔過ぎてあったかなかったかも憶えてはいない。
それでもなぜか、憶えている。既視感ともつかない、懐かしい記憶。
出会ったばかりの人物にどうしてそんな感覚が湧くのか、わからなかった。
『ねーたいしょー、お出かけしないんスかぁ?』
窓から差し込む日射しに見合う、間延びした声が背中を打つ。ダテは億劫そうに「ああ」とだけ返した。
『でも一周目と違いますよぉ? 一周目はたしか……』
『ベンチでホットドッグを食ってた、さすがに忘れてはいないさ』
クモの不満げな物言いに、ダテはのそのそと身を起こし、伸びをしながら言う。
『でも別にいいだろ…… わかんねぇわかんねぇって考えながら、町をブラついていただけだ。家でゴロゴロしてたって、今更何が変わるってもんでもないさ』
『それはそうかもですが……』
『前と違って、今日は起きたらもう昼過ぎだったしな。正直今から出歩くにしても面倒くさい』
ベッドから起き上がったダテは、テレビを点けるとテーブルに着いた。
頬杖をついて見る白黒テレビには、ニュース番組らしきものが映っているが、何を言っているのかはさっぱりわからない。それでもなんとなく、習慣的なもので垂れ流しにした。
『も~、あのおじいさんに変な影響受けすぎじゃないスかぁ?』
『ああ……?』
『だってらしくないっスよ。普段の大将なら、「仕事」中に一日でも空白入れるなんて考えられないっスよ。明日出来ることにまで今日中に仕込みを入れてしまおうっていうのが、大将のやり方じゃないっスか』
自分はそんなにせっかちに見えていたのかと、ダテは半目になる。たしかにさっさと終わらせたいという考えから急いた行動を取る時はあるが、自分ではそこまでのつもりはなかった。
「……ループ世界だぞ? 時間に制限は無いんだ、別にかまわねぇだろ。それに…… 結構疲れてんだよ、仕事やら「仕事」やら、考え過ぎちまって頭が疲れてる。時間は戻っても頭の疲れは抜けないみたいだな……」
『はぁ……』
影響といえば、影響なのかもしれない。昨夜、ムクィドの帰りにデイトルの家に寄らなければ、自分はきっと一周目と変わらない時間に起きて、同じように広場でホットドッグを食べて巻き戻しに遭ったように思う。
らしくないと言われれば、らしくないのかもしれない。デイトルを見ているとその事態への無頓着さに呆れる反面、あくせくとアクションを起こそうと躍起になるのが馬鹿らしくも思えてくるのだ。毒気を抜かれる、そんな感覚だ。
「ま…… 今ゴロゴロ寝てられるのも、そのおかげか……」
『ん? なんか言ったっスか?』
「いんや……」
そういえば起きてから何も口にしてないなと、ダテはお茶を入れようと席を立つ。
「あーっ!」
「……! どうした?」
「大将大将! ちょっとこれ見てくださいよ!」
思念ではなく、声に出して叫んだクモ。そのちっこい指はテレビに向いていた。
モノクロの箱の中はニュース番組から一転、今はトーク番組に切り替わっていた。スタジオの対面式のソファーには、司会者にトークを促される、浅黒い肌の、上品そうな眼鏡の男が何かをしゃべっている。その隣には――
「ナタリー……?」
壮年の眼鏡の男の隣、男をはにかんで見つめる彼女の姿があった。
「え、ええ? なんか…… 有名人…… なんスか?」
ダテは舌打ち一つ、画面へと近寄ると両腕でテレビを押さえ込んだ。
「……っ!」
――テレビ越しじゃ、『翻訳』出来ねぇ……!
わからない言葉、わからない文字。ナタリー以外の出会ったこともない人間達。何か欠片でもと、ダテの目がテレビから必死で情報を手繰る中――
――世界にノイズが走る。
「くそっ……! なんだ!? なんの番組だ!?」
「大将!?」
定められた時間が来た。
思い至り、一層にダテはテレビの中の状況を読み取ることに全力を傾ける。
しかし、世界は無情に巻き戻っていく。
三周目の、十二月十一日へと――




