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玄人仕事  作者: 千場 葉
#8 『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』
265/375

12.c12,12/14 真昼


 自らもかなり、ぶしつけな話だったとダテは自覚する。だが、そうせざるを得ないと思った。

 繰り返し、繰り返し続けるループ世界。いつまでも正気でいられるわけはない。

 その中にいて、もう十回を通り越えて同じ時を過ごしているデイトル。きっとこの人物はもう、あらゆる手を尽くして諦めにかかっているのだと、そう思えた。

 ならば真摯に協力者として、新たな要素である自分が、本気で解決に動いているというところを見せてやる必要がある。諦めの皮を剥ぎ、希望を湧かせるために。そのための無遠慮な問いかけだった。


 長い一分ほどの静寂の後、デイトルがコーヒーに砂糖を追加して、かき混ぜはじめた。


「……少し、いいだろうか?」


 くるくる、くるくるとスプーンがまわり、かちゃりとソーサーに置かれた。


「……どうして、脱そうとしたと、原因を探ろうとしたと、そう思うのかね?」

「……? 何を言っている……」


 デイトルの声には、ほんの少しの乱れも見えなかった。

 その平然とした態度に、ダテが自身に動揺を感じる。


「少しばかり、話がおかしい。ループを認識しているとは言った。だが、なぜそれを人が脱そうとすると、それも必ずそう動くだろうという考えに至るのかね?」

「え……?」


 素直に驚きの声を漏らしてしまったダテを前に、デイトルは窓の外を見た。


「どうやらお前さんは、人生の短い時間に多くの人と出会い過ぎてきたようだな。きっとこういった、奇妙な出来事にも数多く接し、接し過ぎてしまったのだろう。そしてそれを、見事乗り越えてきた」


 ――なんだ…… 何を言ってる……


 朗々と語るデイトル。背中を見透かされているような、気味の悪い感覚が過ぎった。


「自分は修羅場をくぐり抜けてきた。たゆまぬ心痛と努力を重ね、物事を解決してきた。それは明らかに、人並み以上である。むしろ余人には到底得られないであろう経験を、自らは持っている」


 思わずと表情を失ってしまったダテを見るともなく、デイトルはにやりと笑う。


「お前さんは知らず自らの中にパターンを、人間という生き物の行動に枠組みを仕掛けているようだ。自らの経験則に当てはめ、こうであればこう思う、こう動こうとするはずだ、とな」

「……俺が、のぼせ上がっているとでも言いたいのか?」

「そう思いたいならそう思うといい。それも、悪くはない。正解でも、間違いでもない」


 そう言ってデイトルは、立ち上がって窓へと歩き、外へと押し開いた。ダテはようやくと束縛を逃れたという(てい)で、苦い顔で目を逸らす。

 デイトルは景色を楽しむように、窓の外を見つめていた。


「繰り返す世界、か…… お前さんは、この世界が繰り返していると思うか?」

「……してんじゃねぇか」


 そこに間違いは無い、直面している事実だ。


「なら、人の一生はどうだ?」

「あ……?」

「生まれ、育ち、老い、死ぬ…… 肉体を失ったあと、また同じことを一から繰り返している。そうは思わないか?」


 そんな話は、ダテの世界ではダテでなくとも聞き覚える。

 実際に目にしたことはなくとも、ダテも知っていた。


「輪廻転生ってやつか? よく知らねぇけど……」

「少し違うな。同じ時間、同じ今の時を、同じ人生を繰り返している。その可能性だ」

「……死んだ後のことまで知るかよ」


 聞きたい話はそんな話じゃない、ダテは半ばふて寝するような気分で、テーブルに頬杖をついた。


「ふふっ…… そうだな、わかりようが無い。だがそうだとすると今のこの世界、酷くスパンが短いだけで、状況は同じだと思わんかね? 死んで記憶を司る肉体を失い、巻き戻る。死なずに記憶から何から何まで、巻き戻る。大差は無いだろう?」


 何が言いたいのか、ダテにはさっぱりだった。ここに禅問答を期待したわけではない、荒唐無稽な話は実務には役に立たない。

 デイトルは窓の外、通り掛かった誰かに手を振っていた。その様子からは、理不尽に巻き込まれて困っている風には見えなかった。

 あてが外れたなと、ダテが帰宅を考えだした頃、デイトルは窓を閉めて席へと戻ってきた。


「さて…… では、及ばずながら、解決に手を貸してやるとするか」

「……はぁ?」


 再び正面から対面するデイトル。そこには今までのやりとりからは予想外な、奇妙なやる気が見えていた。


「どうした?」

「いや、あんた…… 今どっちかって言うと、解決なんざ考えるなっていう感じで……」

「誰もそんなことは言っとらん。お前さんはお前さんの好きにやればいい、そうしたいなら手は貸すとも」


 ダテはわけもわからず、呆れ顔をするより他なかった。


「あ、ああ……? あんたはループから出たいのか、出たくないのか、どっちなんだ……?」

「どっちでもよいというのが答えだ」

「なんだよそれ……」


 がっくりと、ダテは机に突っ伏する。


『あの~、ずっと同じこと繰り返してるんスよね? 頭がおかしくなりそうとか考えないんでしょうか?』

『わからん…… さっぱりわからん……』


 人の性格をパターンに当てはめている。言われてみればそうだったのかもしれない。

 ダテはどのパターンにも当てはまらないこの変人を前に、指摘されたばかりの悪い癖を自覚させられる想いだった。


「ふむ…… しかし、しかしだ……」

「今度はなんだ?」

「手を貸してやるといっても、やはり出来ることは無いな」

「……おいおい」

「お前さんと同じだと言ったろう? 知らないものは知らないのだ」


 ダテはテーブルに寝そべり、今日一番の、長いため息を吐いた。

 何か聞き出せるかの期待外れどころか、お荷物が増えたような気分で一杯だった。お供なら口うるさい妖精一匹で充分なのだ。


「よし、ではこうしよう」


 胡乱(うろん)な目を上げるダテに、デイトルはこれぞ名案とばかりに目を輝かせて言う。



「全てを忘れ、何も知らぬという顔でもう一周してくるといい」



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