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玄人仕事  作者: 千場 葉
#8 『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』
262/375

9.c12,12/13 夕


 ()()()の労働二日目。開店準備を終えたダテはナタリーと共にカウンターに立ち、最初の客の訪れを待っていた。奥の狭いキッチンで仕込みを行うマスターを除き、二人には特にすることもない手持ち無沙汰な時間。ダテはぼんやりと玄関を見つめている(てい)で、「仕事」へと頭を巡らせる。


 ――続けるか、踏み切るかだな……


 労働初日である昨日、十二月十二日。ダテはその一日を出来うる限り記憶の通りに動いた。時間が十日前に巻き戻ったという事実は、もう今更確認するまでもない。目的はその「再現性」の確認だった。

 例えどれだけ意識的にやったとしても、完全に記憶の通りに動くことはできない。言動やその順序に、大なり小なりと違いは生まれてくる。生まれた違いがどれだけ出来事の流れを変えてしまうのか、まずはそれを捉える必要があったのだ。


 彼の経験上、こうしたいわゆるタイムスリップ現象―― 過去に戻るという現象は、誰もが思い描くような「あの頃に戻ってやり直せる」、そういう単純な考えだけで対処出来るものではなかった。

 あるべき未来の形。「世界」はその変化の幅に、いつも目を光らせて制限をかけている。過去から現在、未来へと、(いく)通りもの変化を許す世界もあれば、一本道以外を許さない世界もある。

 何を変えられて、何を変えられず、何を変えることが許されないのか。それはタイムスリップ現象というケースを抜きにしても、彼の「仕事」上、常に把握しておかなければならない事柄だった。


「ダテさん?」

「え? あ、ああ……」


 考えごとに気を取られていたダテの背に、ナタリーの声がかけられた。


「ダテさんはこれまで、旅をしていたんですよね?」

「ああ、うん…… そうだよ」


 ――そういや…… ()にそんな話題が出たな。


 昨日調べた結果として、この世界の制限はかなり()()らしいことがわかった。

 些細な言動の違い程度では何も変化は起こらず、出来事や会話は一度目を綺麗になぞった。おそらくと、放っておけばこの先も同じ道筋を辿っていくのだろう、今のところはそう見ていて間違いは無さそうだった。

 しかしまだ、この強い制限に対し「変化」が起こせるかは掴めていない。

 ()()()()が、もう少しはっきりしたものになるまで「調査」を続けるか。思い切って何か「変化」を起こすことに踏み切ってみるか。

 相変わらずの手探りな「仕事」の中、ダテは選択を思案していた。


「旅って、やっぱり大変なんですか?」

「ん? ああ…… 旅か、旅ね……」


 以前も同じ話題が出たはずだったが、どうはぐらかしたのかは忘れてしまっていた。だが、どう答えようともなんら影響は無いことはもうわかっている。

 ダテは適当に、思いつくままに任せることにした。


「そうだな…… 言葉も文字もわかんねぇ所はあるし…… 面倒に巻き込まれることもある。あえて身を投げるような、無茶な旅はオススメしないかな。楽しむなら、ただの旅行くらいにしとくのが無難だと思う」

「そういうものですか?」

「ああ、どうせ帰ったら、やっぱり家が一番だ~、なんて言い出すもんさ」


 旅行の定番のオチに、くすくすとナタリーが笑う。この辺りはどこの世界も共通らしい。


「でも…… そう思うならどうして旅を―― あ、ごめんなさい」

「ん?」

「いえ…… 人に言えないことも、ありますよね……」


 失言だったという風に、気まずそうにするナタリー。

 少しばかり生まれた沈黙にダテは思い出す。この居心地の悪さには憶えがあった。


「……いいさ、よく聞かれることだ。まぁなんて言うかな…… 世の中理不尽が多いってだけの話さ」


 どうやら、適当に答えたつもりが前回と同じことを言っていたらしい。彼が彼だから同じ回答をしたのか、世界が何か仕掛けたのかはわからない。だが、たしかに会話の展開と帰結は、同じところに入っていた。

 この後は特に会話も無く、ダテは玄関を出てなんとなくな掃除のふりをし、彼女はカウンターにいたと憶えている。しばらくの後、最初の客が訪れるまで。


「――そういえば…… 旅って言えば俺の国で、今はどうなのかな? 一時、『自分探しの旅』なんてのが流行ったっけな」

「自分探し……?」


 それは一時の、反発。同じ結果に対する衝動的な反抗。


「どっか違うところに行って刺激を受けて、自分も知らなかった新しい自分を発見! みたいな?」


 「変化」を起こそうなどとは狙ってはいない。ただ素直に流れに従うことが嫌なだけだった。


「へぇ…… なんだかステキですね」

「どうかな? 残念だけど、俺はそうは思わない」

「どうしてです? 知らない土地で何かを見るのって、いいことに思えますけど……」


 気まずいままに終わるはずの結果に、「変化」が見られた。

 ダテは笑みを灯し、軽口に合わせておどけてみせる。


「それはいいとは思うけど、目的が遠回りなんだよなぁ~」

「遠回り……?」

「だってよ、『自分』なんて探さなくても、いつもここにいるじゃねぇか」


 彼女の口元から、はっと息を呑む音が聞こえた。


「わざわざ高い金使って旅行するってんなら、んな細けぇこと考えずに、ただ徹底的に遊んだ方が楽しいだろ」

「……そうですね」


 柔らかく微笑むナタリーを見ながら、何を言ってるんだろうな俺はとダテは思う。

 意図的に話題を出したわけじゃない、「旅行」という言葉が出たせいか、いつぞやのパンフレットが頭を()ぎっていただけだ。

 ただ自分に呆れながらも、暗い雰囲気を払拭できたことには悪い気はしなかった。


「ダテさんは意外と―― いえ、お若いのに聡明な方なんですね」


 はたと、ダテは彼女の顔を見る。「意外と」という部分は気になったが、彼女の微笑をたたえたその表情に、茶化そうとする気分は消えていった。信頼の距離が縮まったと、そう思わせるような笑顔だった。


「実は…… 私が今、文通をしている相手の方が同じことを言っていました」

「……!」


 ダテは気づく。「変化」は正確には起こっていない、僅かに()()ただけだ。

 手帳によれば前回のこの日、ダテは彼女から彼女の身の上を聞き及んでいた。それは今から数時間の後の、客が引けた頃合いだったと記憶している。

 一時の場の雰囲気は変わった。情報が出る間隔も早くなった。

 だがやはり辿る展開は変わらず、同じ大筋を通るのだとダテは理解した。


「へぇ、文通……」


 何度味わおうと背筋が薄ら寒くなる「世界」の矯正力の強さ。ダテは内心の動揺を隠しつつ、ナタリーとの会話に注意を払う。

 彼女の身の上は一度聞いた。しかしもう一度最初から聞けるのなら、何か発見はあるのかもしれない。情報を得られる機会を無駄にする道はなかった。


「ええ、半年ほど前からですが海外の方と。心理学を教えていらっしゃる先生だそうなのですが、偶然縁が繋がりまして」


 ダテの感覚からすれば、古風にも思う文通という習慣。それはまだインターネット網や携帯電話などといったものが無い、そういった場所においては特に珍しくも無い文化だった。この界隈の新聞にも、文通相手募集の欄や読者同士で投稿し合う、投書欄のようなものが掲載されている。彼女にしても、その利用者の一人に過ぎなかった。

 彼の世界で言う出会い系やメル友募集、SNSなどの前時代的な姿。時代や文明は違っても、人が行うことは変わらないなとダテは思う。


「おカタそうな相手だなぁ、楽しいのかい?」

「あ、私はあの…… 一応大学を出ていまして、文系の大学で、学んでいたことに近かったものですから」

「へぇ…… 大学か、この近く?」

「ええ、進学をきっかけにこのアキュラに引っ越しまして、それでこのお店で――」


 以前と同じ、憶えのあるやりとりが続く。文通をやっている。大学を出ている。数分続けてみるも、期待とは裏腹に入ってくる情報に大差は無いようだった。

 何か思い切って違う話題を振ってみた方がいいのだろうか。一度聞いた内容の繰り返しに半ば飽き始めたダテは、両手を上に伸びをしながら、そんなことを思いだした。


「でも、残念ですね…… ダテさんはこの国の文字は読めないのでしょう?」

「うん? ああ…… そうだが」


 飽きを見透かされたかと思い、手をあげたままギクリとダテは振り向く。


「ひょっとしたらダテさんになら面白いかな? と思える本が少し浮かんだのですが、お勧め出来なくて残念です」

「うん……?」


 憶えの無い会話に、妙な違和感が湧く。だが、特に内容に意味があるとも思えなかった。


「あ~、気にしないでくれ。俺、読めたとしても本は元々苦手だからな~」

「そうなんですか…… 近くに古書店があって、いいお店なんですけどね」


 ――「いい店」……?


 残念そうにそう言った彼女の一言から、一人の人物が浮かび上がる。

 古書店の主、デイトル―― 彼女は「いいお店」と言った。


「なぁナタリー。ナタリーはその店、よく利用するのか?」

「え? ええ、本は好きですから」


 ならば彼女は、ムクィドでの店員と客という間柄だけになく、個人的にもデイトルと親しい可能性がある。この世界で、現状最も探りを入れたい人物であるデイトル。

 彼女を通して新たな情報を得られるのだとすれば、ここでの会話には価値がある。


「そっか、お店の人はどんな感じなんだ?」

「はい?」

「あ、いや…… ずっと文字が読めないままってのも不便だし、辞書の一冊も探してみようかと。ただまぁ…… 人によっては外国人に厳しい人もいるだろうしな」

「それなら心配ないですよ。店主のデイトルさんは外国の方ともよく会っていますし、もともと外国の方です」

「ああ、そうなのか……」


 ここアキュラの港のあるロクソル共和国。海を越えたその南に、ダンニワスという国がある。デイトルはそこからやってきたのだと()()()にマスターから聞いており、手帳にもそうある。


「マスターが「賢人」と言っているのを度々耳にしますが、本当に底の見えない不思議な方ですね。お店の方も結構不思議なんですが、デイトルさんご自身を目的に訪れるお客さんも多いみたいですよ」


 思った以上に親しいのだろう。幾分冗長に語る彼女からは、そんな様子が感じとれる。

 その言葉の中の一点、奇妙な一言にダテの興味が向いた。


「……店が不思議? どういう意味だ?」



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