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玄人仕事  作者: 千場 葉
#8 『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』
261/375

8.c12,12/11 夜


 ――何が起こった…… いったい……


 雪の路地に座り込んだまま、ダテは呆然と周囲を見渡す。

 右手には、桟橋と海。左手には、並んだレンガやコンクリート造りの、大きな建物。

 それはかつて見た時と何一つ変わらない、ただ今は既に、目に馴染んだ光景――


「あの……」


 手をこちらに向けたナタリーが、不安げに声をかけてきた。


『大将!』

「……!?」


 脳に直接響いた、クモの声。


「すまない……」


 我を取り戻せたダテは、厚手の茶色い手袋に包まれた彼女の手を取り、立ち上がった。


「どうなさったんですか? そんな薄着でこんなところで……」

「いや…… 実は…… 身ぐるみ一切盗まれてしまって…… 泊まるところも無しでどうしようかとウロついているうちに、情けない話が行き倒れちまったというか……」

「まぁ……」


 ダテは体にまとわりついた雪を払いながら、幾分かの注意をもって質問に答えた。いつもの黒いジャンパーに、適当に引っ張り出した青いジーンズ。真昼の広場にいた時と同じにして、今のこの服装には()()がある。

 彼は出来る限り「同じように」答えた。ならば彼女の次の言葉は――


「とりあえず、私の勤め先…… 飲食店なんですけど、そちらにいらっしゃいませんか? ずっと外を歩いていたなら体も冷え切っているでしょうし……」


 ()()の通り。彼はそれを顔には出さず、「続き」を演じる。


「いえ、言った通りで金もありませんし……」

「このままだと凍死してしまいます、こんな時に遠慮はしないでください」

「……はい。じゃあ、お言葉に甘えて」


 彼の返事に小さく微笑みを浮かべたナタリーが、彼を先導して歩き出した。

 半歩下がって彼女の背を歩くダテは、鋭い目でアキュラの港町を観察する。


「外国の方ですよね? どちらの方です?」

「……生まれは東の方の島国だそうです。今は南から、旅をしてきました」

「南……? ダンニワスからですか?」

「ええ、暑いところでした」


 そんな国の名前は、「以前」は知らなかった。


「ここです」


 やがて彼の前に、彼女の勤め先が現れる。

 『ムクィド』―― 「初めて訪れる」、「勝手知ったる」、港の酒場だった。



 ――決まりだな…… これは、この「仕事」の初日だ。





 ムクィドに連れられて約一時間後。ダテは口髭のマスターの後ろ、雑居ビルの階段を上がっていた。奇妙にしか思えないくらい、わざとにも思うくらい、マスターはまったく憶え通りの動作や仕草で四階へと上りきり、扉を開けて彼を案内した。


「じゃあダテくん、ここ自由に使っていいから」

「何から何まで…… すいません」

「気にしないで。丁度従業員募集中だったからね、こっちも助かるんだ」

「……ありがとうございます」

「じゃ、お休み。明日からよろしくね」

「はい」


 テーブル、コートハンガー。ベッドにブラウン管テレビ。以前と同じ、まだ住み込む前の自室へと彼は足を踏み入れる。


「さて……」


 ダテはジャンパーをコートハンガーへと放ると、腕を組み、足を組んでベッドへと座った。

 ぽんっと白い煙を立て、クモが彼の前へと現れる。


「いきなりですが、「仕事」が動きましたね」

「動いたっつーか…… ()()()な……」


 ダテは部屋の床、「まだ」何も無い部分に目を向ける。ここに置かれる予定の白いストーブは、明日寒いだろうとマスターが持ってきてくれる物だった。それは記憶や考えなどとはまた違う、「物」が示す巻き戻りの証拠でもある。

 ()から一転、ダテは確かに世界が巻き戻っていく様を見た。だがそれは、彼にしても断片的にしか理解の出来無い速さであり、ある種の幻覚を見せられたような想いすらあった。

 しかし世界は夢幻(ゆめまぼろし)でも誰かのペテンでもなく、確実に巻き戻っていた。マスターやナタリー、出会っていたはずの彼らの記憶すらも持ち去って。


「一応聞いておくが…… 今の時間は?」

「時間は壁掛け時計の通りです。ただ、日付は十日前になってますな」


 クモは現在現地点の日付や時刻を正確に、瞬時にして知れる能力を持っていた。どうしてわかるのか、どのようにしてわかるのかは、クモ自身でさえもわからないらしい。感覚的には能力というよりは「機能」。人で言えば色や音を識別出来るというような、当然過ぎて疑問すらも抱かない(たぐ)いのものであるらしかった。


「なら間違い無く、今は十二月十一日か…… 意味不明だな、突然過ぎる」

「そうっスね…… わけがわかりません」


 意味不明、わけがわからない。ダテは「仕事」を通じ、何度となくそんな事態に出会ってきた。「過去」へ戻ったことも、またその逆も、全くの未経験というわけではなかった。

 しかし問題はその原因――

 全ての時間が巻き戻るという、神の所業とも言える大掛かりな出来事がありながら、彼はそれを予期することはおろか、発動の瞬間を察知することすらも出来なかったのだ。

 世界の文明レベルを見るに、タイムスリップが可能な技術があるとは思えない。

 世界の魔力を感じるに、それを可能と出来るほどの大きな力は無い。

 今回の意味不明は、彼の知識の外にあるようだった。


「……クモ、お前は戻る寸前のことを覚えてるのか?」

「はい? 大将がベンチから立ち上がったところまでは覚えてますが……」


 ナタリーやマスターには、彼に対する記憶は無かった。彼女達だけになく、それは今日酒場にいた客達も同様だった。しかしクモは憶えており、またダテ自身にもはっきりとした記憶がある。

 ダテは考えを巡らせつつ、ベッドを立ってハンガーへと向かうと、ジャンパーの胸ポケットを探った。

 しかしそこに、こういった時に必要な薄く固いものの感触が無い。


「ん……?」


 「ああ」と、()()()行動を思い出した彼は、「空間」へと腕を差し入れ、黒い手帳を引っ張り出す――


「……残ってる」

「はい?」


 手帳を開いたダテが、クモへと振り返る。


「あ……」


 手帳の中にはベンチに座っていた時と同じ、これまでの記録が残されていた。


「全てが全て、一からになったってことじゃないわけか……」


 別の「仕事」の記録の後。十二月十一日から十二月二十日まで、自らの筆跡は確かに続いていた。

 彼のそばを飛ぶクモは、今は言葉を口から音声にして出し、姿を実体化させている。思えば以前、クモがこの世界で実体化出来るように魔力を与えた日は、()()()今日この晩のことである。


「ん~? でも今はしっかり十日前なんスけど……」


 あらぬ方向を見上げて時間を確認しているらしきクモを置き、ダテは再びベッドに座った。


「……わからんな」

「ん~? ん~?」

「だが、状況としてはふりだしのようだ」


 ぱたりと、手帳を閉じる。


「さて、どう動いてやるかな……」


 ロクソル共和国、港町アキュラ。

 二度目の日々が始まりを告げた。


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