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玄人仕事  作者: 千場 葉
#7 『ボーイズドリーム・ロボティクス』
252/375

43.ネバー・エンディング・ボーイズ・ドリームス

 エルドラード首都郊外にある軍事裁判所。

 そのゴシック建築の大がかりな建物の門の前、黄色いレンタカーを降りたジミーが憤っていた。


「おいおい、こいつはどうなってやがる! 憲兵の一人も来ねぇじゃねぇか!」


 苛立ち混じりに、閉じられた鉄格子の門を揺するジミーの隣、裁判所を見上げるジェイルが突っ立っていた。


「今日…… ですよね?」

「間違うはずねぇだろ、日が変わったとも聞いちゃいねぇ」


 報道機関すらも排除し、秘密裏に行われる軍事裁判。ジミーは長年現場にいるツテを利用し、彼女の審理が成されるその日取りを掴んでいた。


「普段はどうなんです? 警備の人とかいないんですか?」

「俺にしたってこないだの自分の処分の時しか来たことねぇよ。でも、そん時はちゃんと憲兵が立ってた」


 シェリーの審理に合わせ、この場所へと訪れたジェイルとジミー。

 彼らとて、甘い判決―― 処分が彼女に下るなどとは考えていない。処分を受け、裁判所から護送されるだろう彼女。彼らはそれを、ただ見送るためだけにここへ来ていた。

 それはほんの一瞬で、おそらくは顔を合わすことも出来ないだろう無意味な行為。だが無意味で、ある種の儀式のように過ぎなくとも、二人は見送っておきたかった。

 長い付き合いの艦の仲間のために。父の後を繋いでくれた、尊敬する上官のために。


「くそっ、こうなりゃ壁登るか? 誰もいねぇならいいだろ?」

「やめてください、減給どころか射殺されますよ」


 塀の上にある有刺鉄線と、備え付けられた監視カメラを睨むジミー。ジェイルはその背中を、冗談とはわかっていても抑えようとする。


 そんなジェイルの目に――


「……! あれは……!」


 門の向こう遠く、入り口正面の大扉がわずかに開き、二つの人影が動いた。

 金髪の警備服に連れられる、見知った紫の軍服――


「おい、あれ……」


 門に向かって歩き出した二人の女性を、ジミーが指差す。


 ――人影が、ジェイル達に気づいた。




「ジェイルくーん!」




 マリンブルーのショートカットを揺らし、彼女が片手を大きく振る。


「中尉!」


 まさかの姿。地球に戻り、初めて見るシェリーの元気な姿に、ジェイルは声を上げた。

 彼女は走り出し、あっと言う間に目の前に迫り――

 ガラガラと内側から門を開け放つと、満面の笑顔とともにジェイルに抱きついた。


「わわっ!」

「やったよ! やった! なんだかよくわかんないけど! あっという間に無罪だったんだよ!」

「え? ええ!?」

「む、無罪放免……!?」


 自分の胸元に頭をぐりぐりやりながらはしゃぐシェリーにジェイルはただただ困惑し、ジミーはわけのわからない展開に頭がついて行かなかった。


「彼女の功績が認められたのでしょう。法廷内のみなさんは、満場一致で無罪を選択しました」


 声をかけられ、ジミーが振り返った先には、長い金髪の女性。

 シェリーとともに扉をくぐっていた、もう一人の人物が立っていた。


「あ、え…… そ、そうなんですかい?」


 思わずと、半笑いでジミーが固まる。すぐ脇で、「ちょ! 離れてください中尉!」とかやってるジェイル達は、頭の外に消し飛んでいった。


「では……」


 女性の一礼に、光を帯びる絹糸のような細い髪が流れる。

 顔を上げた彼女は舞踊と見紛う動きで背を向け、再び門の中へと足を運んだ。


「あ、あの……」


 ダルマのような体から短い腕が伸び、うわごとのように言葉が出た。

 細い足で体重を感じさせず歩く女性は、歩みながら振り返り、ニコリと上品な笑顔を一つ見せ、去って行った。


「お、おお……」


 まさに今、ジミーはダルマを体現していた。

 機械油の中で生きてきた彼には、少々以上に刺激の強すぎる人物だった。これぞまったく別世界、スカートを履く女性というだけでも縁の無い世界にいる彼にとっては、全身野に咲く花で出来ている生き物にも見えたという。ちょっと気持ち悪い表現だが。

 彼を知る者が今の紅に染まった彼を見たならば、きっと二十年はネタに笑えただろう。だが――


「や、やめてください中尉! いい加減恥ずかしいです!」

「にゃっはっは! その理由はかわいいのでやめられないんだよ!」


 名前も聞けずに立ち去られてしまった彼を、慰めるヤツもいなかった。


「いつまでイチャついてやがるんだ!」

「あたっ!」


 そして悪くないのに、ジェイルが蹴られた。悪くないのに。


「ちっ、俺は減給だってのによ! 帰るぞ! とっととレンタカー返すから乗れ!」

「あ、わわわ、待って!」

「おお、いい黄色さの車なんだよ」


 左側の運転席に回り込むジミーに、焦って助手席に入ろうとするジェイル―― が、シェリーに後部座席に連れ込まれ、三人を乗せたレンタカーが裁判所に、エンジンのスターター音を聞かせた。





 左手に森林を残す、のどかな郊外の道路を黄色い車が遠ざかっていく。


「……元気でな、ジェイル」


 その光景を、ダテは裁判所の屋上から見下ろしていた。

 あの公園以来、顔を見合わせることも無く終わった、友との別れ。感慨深くも有り、慣れたものでもあった。


 光の帯が眼下の地上から昇り、空でくの字に曲がって彼の元へと到達する。

 帯は光の玉となり、ぽんっと爆ぜて妖精の形を作った。


「ふぅ、一件落着ですな、大将」

「ああ」

「くぷぷ…… 傑作でしたな」

「へっ……」


 ダテはちらりと、自らの右腕を見る。

 そこには無数の衣類が束ねられていた――




 ――第一法廷。


 法廷に現れたシェリーを前に、裁判長は本件の事実関係が書かれた陳述書を読み上げる。

 格納庫内の監視カメラに残っていた、管理者達に対する脅迫行為に始まり、独断での戦地への出撃。そして、すでに別件で処分が下っている、管理ミスにより搭載されていた兵器の使用。

 戦闘における功績などは何も示されず、陳述はただただ彼女の違反箇所のみを端的に抜き出していた。

 それを静かに、なんら感情を見せることなく平然と聞き続けるシェリー。読み終えた裁判長は彼女の顔を見、咳払いを一つ、ガベルを打ち鳴らした。


「えー、そ、それでは…… 結審に移ります……」


 シェリーの眉が、わずかに持ち上がった。

 彼女がそこに立って、まだ数分。検事席に座る軍人の陳述が始まることもなければ、何一つの証言が間に入ることもない。審理無し―― 結審は陳述書のみで下されようとしていた。

 裁判長の、目が泳ぐ。泳ぐ目は、何か自分に確信がもてないような、何かを恐れているようにも見えた。


「ご、ご来席の、み、皆々様…… 有罪と思われる方は、ご、ご起立を……」

「……?」


 どもりながら出された、裁判長からのありえない内容にシェリーは唖然となる。

 そしてありえないとは思いつつ、シェリーは体を振り、法廷内を見回した。


 法廷内には、たった一人。

 傍聴席入り口にて笑いを堪える金髪の女性を除き、立つ者はいなかった――




「……ちったぁいい薬になるといいけどな」

「大丈夫でしょう。がっつり脅しつけておきましたし、まっとうな国の裁判はイチジフサイリっス」


 ダテが小脇に抱えていた、大量の衣類を放つ。

 屋上の風に吹かれ、裁判所の庭へと舞う、紫のズボンと色とりどりの()()


 にやにやと笑うダテは、ジャンパーの内ポケットを探る。

 取り出したのは、紫色の石。

 全身から同色のオーラを放ち出したダテの中、その石は色を失い、砕けた――


「ねぇ大将……?」

「んだよ?」


 幾分困ったような表情で、クモが彼の顔を覗き込んだ。


「……くどいようですけど、別に死んだことにしなくてもよかったんじゃないスか?」


 ダテは一つ苦笑し目を瞑ると、遠くジェイル達が去っていった先を見つめた。


「不自然だろ? あの爆発で俺が生きてるのも。それに…… 探るにはいないことにしといた方が楽だったからな」

「それはその、その通りですが……」


 彼らの背後に、光の柱が降りる。

 光は集まり、長方形を描き―― やがて、『光の扉』となった。


「……戦わなきゃいけない男だからさ、あいつは」

「え……?」


 ダテは(きびす)を返し、扉へと歩き出す。


「戦うやつの周りでは、いつかどこかで、失われる仲間が出る。戦うってのはそういうもんだ。いつかは…… 乗り越えておかなきゃなんねぇもんなのさ」

「そういう…… ものでしょうか……」

「ああ」


 足を止め、ダテが振り向く。


「ロボットものの、定番だからな」


 そこにはクモにとっての彼らしい、からかうような笑顔があった。


「……納得っス。ならいなくなったのがおっさんのモブキャラで、ラッキーって感じっスな」

「おいおい、そりゃ言い過ぎだ」


 一人と一匹は、笑い合う。

 一人は照れ隠しに、一匹は彼の不器用な優しさに。



 そして彼らは光の扉とともに、この世界からいなくなった――





 市街地へと戻る車中、シェリーは二人に対し、法廷での出来事を語っていた。


「……ってわけで、びっくりしたんだよ。有罪か無罪かで判断されるとは思ってなかったし、軍事裁判でそんな国会みたいな決め方するなんて思わなかったんだよ」

「なんかよくわかんねぇな……」


 それは数日前、行って即座に処分を下されたジミーにとっても不思議な話だった。彼の違反は軍人では無いことから、業務上のミスとして処分されている。


「でも、良かったです…… 中尉が無事で。本当に…… 良かった」

「ジェイルくん……」


 こうして久々に会うジェイルの顔は、シェリーにはひどくやつれたものに見えた。

 シェリーはあの戦いで目の当たりにした、パブロが沈む瞬間を思い返す。

 空を覆い尽くす朱色の閃光。大気を震わせ、港から市街地までを揺るがせた衝撃と、吹きすさぶ熱風。船首から四分の一を失い、パブロは海へと墜ちていった。あの大爆発の中、人の体など残るはずもない。

 「彼」の最期の瞬間を、シェリーはモニターに捉えていた。あと数分発見が早ければ、駆けつけて引き離すことが出来たのだろうかと彼女は思う。しかし引き離してしまえば、きっとジェイルが戻る場所は失われていただろう。

 ここ数日、何度となく、シェリーは自身の置かれた境遇以上に「彼」の犠牲と、その行為の是非や意義に思い悩んだ。それだけに、ジェイルの気持ちが切々とその身に伝わっていた。


「……しゃんとしな、ジェイル。軍に入るって選んだんだろ? これからは親父さんと同じ道を行くんだ、そんなことでどうする」

「え……?」


 前でハンドルを握るジミーが、静かに言った。シェリーは驚きに、白髪交じりの後頭部を見る。


「……はい。そうです…… そうでした。いつまでもひきずってたら、父さんにもダテさんにも笑われます」

「ジェイルくん…… 軍に入るの……?」

「はい…… ちゃんと自分で、決めたんです」


 弱々しくも、ジェイルの顔には微笑みがあった。

 それは偽りや取り繕いの無い、喪失の哀しみから立ち直り始めたという笑顔だと、シェリーには思えた。

 緩みそうになる涙腺を内心に抑え、シェリーは軍服の胸元、忍ばせていたものを探り出す。


「……これ」

「……?」


 それはあの日受け取った、「彼」からの餞別(せんべつ)――

 今が渡すその時だと、何かが訴えかけていた。


「お兄ちゃんから、ジェイルくんに。ちょっと早いけど、エースになる君へのお祝いだよ」


 受け取ったジェイルの目元が歪み、大粒のしずくが、小さなプラスティック片に跳ねた――




  『ねぇ、ダテさん、いっつも飲んでるそれ、なんてやつなんですか?』


  『ん? グレン…… フレデリック……?

   シングルモルトウイスキーってやつだ。十二年だがな』


  『へぇ…… ウイスキーですか…… 強そうだけど、僕も飲んでみようかな……』


  『やめとけやめとけ、子供にゃまだ早い。まぁそうだな…… 

   あの中尉さんを一回でも撃ち落とせたら、一杯奢ってやるよ』


  『そ、それは…… いえ、頑張ってみます……!』


  『お? どうした、やる気じゃないか』


  『負けっ放しは、そろそろ男として情けないですから……!』


  『ははっ……! そうだな、よく言った。じゃあ……』



 ――『もし勝てたら、ボトル入れてやるよ。一緒に祝おうな』




「ダテさん……!」


 その名を呼び、手渡されたカードを持つ指を震わせる。


 ――『第二ラウンジ ボトルキープ券 グレンフレデリック 二十一年』。


 それは彼がそこにいて、一緒に過ごした日々の証。共に果たすことが出来なかった、些細な約束の証――


「なろうね、エース」

「はい…… はい……!」


 止めどなく、もう枯れたと思っていた涙が溢れ、うつむかずにいられなかった。

 ずっと年上で、どこか同情でつきあってくれているのだとも思ってしまっていた、たった数日の出会いの中にいた人。


 彼は間違い無く、友達だった。そう見てくれていたのだと、思い知らされた。

 そんな何気ない会話の中にあった、ただの一幕を大事にしてくれるほどに――


 カードを手に嗚咽を漏らすジェイルの背中に、シェリーの手が置かれる。


「……『第二ラウンジ』、行こっか?」


 頬の涙もそのままに、ジェイルはシェリーへと顔を上げた。


「前祝い、ちゃんとしよう?」


 その顔は、優しかった。どうしてこれまでこの人を怖がっていたのか、忘れてしまうくらいに優しい微笑みだった。

 流れていたものが柔らかくせき止められ、ジェイルは目元を拭い、言う。


「はい……! でも……」

「ん?」

「……中尉は未成年だからダメです、これは飲ませませんよ」


 からっと言い放ったジェイルの言葉に、ジミーが盛大に笑った。


「も~! 首都の州法じゃ十九からオッケーなんだよ!」

「え~!?」


 初めて一本取ったと、空気を変える軽口を言えたと思ったのも束の間。

 生意気なやつはこうだと言わんばかりに、ぎゅむりと腕を抱きしめられ、ジェイルは呆れ顔で言葉を無くした。

 シェリーは寄り添うままに、片腕を前に、前方を指差して高らかに言い放つ。


「よっし! ジミーさん! 『第二ラウンジ』で飲もう! ジェイルくんの前祝いだよ!」

「よしきた! さっさと帰るとするか!」


 ジミーの踏み込む足に合わせ、エンジンの音が高鳴る。


 過ぎていく風景、高く昇った真昼の日射しに、ジェイルは目を閉じた――



 ――これから先、僕はきっと…… 


 ――中尉にも、父さんにも負けないエースになって。父さんの夢も、自分の夢も果たしてみせます。


 ――ありがとう…… ございました……



 黄色いレンタカーが国道へと、彼らの(ホーム)を目差して走り抜けていく。



 少し大人になった青年の前、


 夢はどこまでも続いていた――


 読了お疲れさまです! これにて『#7』終了です!


 コメディ色を前面に押した作者初のSFロボットものでしたが、いかがでしたでしょうか。

 最後までおつきあいいただき、本当にありがとうございました!

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