42.大人達への「修正」
軍属の裁判官が叫んだ一声に、あっという間にダテの周り、軍服が殺到する。
法執行の場に押し入った闖入者―― 暴漢に対し、申し開きの機会などは与えられようはずもない。
有無を言わさぬとばかりに我先に掴みかかっていく、そんな暴漢拘束のよくある光景は、誰しもがテレビのニュース番組などで目にしたことがあるだろう。
しかし、そんな現実に「よくある光景」が許されるほど、相手は現実的ではなかった。
その時の出来事を後年、退役した憲兵。当時その場に居合わせた細身な口ひげの憲兵が、オカルト雑誌からのインタビューという形で、世に僅かな記録を残している――
※ ※ ※
――ワタシ達の仕事っていうのは、軍隊の中の警察みたいなもんなんですよね。だからこういうことには慣れてるし、捕まえろってゴーサインが出たらだ、相手が刃物を持ってようが一気につっかかってって、ぎゅぎゅぎゅ〜っと訓練通りに抑え込んじまうもんなんです。
でもだめだ、だめなんだ。仲間達は慣れたものって感じでダーってかかって行ったんだけど、ワタシは二、三歩前に出ただけで、動けなくなった。行かなきゃいけないってはずなんだけど、足が震えて動かない。
なんとなくですけどね、嫌だなぁ、危ないなぁって予感があって。だってこの人、ぴょ~んって、ぴょ~んって、跳んだんですよ? 法廷の中のことはあんまりしゃべっちゃいけないんですけどね、まぁ、皆さんが思うような、一般的な法廷の、普通の現場を想像してくださいよ。被告が立つ場所ってのは前にこう、腹の高さくらいの台があるじゃないですか。そっから裁判長がいる高台までって言ったら何メートルありますよ? それをぴょ~ん! って一気にジャンプしちゃったんだ。おかしいでしょ? あり得るはずが無いんだ。しかもその男が顔から包帯をとった時、周りのみんなはざわついてた。ざわざわ…… ざわざわ…… 「あれ? おかしいぞ?」「生きてたのか?」なんて、みんな言ってたわけです。だからワタシ、どっかで気づいていたんでしょうね。
ああ、この人、この世のもんじゃないって。
でも体があって、実際いるわけだそこに。だからみんな、ダーってなもんで取り押さえに行っちゃった。命令出たら行かなきゃいけない、でもワタシ行けなかった、足が竦んでそこで見てた、そしたらだ――
みんなが囲んだ瞬間に、バンバンバンバン! って、バンバンバンバン! って。ヘビィ級のプロボクサーがサンドバックを打つような音とでも言いましょうかね? そんな音が鳴ったんですよ。そのあとダーン! ドサァー! って床に何か重い物をひっくり返したような音がしたんですよね。
あれ? なんだろう? なんの音だろう? って思ったら、人が倒れてる。あ、暴漢を確保できたのかなって、正直ちょっと期待したんですけどね、違うんだ。倒れてるのは、軍服を着た、ワタシの仲間。それも三人くらいがいっぺんに倒れてたんです。ワタシみたいなのもいますけど、憲兵なんてやってるのはみんなガッチガチの大きな男ばっかりで、そんな男達があっという間に、口から泡を吹いてですね、白目剥いてのびちゃってるんですよ。
それでみんな、何が起こったのかわからないもんだから、固まっちゃった。多分…… 百七十五センチくらいの、あまり大きくもない若い男なんですけどね、二メートル近い大きな男達が、囲んだまんまで固まっちゃったんだ。
その時ね、こう…… 囲まれてる中心でゆら~って、ゆら~って動くその男の顔が、仲間達の背中の隙間から見えたんですよ。驚いてる周りの男達を見回して…… 「さぁ次はどいつだ」って、「誰から死にたい」って、ニタァって笑ったんですよ。
その瞬間ワタシ、ゾゾゾォ~って、頭から脂汗が吹き出して背中まで汗びっしょり。殺気とでも言いましょうか、離れてたワタシがそうだったんだから、きっと囲んでる仲間達なんてそんなもんじゃなかったんでしょうね。誰かが悲鳴みたいな、「うおおっ!」って恐怖にかられたような雄叫びあげて殴りかかったみたいなんですけど、その誰かが引き金になって一気に乱闘になった。
ああ! 無理だ! ダメだ! 殺される! って、もうワタシそっからは頭がそればっかりになって、必死で逃げることしか思いつきませんでした。逃げようとした時にようやく気づいたんですが、ワタシその時腰抜かしてたんですね。それでまわりのドーン! ガシャーン! って音を聞きながら、地面這いずって必死になって、法廷の入り口まで逃げた。でも立ち上がれないからドアが開けられない。ああ! どうしよう! そしたらですね、乱闘に手を振って応援してた金髪のお姉さんがいたんですけど、「はい」って開けてくれたんです。ワタシには神様に見えました。
その後はなんとか立てるようになって、裏口の扉をにぃ”~って開けて、一目散に車で、高速に乗ってバァーって飛ばして家まで帰りました。もう怖くて怖くて…… 目を瞑ればあの時の男の顔がフラッシュバックするようで、追いかけてくるんじゃないかって思って布団ひっかぶって、三日間一歩も出ずに家にいました。
それで…… 三日目の夕方ですか、薄暗い時間ですよ。家にあるものも食べ尽くして、さすがにそろそろ出なきゃダメだって思ってワタシ、シャワー浴びて着替えて、買い物に行こうと玄関に向かったんですね。そしたら……
ひたひた…… ひたひた…… って、ひたひた…… ひたひた…… って、マンションの廊下を歩く音が聞こえたんです。ひたひた…… ひたひた…… 足音が、ワタシの部屋の前で止まった。そしてすとんって、何か玄関のドアのポストに投函されたんですね。
それで、なんだろうってポストを開けてみたら、白い封筒が入ってたんです。ドキリとしました、裁判所からだったんです。でも来たからには中身が気になるってんで、あの男のニタァって顔を思い出しながら、嫌だなぁ、怖いなぁ…… って思いながら開けたんですね。
中身は一枚の白い紙に、数行の、印刷された小さい文字。読んだワタシは頭が真っ白になりました。
書いてあったことを要約するとですね――
――「顔は捉えた、絶対に逃がさない」
……高速道路でスピード違反してたんですね、三十八キロオーバーでした。
――『月刊ラ・ムー別冊 闇に葬られたミステリー事件大特集号!』より引用。
※ ※ ※
掴みかかる憲兵の手首を持ち、くるりと回転するダテ。その動きに合わせ、空中で憲兵の体が前転する。
「うらぁっ!」
逆さまになった憲兵が地に落ちることを許さず、ダテの蹴りが背中をシュートし、憲兵が不自然な体勢で検事席にゴールした。
「へっ…… こんなもんか?」
周囲には、力尽きた憲兵や、確保に協力した軍人達の体が転がる。わずかに立った数人も、立ち向かう気力を失って身動き出来ず、二の足を踏んでいた。
「くっ……! 化け物め!」
「おお?」
野太い男の声に、ダテは背後を振り返る。黒いマントを付けた軍属の裁判官が彼に対し、銃口を突き付けていた。
必死な形相を見せる軍人に、ダテはまったく状況を意に介す様子なく、口の端を上げた。
「……なぁあんた、あんたも若い女の子に出世されるのが、気に入らないクチかい?」
「なんのことだ……!」
ダテの首が、傍聴席の前へと向く――
「はっはっ! ここ数日死んだことにしてあちこち探っていたが、笑っちまったぜ。あんた『少佐』なんだってな! 艦長!」
「……!?」
びくりと、証人席で立ち呆けていた艦長が身を震わせた。ダテはくっくと笑う。
ダテは片眉を下げ、両手を軽く上げ、いかにも「呆れました」というジェスチャーを送った。
「たまんねぇよなぁ! もう五十も越えてるってのに、あんな十九やそこらのアイドルみてぇな女の子に階級並ばれそうなんだ。そりゃ意地悪の一つや二つもしたくなるぜ!」
「し、知らん…… なんの話だ……」
目を逸らし、艦長が明らかな狼狽を見せる。
「おいおい、とぼけるなら皆まで言っちまうぜ? エルドラード軍のエースパイロットには、代々佐官以上―― 少佐以上の階級が託されてきた。ジェイルの親父にしても、死ぬ間際には中佐の地位が検討されてたそうだ。もちろん、今は中尉に甘んじてるあの子にも、既に昇進の話は出ている。誰かさん達が裏でこそこそ色んな工作していなけりゃ、もうとっくに少佐だったのかもなぁ?」
ダテは首を振り、ぐるりと軍人達を見回した。
何人かが目線に合わせて身動し、その様子にダテは笑いを重ねる。
「……おかしいと思ったんだよ、マーメイド直しておきながら、装備つけてなかったろ? 止めてるのはあんたを含めた軍の連中だって聞いてな、なんかあるなぁ~とは思ってたんだ。で、探ってみたら背景にあったのは醜いおっさんどもの嫉妬だ。あんな子相手に結構前から、セコイ連中が寄り集まって失脚の機会伺ってたんだってな? ほんと、笑わせてくれる」
ダテは前髪をくしゃくしゃと掻くと、半端な笑みを浮かべ、艦長へと体を向けた。
「よく考えたもんだねぇ? 大きな戦いを前に艦の仲間をつっこませて、あの子には出撃命令を出さない。そりゃあの子の性格を考えりゃ勝手に出て行っちまうさ。あんなギリギリの戦闘で頼みの綱に罠張るようなクソ度胸、他に使い道なかったのかい?」
「くっ……」
半端な笑み―― その中にギラつく目は笑ってはおらず、艦長の体を凍らせた。
「ま、あの通り奔放な性格で、天才なわけだ。そりゃ面白くは無いかもしれんが、いいだろ別に。まったくあんたらエリート中高年ってのは、どこの世界でもガキの俺よりガキって言うか――」
銃声――
「お?」
その方向へと、振り返るダテ。彼の後ろ、狙いを付け続けていた銃から白煙を浮かせる、軍属の裁判官の姿がある。
「……!?」
しかしその顔は、驚愕に染まっていった。
「おいおい、威嚇も無しか。軍人ってのは容赦がねぇなぁ」
ダテの右手、二本の指に挟まれ、留められた弾丸――
「な、なんだ…… と……」
ニッと笑ったダテが弾丸を握り込み、その手から高く炎を噴き上げる。
「命ってのは、もっと大事にしなきゃな?」
軽く振った右手からべたりと、溶けた弾丸が法廷の絨毯に落ち、煙を上げた――
静寂に満たされる法廷。
銃を構えた裁判官の脇、椅子を蹴飛ばすように逃げ出す一人の裁判官の姿――
その姿に皆が動転に駆られ、我も我もと逃げ始める。憲兵、軍人、職業裁判官、上位も下位も関係無く、ひしめき合うように、退路を奪い合うように廷内の扉めがけて走り出す。
が――
「開かない! なぜだ!」
裁判官席正面と左右奥にある扉の前、もみくちゃになった軍人達が扉のノブをガタガタと、三方で同じように焦り合う。
「悪い、結界張った」
「ケッ、ケッカイ?」
「逃げてもらっちゃ困るんだよ、ちゃんと裁いてもらわないと……」
ダテがゆっくりと、傍聴席奥の正面扉へと歩み始める。
「気持ちはわかるがな、あんたらはやり過ぎた……」
彼の接近に慌てて退く軍人達の間に割って入り、ダテは人垣の奥、扉に張り付く人物に手を伸ばす。
「修正は、させて貰うぜ?」
悪鬼のような笑みを浮かべ、相手を見据える目――
その手は、白髭の艦長の肩に乗っていた。
今回笑った人は結構なお歳なのだと思いまふ(^^;)




