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玄人仕事  作者: 千場 葉
#7 『ボーイズドリーム・ロボティクス』
249/375

40.戦い、終えて


 戦いの日から、数度目の朝日がアンダースロー号を照らす。

 淡い光が差し込むジェイルの私室に、ノックの音が響いた。


「ジェイル、起きてるか?」

「……はい」


 ジミーの声。ジェイルはドア越しに、小さく返答する。

 支度は済んでいた。初めてここを訪れた日に着ていた、黒のジャケット。無理矢理な形でこの船に乗ることになった、彼の数少ない私服だった。

 廊下へと出る前に、一度だけ部屋に備え付けの鏡を見、ジェイルはドアを開けた。


「じゃ、行こうぜ」


 鏡に映った自分は、まだ少しやつれていたように思う。

 何も言わずに先を歩き出す、そんなジミーの態度が有り難かった。





 丸いハンドルの、古くさい操作体系の乗用車が首都の国道を走る。

 本部基地を出て数分歩いた先で借りた、黄色いフォードアのレンタカー。「乗りにくくないですか?」と聞いたジェイルに、ジミーは「これがいいんだよ」と、そっけなく答えた。


 車が朝の渋滞に遭う。角の丸い、ガラス張りの高いビル群の街並が、ゆっくりと流れていく。

 半分ほど開いたウインドウから流れ込む空気の冷たさと、どこか青みを薄く、以前より低くなったように感じる晴れた空が、秋の終わりを知らせ始めていた。


「なぁジェイル…… ほんとに、軍に入るのか?」


 口数少なく、黙々と運転を続けていたジミーが、信号待ちで口を開いた。

 ジェイルはドアの向こう、過ぎ去る景色を見ていた視線を、前へと移す。


「ええ、決めたことですから」


 信号が変わり、車が流れ出した。



 シャイニングムーンを駆り、コロニー奪還作戦においての目覚ましい戦果をもたらしたジェイル。彼は今回の活躍で、近く正式に中尉として、エルドラード軍に配属されることになっていた。

 そこに強制は無く、ジェイルは自らの意思でそれを決定していた。


「……ダテや中尉のことは、全然お前のせいじゃねぇ。お前はお前で宇宙でしっかり戦ってきたんだ。その場にいなかったからって、自分を責めなくてもいいんだぞ」


 職人気質な不器用な男からの気遣いに、ジェイルは緩く、笑みを浮かべた。

 随分と気を掛けさせてしまったのだなと、申し訳無く思う。


「心配してくれてありがとうございます。でも、僕が軍に入るのは責任を感じてとか、そういうことじゃなくて…… ちゃんと自分で決めたことなんです」

「……なんか、理由(ワケ)があんのか?」


 車の緩やかな流れの中、ジミーの目がジェイルに振られた。

 ジェイルは小さく、頷きを返す。


「僕は地球に帰ってきて、ようやく父さんを…… 父さんが戦い続けていた理由を、父さんの夢を理解できたんです。僕の夢はまだ先の未来にあって、いつでも取りに行けます。だから今は、父さんの夢を守って、叶え続けて、この戦争を終わらせようと思うんです――」


 あの日、やっと見えた父の想い。見えてしまったジェイルには、その想いを継ぎ、その行く末を確認しなければいけないという、何かに引き寄せられるような、背中を押されるような、奇妙な感覚があった。それはきっと間違いではなく、必要なこと。そんな確信すらも感じる。

 でもそれは多分、言葉ではうまく伝えられない。だからジェイルは、


「――おかしいですかね?」


 と、おどけてみせ、笑顔で言葉を濁した。

 ウインカーを出し、ジミーがレンタカーを左折させる。


「いんや、なんだかわかんねぇけど…… お前が自分で決めた道なんだろ? だったら多少失敗しても、後悔なんかはないはずだ。立派にやり遂げてみな。それこそ、エースになっちまうくらいにな」


 言葉では伝えられなくても、彼には何かわかったのかもしれない。あるいは、何もわかっていないのかもしれない。どちらにせよ、笑顔でそう言ってくれたジミーに対し、ジェイルは「はい」と一言、有り難い気持ちで返しておいた。


「……中尉、軽く済むといいな」

「ええ」


 ジミーの操る黄色いレンタカーが、市街地の渋滞から離れ、郊外へと走り抜けていった――





「まさか、本当にやるとは……」


 狭い木目調の壁の一室。事務的な四人掛けのテーブルを挟み、二人の男が向かい合っていた。

 呆れ顔でため息をつく男は、黒いマントのような羽織を――


「やりますよそれは…… そういう計画でしたからねぇ。それよりも、あれだけ積んだのです、私も精一杯証言させていただきますが、進行の方は大丈夫なのでしょうね?」


 ――対面する男は、口元に白髭を蓄え、軍服を着ていた。


「君だけじゃなく、他の軍人達からも頼まれている。私とて死にたくはないさ」

「ならば結構、期待していますよ」


 マントの男が席を立ち、部屋を出て行く。


 残る白髭の男―― 


 アンダースロー号艦長、ローリングサンダー少佐が、口元に笑みを浮かべていた。


 ――そしてその背後に、壁を背にして笑む、一人の男が忍んでいた。





 エルドラード軍事裁判所。

 戦争における軍規違反、戦争犯罪などを裁く特別裁判所として設置されたこの機関は、この戦時下において日々審理に事欠くことのない、忙しい行政の場となっていた。

 機密保持のため審理非公開であり、もとより短期間での裁きを目的とした機関であるため、案件の消化は比較的早い。軍人、民間人を問わず、毎日と執行、結審が下され、毎日と収監されている被告人が送られてくる。

 そしてこの日、予定されていた通りに、彼女の審理は行われようとしていた。


 戦時下での軍用機の独断運用という、免れ得ない重大な規律違反を犯した彼女―― シェリーは、収容された同行室にて、審理の時を待っていた。

 審理と言っても、軍人である彼女に行われるのは明確な違反による執行であり、上訴の権限も無い。あの戦いにおいての戦果をどれだけ汲むのか、それのみが審理の内容となるだろう。

 それはこの審理に関係する多くの者達の予想であり、当のシェリーも思うところだった。


「ま…… 妥当なところで、懲戒免職プラス懲役刑かな……」


 ぼんやりと、天井の時代がかったシャンデリアの明かりを見ながら呟く。被告人に落ち着いてもらうためだろうか、待たされている一室は無駄に広く、絨毯やソファーなどにも優しい色使いが見られる。それは拘置されて以来、久々に袖を通した軍服が不釣り合いにも思えるほどだ。

 仮に民間人だとすればここに弁護士など、同席する者もいるのだろう。しかし彼女の周りには誰もおらず、見張りさえも扉の向こうに立つ憲兵のみだった。


「誰か、お茶くらい煎れてくれてもいいのになぁ……」


 気を遣われているのだろう、その空気は拘置所内でもあった。一人にしてくれるのはありがたいが、退屈でもある。

 もう十二分に一人で考え事をする時は過ぎた。というよりも、彼女からすればこうなることは覚悟の上での出撃だった。ガンダラーの侵攻を止め、仲間や国民を守ることに成功した今、特別思い煩うこともなかったのだ。

 軍にいられなくなるだろうことは残念には思うが、それよりはもう二度とヒューマノーツに乗れないだろうことの方が残念で、だがそれも、あとを任せられる人物―― 彼の息子(ジェイル)の存在があれば、それでよかった。

 もとより軍人だ。いくら厳しい環境におかれようが、服役生活などは怖くも無い。全く減刑されずに射殺というのは勘弁してもらいたいが、軍の損得を考えればそれはないだろう。

 ただ、何年か何十年か、退屈な日々が続きそうだなと、そう思う。周りからは理不尽な不幸に見舞われているように見られているのかもしれないが、彼女自身が自分に関して思うのは、そんなところだ。


 一つ気にかかるのは彼のこと――

 身近な人を失ったことを知らされた彼が、塞ぎ込んでしまっていないか――


 それだけが、今の彼女の気がかりだった。



 ――コツ、コツと、扉を叩く音が聞こえた。


「はい?」


 時間だろうか、そう思って振り向く彼女の視線の先、扉がゆっくりと開かれた――


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