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玄人仕事  作者: 千場 葉
#7 『ボーイズドリーム・ロボティクス』
248/375

39.凱旋


 翌日、エルドラード本部基地――


 地表へと降り立ったシャトルの廊下を、ジェイルは歩む。


 コツコツと床を踏みしめる足音の響きと、戻ってきた体の重み。

 わずか一日にして忘れかけていたこの感覚は、地球(故郷)というものを教え直してくれるようだった。


「さぁ、どうぞ」


 前を歩いていた赤髪の女性クルーが、ハッチの脇に立つ。身の回りから戦闘中のオペレーターまで、親身になって世話をしてくれた彼女に、ジェイルは一つ頭を下げた。


 シャトルのハッチが開き、星の大気が、太陽の光が流れ込む――



「ジェイル少尉に、敬礼!」



 ハッチに繋げられたタラップ車の下、横一列に並ぶ二十名ほどの軍人達。揃いの紫の軍服に身を包んだ彼らは、堂々としたたたずまいでジェイルに向け、軍式の敬礼を捧げ続ける。

 事前に何を聞かされることもなく、案内されるままにハッチをくぐったジェイルは、驚きと戸惑いの表情を浮かべて女性クルーへと振り返る。彼女はくすくすと、いたずらが成功したという風に笑っていた。

 思えば彼女に案内されている間も、すれ違うクルー達が妙によそよそしく、中途に笑んでいたことを思い出す。ある種のサプライズ―― そう思い至るまでは、長くはなかった。

 見下ろせば、堅苦しい姿勢の中、どこか顔の緩んでいる軍人達。

 ジェイルは気を取り直し、タラップを降りる。最後の一段、地上を踏む。

 そして、ここ数日でさんざんと叩き込まれた、エース仕込みの答礼をもって彼らへと応えた。


 中央には一人の老人。色は同じにして、物々しい勲章や腕章を配された軍服に身を包んだ、白髪の軍人が立っていた。

 思わずと目を合わせた老人が笑顔になり、ジェイルへと頷きを返す。ほどなく老人の腕が解かれ、周囲に合わせ、ジェイルも答礼を終了した。


「始めまして、ジェイル少尉。大活躍だったようだね」


 笑顔のままに歩み寄り、差し出された老人の手をジェイルはとった。ジェイルより頭一つ高い、軍人らしい、体躯に見合ったがっしりとした手だった。


「あなたは……」

「陸軍大将をやっている。ビッグだ、よろしくな」

「た、大将!?」


 ジェイルは思わず、再びと敬礼の姿勢を見せてしまった。

 笑いながら、老人は下げるように手を振る。そして振り返ると、軍人達の列から一人の人物を手招きした。ビッグへと会釈を見せ、進み出てくる中年の男。

 どこか覚束ない足取りの彼は、ジェイルの前に立つと握手を求め、強めに握りながら深く一礼した。


「すまなかった、ありがとう…… 私はマイセルフ大尉。本当なら、『新型』とともに宇宙へ行くはずだった男だ」


 聞き覚えのある名前に、すぐに記憶が働いた。

 予定されていた『新型』のパイロット。別れ際、シェリーが語っていた人物だった。


「あ、ご病気だと聞きましたが……」

「ああ、もう大丈夫だ。それより……」


 マイセルフの目が、ジェイルの足下から顔までを、見定めるように動く。それはほんの数秒も無い時間。そのわずかな時間で、彼の表情が優しく穏やかなものになったことをジェイルは感じた。


「やはり似ているな、ブルーそっくりだ」

「え……?」


 ため息交じりに出された、父の名前。

 場を譲っていたビッグが、どこかマイセルフと同じような表情で、口を挟む。


「こいつは君のお父さんの友人でね…… 是非出迎えたいというので連れてきた。実は私も同じで、ここに並んでいる連中も皆、同じだ」

「父さんの…… 仲間……」

「ああ、そうだ」


 周囲へと促すように手を差し向けるビッグに、ジェイルは居並ぶ軍人達を見回す。改めて見れば、彼らの制服はそれぞれに違いがあり、読み取れる階級も所属にもまとまりがなかった。中には数名ながら女性もいて、ビッグに近いだろう年嵩の人物もいる。

 ばらばらな彼らは、皆が昔を見ているような緩やかな笑みを浮かべ、あるものはうっすらと、瞳を潤ませているようだった。


「ありがとうジェイル少尉。この戦いの勝利と、やつの大事な君の成長に、心からの感謝を贈る」


 言葉に出来ない温かさに包まれ、戸惑うジェイルにビッグが声をかけた。

 そして軍人らしい固い表情に一変した老人は、靴を鳴らして姿勢を正し、高らかに叫ぶ――


「敬礼!」


 揃う靴音と衣擦れの音が、一糸乱れずシャトルの前に木霊した。





「ジェイル! 戻ったのか!?」


 シャトルの降り立ったエルドラード本部基地を歩き、アンダスロー号を訪れたジェイルを出迎えたのは、開いたゲート前にてタバコをくゆらせていたジミーだった。

 もう見ることは無いかもしれない、一時はそう思っていたはずのダルマのような体との再会に、ジェイルから笑みがこぼれる。


「ええ、作戦終了です。シャイニングムーンも僕も、無事帰ってこられました」

「おお! よくやった!」


 ジミーの大声に、ゲートの奥で作業中のツナギ達が手を止めて振り返っていく。


「ジェイルだって!?」

「戻ってきたのか!? マジでか!?」


 ばたばたと、ツナギ達が彼へと駆けよってくる。

 ジェイルの周りに人垣が生まれ、彼の到着を聞きつけたのか、艦内のクルー達もが次々と格納庫へと殺到した。

 ツナギから軍服まで、五十名以上もの人々が乗り、住んでいるアンダースロー号。知っている人から知らない人まで、誰も彼もがジェイルのもとへと、笑顔を覗かせて集まりを見せる。



 ――ああ、そうか……



 この場所に集まってくる人々。出迎えをくれた父の仲間達。そして、宇宙での作戦が終わったあと、十年来の知己を迎えるように自分を受け入れてくれた、シャトルのクルー達。

 短い非日常の日々で、これまでに出会った皆の顔が、ジェイルの意識をよぎっていく。



 ――これが、父さんの見ていたもの……



 じわりと体の奥から流れてくる温かな感覚の中、ジェイルはわかった。



 ――父さんも、僕と同じ…… 『夢』を持って、見ていたんだ……



 『夢』というのは、未来に抱くものだけをいうわけではない。そう気づいた、深く奥底に届いた瞬間が、そこにあった。


 父にとっては、こうして出会う全ての人々と過ごし、喜び合う。その瞬間瞬間が『夢』であり、刹那でしかない今の連続が、大事な『夢』だったのだ。

 今は今の一瞬に過ぎず、儚い。しかし、未来に描く夢も、描くことは出来ても移り気で、それは頭の中にしかなく、やはり儚い。


 どちらも『夢』で、儚いもの。だから父は選び取ったのだろう。

 今にしっかりと存在している、人々の中にある『夢』を。

 そして、人々がそれぞれに持っている―― 今の中にある『夢』を守り抜くことを。



 父はじっと、今の『夢』を見ていたのだ――



「ジェイル? どうした?」

「あ、いえ……」


 ジミーの言葉にはたと、自らの頬に流れる涙に気づき、ジェイルは目元を拭った。


「なんだよ、ようやく帰ってこれたって実感が湧いたってか?」

「はは…… そうかもしれません」


 ひやかしてくるジミーに答え、誤魔化すように首を振る。

 そこでジェイルは、集った皆の顔ぶれと、喜びの表情の中にある奇妙な違和感―― 


「あれ……? 中尉は…… それに、ダテさんも……」

「……!」


 染みのように落ちていた()()()に、ようやくと思い至った。


 ざわついていた皆が、押し黙った。

 目線を逸らし、皆を代表するように、ジミーが重く、口を開く――


「中尉は…… 拘置(こうち)所だ」

「……拘置所!? なんでそんなところに……」


 瞬間、意味がわからず、頭を打たれたように感じた。


「もう聞いているとは思うが、でかい戦闘があった…… 中尉はみんなを守るために…… 命令を無視して出撃した」

「そんな……!」


 どういうことなのか、なぜそうなっているのか、聞こうとして言葉が出なかった。

 心痛を表に出す、黙り込んだ皆の表情が言葉を阻んだ。


「それと…… それとな? 落ち着いて聞いてくれ、ジェイル……」


 うつむき、視線を逸らしていたジミーが、ジェイルの目を真っ直ぐに見据えた。

 その真剣な表情と、意識を逃がそうとしない注視に、悪い予感が首をもたげる――




「ダテは…… 死んだ」



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