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玄人仕事  作者: 千場 葉
#7 『ボーイズドリーム・ロボティクス』
247/375

38.スポットライト

「近い……! 何をする気だ……?」


 あまりに近い距離でのリフト出現に、艦長が動揺を見せる。脇に立つクルーが車体を確認し、眼鏡をキラリと光らせた。


「……何か、ヘッドガードに積んでいますね。あれは確か例の黄色い正体不明機体が持ってきていた……」

「何……?」


 艦長は目をしばたき、クルーが示すリフトの屋根を注視する。

 黒い『ACアダプター』。はっと艦長はその物体、担がれている箱状物体の正体と、その意図に勘づく。


「……そうか! あれは爆弾だ!」


 微妙な方向で、勘づく。


「はい?」

「間違い無い! エルドラードはこのパブロを沈めるために、例のいびつなヒューマノーツを使って殲滅用の高性能爆弾を運び込んできていたのだ! おそらくと、マーメイドの機動力を活かして直接船体に取り付けるために……!」

「なんですと……?」


 ごがん、と、時折弾むような挙動で埠頭を走るリーチリフト。その様を再び見つめ、眼鏡のクルーは眼鏡をくいっくいっとやった。


「なるほど…… しかしだとしても、大丈夫でしょう。ただのリーチリフトです、あれはああして地面を這いずる以外に――」


 埠頭から桟橋へと曲がり、海を目がけて一直線に走りこむリーチリフト。


 その機体が、空へと跳び上がった――


 艦長も、跳び上がった。


「なにぃっ……!?」


 ぼうと全体を金色の光に包み、二本のツメを青白く光らせて空を滑るリフトの絵面に、艦長が大声を上げる。そして全てのクルーが、モニターへと釘付けになった。

 桟橋から物理を無視して飛び立ったリーチリフト、そのツメの向く先は――


「正体不明機! 船首に向けて接近!」


 何をも恐れぬ正面突撃。全長二キロの要塞に向け、豆粒のような車体が迫る。

 前のデスクからの報告に、眼鏡のクルーが冷淡に口を開く。


「……ありえませんね。まさか空を飛べるとは思いませんでしたが、これでは爆弾を仕掛けるというより、ただの自殺行為――」


 カメラが切り替わり、最早荷役作業車とは呼べない奇っ怪な『軍機』が、彼らのモニターにアップになる。


 正面から捉えた映像には、荷役装置の隙間からニヤリと笑う黒髪の男――


 ガタリと椅子を鳴らし、艦長が立ち上がった。


「いかん! あれは日本人だ!」

「ニホンジン……?」



 ――かつて世界に無数の国家が存在した、「西暦」の時代。

 現エルドラードの東方に位置する海域の果て、「日本」という小さな島国があった。


 長く長く、数千年に及ぶ単一民族としての独自の文化を築き、恵まれた資源の利用を国内外より封じられながらも発展し、一時は世界最大規模の経済大国にまで昇り詰めたという、東洋における奇跡の国家。


 そこに住む国民―― 「ニホンジン」達は世界でも希にみる温厚さと真面目さを持ち、高い道徳心をも兼ね備えた「平和」の規範のような人々だったという。中でも、甚大な自然災害に晒され、それでも互いに協力を忘れずにいたその姿は、当時国外の人々の心を打ち、衝撃的な記憶となったと歴史にはある。

 明確な神への信仰を持たずにして、高いモラルを実現する人々。いつの世も世界から見れば不思議な人々であり、神秘性を感じる人々であった。そして、時に未来に生きたどうしようもない変態達でもあったという。


 そんな彼ら、「平和」の人々である「ニホンジン」には、この時代ですら未だ忘れられていない、歴史的逸話に支えられた恐るべき資質がある。


 ――多くの宣教師、密偵、軍人、政治家、曰く。「あいつらはマジで怒らせちゃいけない」。



「バ、バリア展開急げ! 爆弾もろともに突っ込んでくる……! あいつは玉砕するつもりだ!」

「……! まさかそれは……!」


 眼鏡のクルーからの問いかけに、艦長はモニターを凝視したままで(うなず)く。


「そう! そうだ……! あれはまさしく……! カ、カ……」



 その旧暦における戦時の逸話は、彼ら軍人であれば、よほどの新米でない限り心得ている。



「カローシだ!」

「……カミカゼです」



 ――そんなニホンジン達の国、「日本」の最後は、虚しいものであった。

 長く続いた平和と、それに基づき蓄積されていった発展。しかし無情にも、皮肉にも、その時は「平和」の中に訪れた。


 急速な科学技術の発展と、それによりもたらされた成長の結果は、多くの経済学者達が予測しえなかった資本主義の限界―― 苛烈なまでの「物余り」だった。

 一般的な生活に困らない、最低限度にして高水準の物。それがいつしか行き渡ってしまった時点から、GDP(国内総生産)を押し上げる―― 皆で金を消費し、回せば回すほど成長するという経済モデルが崩壊を始めてしまったのである。


 「不必要な物は買わない」というごく当たり前の思考に加え、もとより彼らの中にあった「モッタイナイ」の精神。

 旧型であろうとも何不自由を感じない、そんな商品を手にした彼らはそれを大事にし、新しいもの、無意味な機能を備えたものを買わなくなった。そして、「需要」と「供給」で成り立つ商品の「価格」は、供給過多により下落を見せ、価格の下落は買う側の生活を豊かなものにする一方、相反する、物を売る側にとっての苦境を強いた。


 しかし、相反する側は、同時、相反しない。

 それはまるで昼と夜が、太陽と月が入れ替わるようなもの。

 買う側は売る側であり、売る側もまた、買う側である。


 自然、買う側は給与などの所得を失い、ますますと物を買わなくなり、売る側はますますと価格を下げ、苦境に晒されて所得を失っていった。その絡み合い、まさにぐるぐるぐるぐると立場を変え、互いに足を引きずり合って谷底に落ちるが如し。そこに『デフレスパイラル』というヒーローの必殺技のような名前がつくまで、時間はかからなかったという。

 日本によって火蓋を切られたこの現象はやがて他国にも席巻し、先進国がいずれは辿る行く末としての未来を示した。それぞれの国にて紆余曲折を得ての対策が打たれ、早急な経済モデルの見直しとともに、病巣は長い時をかけての解消へと向かっていくこととなった。


 しかし、「日本」だけは、最初に病理を示した()の国だけは、最後まで脱出出来なかったのである――


 『働かざる者食うべからず』。それを美徳とする彼らは、下がる賃金、下がる所得の中、「働くこと」を抑えるどころか、なんとかなると信じて更に苛烈に、命を省みず働き続けたのだ。

 勤勉にして生真面目な彼らは新たな商品を作り、増産し、「供給」を膨らませていった。そして老若男女問わず、自らの労働時間を延ばしに延ばし、物を買う気力体力、意義すらも失って、「需要」を落としていった。


 資本主義の欠陥部分を追求し、国家そのものの「価格」が下がりきった日本。それでも止まれなかった日本。

 彼らの国は戦争などではなく、様々な国家からの「買収」によって終了した。


 最後の時、物価は半世紀前の五十分の一にまで下落していたという。五十個物を売って、やっと一つ分の利益。一つの成果を示すために、五十倍の労働。

 多くの経営者が首を括った。九割の労働者がゾンビや幽鬼と化したまま、その労働信仰を利用され、奴隷として他国に買われていった。


 「イチオク・ソー・カローシ」―― 今や世界中の教科書に載る、東方の悲劇である。





「うらあああああああああっ!」


 パブロへと直進していく小さな車体、ダテのリーチリフトが彼の叫びとともに金色の魔力を濃くし――


 空を衝撃波でたゆませ、雷鳴のような爆音を轟かせ、船首に衝突した。


 海洋が輪状に波打ち、パブロの船体がぐらりと揺れる。


 遅れ、車体の後方から駆けつける風圧。訪れる、静寂――



「……っ、ビンゴ……!」


 衝撃に目元を険しくしたダテが、片目を開いて顔を上げる。

 巨大なパブロの船首に、オレンジの車体が、二本のツメをその鼻先に咥えこませて突き立っていた。前のめりに、鋼鉄の屋根(ヘッドガード)がパブロに接触する形で刺さったリーチリフト。強靱が過ぎるそのツメが、見事に車体の加重を支えていた。


 ツナギの胸ポケットがもぞもぞと動き、金髪の小さな頭が顔を出す。


「ぶはっ……! な、なんつ~ムチャするんスか、アンタは……!」

「おう、(わり)(わり)い。まぁ狙い通りにいったぜ、俺もびっくりだ」


 胸ポケットを広げ、クモを外へと出させたダテは、リーチリフトの車体をよじ登り始める。屋根の上のアダプターを持ち上げるとパブロに立てかけ、自らも屋根に乗ってその前にしゃがみ込んだ。

 パタパタとクモが飛び、彼のそばへと寄る。


「大将、ほんとにこれでいいんスか?」


 アダプターの亀裂へと手を差し入れるダテに、少し寂しそうな顔でクモは聞いた。


「ロボットものの『名脇役』ってのは、こういうもんさ」

「……そっスね」


 顔を向けるともなく静かに微笑むダテに、クモはそれ以上は何も言わず、光の粒を残して彼の中へと消えた。

 ダテはアダプター内部、二つの紫色の石を強引に引き千切る。一つを胸ポケットへ入れ、もう一つを右手に握った。


 目を閉じたダテの全身から紫色のオーラが出現し、握られた石が色を失い、ヒビを走らせていく――


「えっと…… たしか…… こうだったかな……?」


 ちらちらと、ダテの体に朱色の光の粒子が舞い始め、煌めく粒子は彼の握る、右手へと集束を見せる。

 まぶたを開き、目の前全てを覆うパブロを一瞥し、ダテはニヤリと笑った。


「ふふん…… さぁて、今に蘇りし古代の民の全能、その身に受けて沈むがいい」

『そのノリ好きっスなぁ、大将……』


 ダテは上半身を引き、右の拳を振りかぶった――


『……!? 大将!』


 ぼう、と、染み出すようにパブロの外殻から、紫色の光が漏れ出す。


「……! これは……」



 ――『HOシールド』。ブリッジで起動されたパブロの持つバリアが、今まさに展開されようとしていた。

 その機構の要、バリアを生み出す、替えのきかない希少な材料とは――



「へぇ…… さっきから、なんか魔力を感じると思えば…… こっちもかい」



 ――ダテが今、右手に持った『魔石』そのものだった。

 マーメイドの外部パーツに埋め込まれたそれは、この謎の『HO』という機構と『石』を知り、亡命の際に掠め取った、モニカ博士によりもたらされたものである。

 『Hidden Order』―― 世界の魔力。

 その力の一旦が技術の発展により発見されることは、例の薄い話ではない。



「なら…… 手間が省けていいじゃねぇか……」


 魔力を吸い尽くされた魔石が、手の中でさらさらと崩れていく。

 ダテは()()を作っていた右手を、更にぐっと引き絞った――


「いくぜぇぇぇっ!」


 朱色に光り輝く拳が、アダプターへと叩き付けられる――



「『デストラクション』!」



 遙か異世界の極大『爆発』魔法が、エルドラードの空を真白に染め上げた――


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