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玄人仕事  作者: 千場 葉
#7 『ボーイズドリーム・ロボティクス』
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35.接続した絆


 三十二型モニターの中、ムーンライトから強引にツメを外されたダテのリーチリフトが、横殴りの力を受けて猛回転する。遠心力でスポンと小さな妖精が投げ出され、(なお)もグルグルと片輪で回転する。

 やがて、リーチリフトは奇跡の安定性を見せ―― どすんとその場に立ち止まった。


 その立ち席には、ボロボロの灰色のツナギを着た男――


「や、やりやがった……」


 まさかの勝利に、ジミーが震える両手を握り込む。


「あいつ…… 生きて……」


 まさかの生還に、金髪のツナギが涙腺を緩める。


 ジミーがぐっと屈みこみ、拳を天井に突き上げた――


「よっしゃああぁーっ! 勝ったぞー!」


 その予想外の光景が、格納庫に男達の歓声を湧き起こした。





 ブースト燃料低下のアラートが鳴るマーメイドコックピット。シェリーは警告音を切ると操縦桿を操り、マーメイドを地上へと仰向けに寝かせた。

 座席の背もたれからコントロールパネルを踏み台に胸部ハッチを開き、上半身を外へと出す。ひやりと感じる大気の中、見下ろす先に、その人物はいた。


「よぉ! すまんな、遅れた」


 ツメを下ろしたリーチリフトに乗り、笑いかけるダテ。その隣には、ふらふらと目を回しながら彼に近寄る、小さな妖精の姿がある。


「お兄ちゃん…… 生きて……」

「脱出が間に合ってな。代わりのヒューマノーツを探してたんだが、これしかなくてよ」


 ダテがリーチリフトを操作し、その場で一回転を見せた。

 ポップコーンとともに跡形も無くいなくなった―― もう生きてはいないはずの人物の元気な姿に、シェリーは溢れかけた涙を堪え、笑った。


「無茶苦茶だよ…… リーチリフトでヒューマノーツに突っ込むなんて……」

「おっ、わかってるな。そうだ、こいつはリーチだ」


 うぃんうぃんと、ツメが上下に傾き(チルト)を変える。なんだか生き物が返事をしているようで、ひどい戦闘のあと奇妙に微笑ましく感じた。


「ありがとう…… なんとか勝てたよ」

「ああ、見事なもんだ」

「でも……」


 シェリーは遠く、倉庫街の向こうを望む。(かすみ)がかかるような距離でも、それとはっきりわかる禿げ山じみた黄土色の巨体―― 要塞空母パブロの姿。その最悪の艦はエルドラードの戦車に撃たれ、戦闘機にたかられようと止まる様子を見せず、周囲のヒトデマンとともに港へと接近し続けていた。


「さすがにもう、ここまでだよ…… マーメイドももう限界…… あれは抑えられない」


 例えるなら、出来の悪い怪獣映画。たった十数キロ先、悪い夢のような現実。


「そのようだな」


 平静な声でパブロを見るダテの後ろ姿。どうしてこんなところまで助けに来たのか、なぜそうも落ち着いていられるのか。何にせよ、落ち着いていてくれるなら有り難い。シェリーは早々に、言うべきことを言っておくことにした。


「……それなら、歩くよりは速いでしょ? お兄ちゃんは早く逃げるんだよ」

「逃げる?」

「多分…… もうじきこの港は放棄されると思う。爆弾か、艦砲射撃か…… 本部は港ごと、あれを消滅させる手段を取る」

「おいおい…… 物騒だな」

「私ならそうするよ。港から先へ侵攻されると、被害はどれくらいのものになるかわからないからね」


 後ろに広がる市街地。避難命令は出ているが、全ての人が避難出来ているとは考え難い。何より人々の住む街、生活のある場所。壊させていいわけがない。

 被害を天秤にかければ、その決定は下されて然る。


「……君はどうする?」


 見上げてくるダテから視線を逸らし、シェリーはマーメイドの装甲を撫でた。修理されたばかりのはずの装甲は、素手で触れば怪我をしかねないまでに傷ついていた。


「最後まで戦うよ。まだ仲間のみんなが残ってる…… 一人でも多く助かるように、ちゃんと戦わないとね」

「……死ぬ気か? シェリー」


 呼び捨て。艦内では「中尉」と付けられていたと思う。思えば口調もいつもより軽く、遠慮が無い。怒っているのだろうかと感じてしまうが、自分の選択を変えるつもりは無い。


「私はね…… エースなんだ。ジェイルくんのお父さんから、勝手に跡を継いだエースなんだよ。きっと、次のエースはジェイルくん…… お父さんから子供へと、バトンが渡されるの。それは素敵なことだと思わない?」


 シェリーの中には、自覚があった。

 自分の役目(エース)は終わった。すでに終わっていたのだ。


「なら中継ぎは、精一杯走らないとね」



 ――『ヒューマノーツに乗るのって、楽しいんだね』



 その想いを(ジェイル)へと繋げられた、その日に。



 気づけば我知らず、笑顔が漏れていた。

 ジェイルに助けられたあの時と同じ、肩の荷が降りた感覚に包まれ、笑顔になってダテに顔を向けていた。


 ダテは目を伏せ――


「……いい顔してんじゃねぇよ」


 そう言って、初めて見せるような大人っぽい顔で、苦笑した。


「……クモ」

「あい!」


 妖精に声をかけた彼は、マーメイドを指さす。


「燃料はしゃあねぇが、ちょろっとアレを直してやれ」

「いいんスか? シェリーちゃんだけじゃなく、多分色んなところから見られてますよ?」

「かまうか、世界もかまってねぇ。やっちまえ」

「あいさー!」


 元気に返事をした妖精が、弾丸のような速さで光の帯を引きながらマーメイドへと飛ぶ。


「え……!? なに……!?」


 仰向けに倒れているマーメイドの全身を、光の残像を残し、目に捉えきれない速度で妖精が周回していく。小さく可愛らしい珍しいオーパスなのだと、そうとだけ思っていた彼女にとって、今の幻想の光景は意味のわからないものだった。

 光の螺旋の中、戸惑うシェリーをよそに、ダテがレバーを引いてリーチリフトのツメを上げていた。そして妖精が止まり、シェリーがすっかり新品同様になったマーメイドに驚いた頃、彼は三メートルほどに上がったツメに両手をかけ、ぶら下がっていた。


 ダテが逆上がりの要領で、ツメを支点に体を回転させ、その上に立つ。


「よっと……」


 マーメイドの胸部から顔を出した自分と、ほとんど同じ高さに立った彼。人好きのしそうな笑顔を向けるその彼のことが、今更になってシェリーは気になった。

 密航者で、ジェイルの短い友人で、フォークリフトに乗った姿ばかりが印象的だった彼。

 こんな戦場にいて家の中にいるように落ち着いていて、聞いたこともない機能を持ったオーパスを連れていて、明らかに常人では無い身体能力の持ち主――


「……シェリー、これをあいつに」


 『どういう人なの?』と問いかける。それよりも先に、ダテが胸元から一枚のカードを取り出した。

 手首を返して投げられたカードが、受け取ろうと手を伸ばすシェリーの手に、何かに操られるかのように正確に飛んだ。


「これは……?


 彼女の手には青と白のラインが入った、『第二ラウンジ』の看板と同じデザインのカード。


「次のエースへの、俺からの餞別(せんべつ)だ」


 カードの裏面には『ボトルキープ登録証』の文字と、今は宇宙にいる、彼の友人の名前がサインされていた。


「餞別って…… なにを……」


 この場面での「別れの贈り物」。

 それをなぜ自分に手渡すのか、手渡せないかもしれない自分に渡すのか、彼の考えがわからない。


「祝うのは君に任せた。その代わり、今のスポットライトは俺が貰っていくぜ? いいな?」

「え……?」


 何を言っているのか判断が追いつかない内に、「じゃあな!」と一言、ダテがツメから飛び降りてリーチリフトへと乗り込む。

 そしてごごんと、整備されていない地面を回転し、背を向けた彼のリーチが走り始めた。


「お兄ちゃん!」


 叫んで呼びかけた声に、パンッと一声、遠ざかるリーチのクラクションが別れを告げた――





 マーメイドを置いて走り出したリーチリフトが、倉庫街を港へと突っ切っていく。


「さて……! 『脇役』の見せ場を見せつけてやるかぁ!」

「あいっさー!」


 目一杯に前に倒した前進レバー。

 最高速度時速十二キロの車両が、彼の意思に応えるように限界速度を踏み超えだした。


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