33.アダプターあるある
「なるほど! でかした!」
アンダースロー号より『引き寄せ』したクモから翻訳機を受け取ったダテは、その機転に破顔すると即座に耳へと装着する。
彼の座るコックピットは、光弾の直撃により大穴が空いていた。
「すっごい前がぶっ壊れてますけど、通信は出来るっスか?」
「ああ、お前の声は届いてたろ」
前面のモニターは失ったが、幸いコントロールパネルやスピーカーは生きていた。ダテは手早く、シェリーとの通信接続を試みる。彼の指がコントロールパネルの液晶下部に三つ並ぶ、送り届けられた『CALL』の文字に触れた。
「おい! 聞こえるか! 聞こえたら返事しろ!」
マイクへと声を放つ。ややあって、液晶に通信相手の姿が送り込まれてきた。
『……ふん、ようやく通信か。今更命乞いなど、聞く耳は持たんぞ』
現れたのは『緑色の整った癖毛のおっさん』。ダテの表情が「あ?」と訝しげなものになる。
「大将、手元手元、味方は緑色っス」
クモのちっこい指が液晶を示す、ダテが触れている『CALL』はタンバリンマンからの赤色枠だった。
「……すまん、間違えた。切るわ」
『ちょっと待て! 間違えたとはなんだ!? 礼儀が無いにもほどがある!』
おっさんは無視してさっさと他の二つ、緑色の『CALL』を押そうとするダテにお怒りの声が降る。放っておくのも有りだが、シェリーとの通信を覚られるのも面倒。ダテは押そうとしていた指を止めた。
「じゃあいいや、ついでだから聞いておく」
『えらくぞんざいに扱ってくれるな…… なんだ?』
せっかくの翻訳機。ダテはテストを兼ね、個人的に気になっていたことを質問してみることにした。
「お前なんでここにいる。ジェイルなら宇宙だぞ? 場所間違ってんじゃねぇか?」
それはロボットもの好きとしての、今のびみょーなストーリー展開への違和感。
『……? 何を言っているのだ?』
「だってお前…… それシャイニングムーンのバッタもんだろ? あいつと戦うために用意したもんじゃねぇのかよ」
しばし、沈黙――
『……? すまんが、要領を得ない』
「……いやいや! お前ライバルキャラだろうが! 最後の一大決戦で主人公と死闘繰り広げて、華々しく宇宙に散る役どころじゃねぇのかよ!」
『ち、散る!? なぜ私が死なねばならんのだ!』
すっごい狼狽した声で、タンバリンマンは両手を前にすっごい狼狽したポーズをとった。
ダテの言いがかりへの反応に、『まぁ、それはそうですよね』とは、クモも思う。
「戦えよ主人公機と! お話的にはお前が宇宙であいつと戦ってる間に、地上ではあのでっかい戦艦をこっちのお嬢ちゃん達が止めてましたっていうのが一番綺麗に収まるだろうが!」
『馬鹿を抜かすな! 何がお話だ! どこの世界に強いとわかっている相手に正面からつっこむ軍人がいるか! ムーンライトはシャイニングムーンのパクリ―― いや、模倣品なんだぞ! スペックならば完全に負けているのだ! あんな化け物に勝てるわけがないだろう!』
「いや頑張れよ! お前ヒトデマンでいい勝負してただろ!」
『それはどうも! だがまぐれは続かん!』
「うわぁ…… まぐれだったんスか……」
初戦にて容易にジェイルを追い詰めていたように見えたタンバリンマン。実は結構いっぱいいっぱいだったらしい。
「ああもう! お前にはがっかりだ! 切るぞ!」
『ああ!? ちょっと待って――』
ダテの指が容赦無く赤色『CALL』を押し、タンバリンマンの声と『CALL』の文字が消えていった。
「ふぅ…… 遊んでる場合じゃねぇな」
残る二枠の緑色の『CALL』、シェリーへの通信を試みる。
「シェリー、聞こえるか!」
『……! その声…… ほんとに乗ってるの?』
映像が出る。今度は間違い無くシェリーだった。確率は半々、もしジミーだったらどうしようかというところだ。
そして再び、消えたはずの赤色『CALL』が現れ、自己主張するように点灯している。だが緑のおっさんは無視だ。
「ありがとうな、シミュレーターを使わせてくれたおかげだ、乗り込むのになんとかジミーさん達を説得できた。それより、背中を向けてくれ」
『背中を……?』
「俺が直接アダプターをぶっ差す、接続口を開いて目を閉じてろ」
『え? え?』
シェリーの理解が及ぶか及ばないかの内に、ポップコーンの大きく開いたコックピット前面から、ブースターの点火音がダテの耳に轟ぐ。『CALL』の無視にキレたタンバリンマンが突進を仕掛けてきていた。
『ええい! 話を聞かんかー!』
ご丁寧に外部スピーカーで怒りの声を放ち、突っ込んでくるムーンライト。
「チッ……! いいか! 目を閉じてろよ!」
ダテが叫び、ポップコーンが両腕を頭部の前で交差させる。
――機体全体を丸く、白い魔力が覆った。
「……!?」
突進していたタンバリンマンが、空中に急ブレーキをかける。
「はあああああっ!」
両腕を開いたポップコーンから、暴力的なまでの閃光が吹き荒れた。
『うおっ!』
「光の魔力」の放射に、タンバリンマンが目を眩ませる。
それはただの光、しかしコックピットのモニターを白で埋め尽くすだけの強さと持続を放っていた。
――今だ……!
閃光の中、ポップコーンが猛然と動き、下方に浮かぶマーメイドへと迫る――
ダテはポップコーンが左手に持った外部パーツを自前の右腕で掴み、マーメイドの背中へとあてがい――
「お? あれ? んん?」
かちょかちょと、うまく差し込めない。
「入らねぇ! 先っぽがひん曲がって……!?」
『ええ!?』
発進の際に盛大にぶつけた時なのか、それともタンバリンマンとの戦闘の最中なのか、外部パーツ―― 巨大なACアダプターのプラグ部分があるあるな感じで外側に曲がり、差し込めない状態になっていた。
「くっ……! このっ……!」
ダテはアダプターを左手に戻し、これもあるあるな感じで無理矢理プラグ部分を真っ直ぐに曲げ直そうとする。
『うぉのれぇ!』
「……!」
しかし、閃光から立ち直ったタンバリンマンが、憤慨の声を響かせ上空から迫る。
ムーンライトが右腿上部から、モーニングスターを引き抜いた。
『投擲爆弾!?』
この戦場でいくつか投げられた高火力爆弾。複数のヒューマノーツをも一度に吹き飛ばすその威力を知るシェリーが、ムーンライトの所作に戦慄する。
「くっそっ! しゃあねぇ!」
『……!?』
アダプターから手を離したダテが、『念動』で自機を強引に急上昇させた。
『爆ぜろぉぉ!』
投げられるモーニングスター。
マーメイドを背に、投擲された小さな目標へと突っ込んでいく、黄色の巨体。
そして――
――ポップコーンが、弾けた。
「お兄ちゃん!」
真正面から胸元に爆弾を吸い込んだポップコーンが、大爆発とともに一瞬にして四散し、元の形もわからない鉄屑となって港へと降っていく。
降り注ぐ破片よりも速く、頼みの綱、外部パーツが埠頭へと、砲撃のような音を轟かせて突き立った。
『……や、厄介な相手だった』
シェリーのコックピットに、タンバリンマンの苦々しい声が入った。
「……! よ、よくも……!」
左右二本の操縦桿を、シェリーの手が固く握り締める。
「お兄ちゃんはジェイルくんの友達なんだよ……! それを、よくも……!」
背中のブースターから炎を噴き上げ、マーメイドがムーンライトへと吶喊した――




