31.ロボット遊び
「お、おかしい…… なんで起動しないの?」
カチカチと、テストモードの起動スイッチを連打するシェリー。しかし起動用の外部パーツを外されている以上、当然反応は返らない。機体の背中へとプラグを差し込み、背負ったような形で搭載される外部パーツ。コックピットへと乗り込んでいる彼女には、視覚的にも今の状況を理解出来るはずがなかった。
「っ!」
真横から、一機の敵戦闘機が迫る。
マーメイドが素早く回転を見せ、その尾が戦闘機を叩き落とした。
――振り返った背後から、ムーンライトが迫る。
「……!?」
『逃がさん!』
シェリーが一瞬と目を離した隙に後ろへと回っていたムーンライト。
ビームシミターを右手に振り上げたムーンライトは、脱することの不可能な速さでマーメイドに肉薄する。
シミターが振り下ろされ、マーメイドの右腕が根元から切り離される――
『何……!? ぐあっ……!』
振り回したマーメイドの尻尾が、ムーンライトの胴体を薙ぎ払った。超重の尾に打ち据えられ、空に吹き飛ぶムーンライト。その隙にマーメイドの左腕が『右腕』をキャッチし、根元へとはめ込んだ。
『なんと器用な……! この娘……!』
「曲芸はブルー仕込みなんだよ!」
斬撃に対してのパージによる回避。手段を選んだ彼女にしても、これほどうまくいくとは思いもしない。掴んだ幸運を逃すことなく、彼女はムーンライトに向けてパルスガンを乱射する。
『ちぃっ……!』
飛び交うマーメイドからの光弾。そこにエルドラードの無人戦闘機、ヒューマノーツ達が援護射撃を放ち、ムーンライトは大回りな回避運動を余儀なくされた。
「くっ…… でも、このままじゃ……」
明らかにバランスを崩していた体勢から、かすらせることもなく弾丸をかわしていくムーンライト。その異常な運動性能にシェリーは焦りを禁じ得ない。少なくとも、直線的なパルスガンのみで捉えられる相手ではなかった。
ままならないジリ貧の状況、シェリーのモニターに緑色の『CALL』が差し込まれる。
『シェリー! 聞こえるか!』
「ジミーさん!?」
長く返答のなかったジミーからの音声。システムの不具合の解消を祈り、彼女が言葉を発するよりも速く――
『今そっちに変なのが到着する! パーツを受け取れ!』
「パーツ……? そうか!」
ジミーの言葉が、彼女に今の状況を知らせた。
そして、まさにそのタイミングで空の彼方、ジミーの言う『変なの』が姿を現す。
「ぶっ……!」
『変なの』―― 敵機のいない港側の空の一画、戦闘空域へと入り込んでくる黄色い機体『ポップコーン』。
背中からブースターを噴かしているわけでもないそれは、擬音で表現するならば『ぴょ~ん』という、両足を前後に広げてジャンプしたような体勢で空に浮かんでいた。
「あっはっはっはっ! なにあれ!」
『乗ってるのはダテだ……』
アンダースロー号に格納されているだけの、パイロット達からすれば妙な愛嬌すらも感じるガラクタ機体。そのあり得ない機体の登場と珍妙なポーズが、思わずとシェリーの緊張を解いた。
『……っ、面妖な! あれが新型か……!』
はっと、タンバリンマンからの音声にシェリーが我に返る。
「あっ……!」
だが、既に遅い。
その登場に目を引かれたのだろう、ムーンライトがシェリーを放置し、一直線にポップコーンへと直進していく。そして彼に触発されるように、敵戦力が次々とポップコーンへと進路を変え始める。
「いけない……!」
この状況でエルドラード側から現れた奇妙なヒューマノーツ。レーダー上の識別信号は黄色、民間のものとなってはいても、ガンダラー側がその出現を見過ごすわけがない。護衛も無しに空に浮かぶポップコーン。武器も持っておらず、見ればなぜか右腕さえも無い機体は、狙われれば一瞬にして撃墜されるだろう。
ジミーが言うにはポップコーンには起死回生のパーツが、そして、ダテが乗っている。
シェリーは急ぎ、遅れた判断を取り戻そうと必死に操縦桿を操った。
しかし、わずか数秒の出遅れでも、速度の違い過ぎる新型機ムーンライト。
マーメイドが追いつくこともなく、現れたばかりで撃墜と思われた、その時、
――ポップコーンが、動いた。
『なんだと!?』
ムーンライトに向けて放たれたポップコーンからの白い光弾に、虚をつかれたタンバリンマンが大きく回避運動を取る。
『バカな! 今どこから……!』
タンバリンマンの動揺の声が響く。胸部から撃たれた弾丸、しかし胸部には砲塔そのものが無い。自軍機に向けての攻撃にガンダラーの無人戦闘機が敵性を認め、ポップコーンへの殺到と攻撃を開始した。
しかしポップコーン、謎の光弾と謎の運動性能により、それを次々と小バエが如く撃墜していく。
「え~?」
緊張から一転、空中に留まり、間延びした声で驚きを漏らすシェリー。
勇猛果敢に、一騎当千の戦いを見せるポップコーン。
その四肢をダランと、空中を跳ねるように飛び回る動きは、子供が見えない手で人形のオモチャを振り回しているようにしか見えなかった。
『ふははははっ! どんなもんだクモっ!』
格納庫に、ご機嫌なダテの笑い声が木霊する。
「あ、ああ~、えっと~」
びよんびよんと、パイロット達からすれば理不尽な動きで戦うポップコーン。本人はかっこいいロボットアクションのつもりなのだろう。ノリノリなところ可哀想で、クモにはちょっとつっこめなかった。
眉を潜めた金髪のツナギが、見ちゃいけないものを見たような顔でジミーに顔をよせた。
「……あれ、どうやって動かしてるんすか?」
「わからん…… 日本人のプレイは俺にはわからん……」
モニターを向いたまま、呆然と首を振るジミー。艦長が短く「キモイな……」と感想を漏らした。
『あん? どした? 何言ってんだ?』
「い、いえいえ! 大将の戦ぶりに会場は賞賛の嵐っスよ!」
『おお、そうかそうか!』
「って大将! 危ない!」
ご機嫌なダテに対し、衛星からの遠景で戦場を見守るクモが注意を促す。
『……!』
ポップコーンに向け、ムーンライトがシミターを振りかざして突進をかけていた。
艦長が目元を険しくし、ジミーが事態に拳を握る。
「新型か……!」
「やべぇ! タンバリンマンか! ――え?」
その攻撃を、ポップコーンがかわしまくっていた。雷光のような斬撃を、かわしてかわして、かわしまくる。
「ジミー…… あの機体、どうなってるんだ……?」
「俺に聞かれても……」
従来型とはシャイニングムーンやマーメイドとは別の意味で比べものにならないポップコーン。そんな性能ありませんよと、言うより他無い。
『はっ、剣で俺とやりあおうってのか? いい度胸だ!』
間合いを取ったポップコーン。その失われた右腕部分から、にょきにょきと生理的嫌悪感を感じる赤黒い触手が何十という数で生え、伸びて束ねられたそれが棒人間的な細い腕と、剣の形を成していく。
「ジミー……! あの機体! どうなってるんだ……!?」
「俺に! 聞かれても……!」
「あ~……」
あまりのキモさに抱き合わんばかりに半泣きで叫び合うジミーと艦長。クモがちっこい手で顔を覆った。
画面内では、鈍色に変色した触手ブレードと、赤く輝くビームシミターが剣戟の音を響かせていた――




