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玄人仕事  作者: 千場 葉
『幕間1』
24/375

終業は麦芽に溶けて

  

 くぐる長方形の金色の枠。

 その光を背に受けつつ、頭部を外した鳥の着ぐるみの男が、砂利混じりの土を踏んだ。


「寒っ……!」


 途端に感じる耳を痛めるほどの外気に一つ震え、男は目に映る風景を見定める。

 彼の前には、日暮れに(たたず)(すす)けた軽量鉄骨の二階建てアパートの姿があった。


「ん……?」


 見知った景観と、その違和感に一度眉を潜めるも、すぐに考え至る。


「おお、そういや…… 家の前で『呼ばれた』んだっけか」

『忘れてたっスか? そんなカッコのまんまで扉くぐるっスから、何考えてるのかと思ってましたが……』


 彼の隣、一緒に光の扉をくぐってきた妖精が独り言に答えた。


『思ってたなら言ってくれよ…… ご近所さんに見られたら変人だと思われるじゃねぇか』


 一言そう伝えた彼は、一階の角部屋へとキーを差し込み、解錠した。





「うん、電気は点くな。クモ、水道は?」

「出るっスよ、止められてはいないみたいっス」


 築年数が透けて見える1Kのアパート。台所やユニットバスが一緒くたになった玄関の廊下と、その間をガラス戸に仕切られた六畳間を、男と妖精は確認して回る。

 出かける前に片付けたらしい流しに食器は無く、水気の代わりに若干の埃が積もっていた。玄関のフローリング、六畳間の畳にも、同様に埃っぽさがある。

 廊下には見慣れた白い冷蔵庫、捨てる機会を逸した缶とペットボトル。六畳間には無理矢理点くようにしたブラウン管のテレビとその前に広がる旧世代のゲーム機。棚の上、カタカタ文字盤の切り替わる、カレンダー付きの置き時計。そして出しっ放しのこたつ。

 埃以外に、いつもと変わるところは無かった。


「ふぅ、毎回この瞬間はひやひやするな。ウラシマンになってたらどうしようかと思うからな」

「地味に死活問題っスからねぇ……」


 旧寸法のちょっと広い畳の上、ほっとした表情で着ぐるみを脱ぎ出す彼へと、妖精は冷やかすような笑顔を送る。

 彼は脱いだ着ぐるみを紫の裂け目を見せる『空間』へと放り込むと、どこへ入れたかという素振りで黒いジャンパーやズボンのポケットを探り、携帯電話を取りだした。


「クモ、時間を合わせとこう。今はいつの何時だ?」

「日付はそのままで、十六時二十三分にセットしてください」


 彼が日時設定の画面へと到達するよりも早く、答えは返ってくる。


「あれ……? 一ヶ月近くいて二時間だけか?」

「はい。どうやら時間の流れはほぼほぼ一緒の世界だったようっスな」

「そっか、そいつは助かったな」


 設定を終えた彼は妖精を置いて六畳間を出る。郵便受けや冷蔵庫に立ち寄った彼は、両手に紙束や缶ビールを持って部屋に戻ると、畳に座ってあぐらをかいた。


「ふぃ~」


 手に持っていたものや身に付けていたものが彼の前、部屋にお似合いのこたつの上へと放り出されていく。ノートPCと灰皿だけだったこたつのテーブルが、携帯や領収書、手帳や缶ビールに領土を埋められていった。


「ちょっとちょっと、何帰った瞬間(くつろ)ごうとしてるんスか。まずは掃除が先でしょう」

「ああ? んなもんあとでいいだろ……」

「ダメっスよ、長く家空けてたんスから埃払うくらいはやっとかないと。またすぐに長期の呼び出しされたらどうするんスか? 廃屋になるっスよ?」

「今でも充分廃屋みたいなもんだし、あんま意味感じねぇけどなぁ……」


 『上下水道使用料等のお知らせ』と書かれた検針票に目をやっていた男が、天井の隅へと目を上げつつ、レシートをテーブルに放る。レシート(いわ)く、『伊達(だて) 良一(りょういち) 様』という男の目に、家主不在に気を良くしたらしい、蜘蛛(クモ)ちゃんの姿が映った。


「まぁどうしてもやりてぇってんならいいが、ちょっと一服くらいさせてくれ」


 伊達はこたつの上から金の襟がデザインされた紙箱を手に取ると、中から一本引き抜き、先端を上へと向けた。『魔法により発火』しようとする気配に、クモがうな垂れ、蜘蛛がピクリと身じろぎした。


「はぁ…… じゃ、シャワーでも浴びて来てください、その間に私でやっときますから。そっちのがビールも美味しいっしょ?」

「おお、たしかに。気が利くな」


 思いとどまった彼は一本をこたつに放り投げ、立ち上がって部屋を出ていこうとする。


「大将、着替えは?」

「ん? ああ、こないだ『洗濯』したのがまだある」


 廊下へ続くガラス戸を前に振り返った伊達は、右腕を『空間』へと差し入れた。



 ――『無制限倉庫ディメンションコンテナ


 それは彼が「ここでは無い世界」で手に入れた『魔法』以外の力であり、もっとも重宝していると言える能力。その内部はまさに「無制限」であり、放り込んだものは探る感覚のみで自在に取り出すことが出来た。

 ただし――



「埃はまだ…… ついてないっぽいっスけど、もう一回『洗濯』しときますか?」



 ――どうにも時間の経過が早い空間らしい上、『倉庫』と銘打っているせいか、埃の積もり方が半端無いという致命的な欠点があった。



「面倒だろ? 別にこれでいいや」



 ――そして、彼にとってはその微妙に恥ずかしい能力名も欠点であるらしく、自ら口にすることはまず無い。



 クモの前で取り出した服を軽く手ではたき、ガラス戸を閉めた伊達が廊下へと出て行った。玄関脇にあるユニットバスの方から、服を脱ぐ音に交じって調子っぱずれな鼻歌が聞こえてくる。


「……あの凜々しい黒騎士様はどこへやらっスな」


 あの『世界』では誰も知らない彼の実態。

 その落差にげんなりとしつつ、クモは掃除を始めることにした。


「さてと、じゃ、埃を払っていきますかね~」


 光の粒子が煌めき、どこからともなく取り出した大きなハタキを持った妖精が部屋を飛び回る。



 ――伊達と行動を供にするクモ。

 この『世界』での彼女は、伊達の許しが無ければ誰の目に触れることも無い存在だった。魔力の低いこの世界。実体化には伊達からの直接的な供給が必要になる。 

 それを不便ととるか便利ととるかは、彼らにとっては場合によりけりだった。



 六畳間の簡単な掃除を終え、廊下へと飛び出したクモは「おや?」と、水音響くユニットバスの前、脱ぎ捨てられている伊達の衣服に目をやった。


「あらら、破れてんじゃないスか。どっか引っかけたんスかね」


 もはや彼の普段着と化している、薄手の黒いナイロン製のジャンパー。胴回りの一部に破れて裏地が露出している部分があった。


「ほいほいっと……」


 ひこひこと振るクモのちっこい手から金色の光が落ち、ジャンパーが修復されていく。



 彼女にとっては造作も無い、並ぶ者のいない修繕の能力。よほど複雑なものでなければ物を瞬時に直せ、改造や構成等も可能と、『無制限倉庫』同様、今や『仕事』において欠かしがたい能力となっている。

 そのおかげで、この家には『洗濯機』がなかった。



「ん? 何やってんだクモ」


 ユニットバスの扉が開き、スエットの上下に肩からバスタオルをかけた伊達が現われる。


「洗濯しときました、棚に戻しといてください」


 伊達は「おう」と一言、床から衣服を拾った。


「ふぅ、生き返ったぜ。やっぱ風呂入るなら家だな」

「そいつはよござんしたね、生き返りついでに掃除しといてくれて…… は、ないっスよね」

「したぜ? でっけぇ黒いのがいたから二匹ほど潰しておいた」

「ぎゃー!」

「嘘だよ。湯を張っておいてやったから、お前も入ってきたらどうだ?」

「ほっ…… じゃ、遠慮なく」


 「湯を張る」と言っても「洗面器に」ではあるが。

 クモは伊達と入れ替わる形で半開きになったユニットバスの扉をくぐろうとし、


「……ほんとにいなかったっスか?」


 と、振り返った。


「入ってこれねぇように隙間改修したのお前だろ?」


 疑うような目のままで、するすると扉の中へと入っていくクモを背に、伊達は六畳間へと戻る。

 衣服を下着ごと衣装棚へと放りこみ、ジャンパーのみを畳の上に置いた彼は、こたつの前へと座った。


「さてと…… 忘れないうちにやっておくか」


 バスタオルを肩にかけたまま、古びたノートPCの電源を入れる。

 遅い起動までの間に、ビールのプルタブを上げ、白い一本の先端を目で睨んで発火させた。


「えっと…… マルウーリラマルウーリラ…… この辺りからか」


 こたつの上の手帳をたぐり、携帯のメモ帳を操作し、彼は自らが『仕事』で付けた記録を参照していく。



 ――業務報告。


 それは彼の『仕事』においての終業後の締めであり、やらずともいい務めでもあった。

 ただのPCのメモ帳に、一日一日と日記というよりは手記という、簡素な形で(つづ)られていく『仕事』の過程。

 受け取るはこの世界の住人にして、彼の肉親、唯一の理解者である弟だった。



『ぎゃー!』

「出たか……」


 ユニットバスからあがった叫びに、彼は口から煙を吐いた。



「はー、あの生命体の進入経路はどこなんでしょうか…… 謎すぎるっス……」

「おつかれ…… あとで神聖系魔法で浄化しとくわ」


 ほこほこと、温まった感じの妖精がぐったりした顔で伊達の横を飛ぶ。彼女の服装は自分の意思で自由。今は気分的なものでバスローブになっていた。


「おっ、珍しいっスね、もう報告書っスか?」

「おう、間が抜けまくってると恭次に怒られる。つっこまれて答えられるうちにやっとかねぇとな」

「それはそれは、良い心がけです」

「家主みたいなもんだしなぁ、さすがに逆らえん」


 半笑いでビールをあおり、報告書を書き続ける。


「あっ、そこ、たしか違うっスよ?」

「何?」

「アスタリッドちゃんが組織に入ったのは学校襲撃の後っス。大将メモってたはずっスから確認してください」

「ん……? あ、ほんとだ、俺が城野村に会った後か……」



 もう遭うことも、見ることも無い者達――


 そんな彼らの名前を、男と妖精は口に出し、文字に変えていく。


 そして彼らも、いつしか記憶の外へと流れていく――





「よし、終わったな」


 伊達が「上書き保存」を押し、業務報告書の作成が終わりを告げた。


「いいんじゃないでしょうか。久々にまともっスよ」

「いつもまともなつもりだが?」


 マウスでクリックを重ね、メールソフトを立ち上げた伊達はテキストを張付けると、弟のもとへとそれを送った。


「さーて、なんか食うか。たしか買い置きの袋ラーメンがまだどっかに……」


 ビールの空き缶もそのままに立ち上がり、廊下に向かった伊達がキッチン下の収納を漁り出す。


「おー! 久々のチープテイストっスな! とんこつ! とんこつがいいっス!」

「おっ、あったあった、味噌味」

「たいっしょー!」


 無慈悲な選択にクモが飛んでかかり、しばしのラーメン談義。

 彼らが日常に戻ったという、いつもの光景。


 そして――


「えっ……?」

「あっ……」


 台所で一悶着する二人の背後に、「光の柱」が現れ、


 それはドアの形を成していく――


「……早いな、おい」

「容赦ねぇっスな……」

「行くか……?」

「まぁ…… 行かざるを得ないでしょうなぁ……」


 ダテはため息を一つ、畳の上に放置されていた黒いジャンパーを手に取り――


「うん、ラーメン食ってからにしよう」

「そうスな」


 放り投げた。




 今はひととき、アフターファイブ。


 新たな扉を、開くためにと――


 『#1』お呼び『幕間1』までお読みいたたきまして、本当にありがとうございました。

 第一章ということで、いわゆる『ライトノベル』、『RPG』における普通の世界観の内容を描きました。いかがでしたでしょうか?


 次回からは本作の主人公の視点より、また別の世界での『仕事』が描かれます。

 よろしければ、お時間がお有りでしたら、本作の主人公『伊達良一』のお仕事にお付き合いいただけると幸いです。


 ※本章はさる2015年2月頃に投稿していた部分を、一年後に大幅更新し、新たに『幕間』を追加させていただいたものです。次話以降はまだ大幅な改稿などはされておらず、筆者の力不足のため読み辛い点も多々見られると思いますが、予めご了承ください。


 

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