30.秘められた最後の一機
体高十メートル。従来型よりは一回り大きく、洗練されているとは言い難い、全体が四角ばかりで構成されようなデザインのヒューマノーツ―― というよりは、『ロボット』がカタパルトの上に立つ。
全身黄色に塗られたその機体は右腕が巨大なドリルになっており、汎用性の低さは否めない。肩にマーメイドのようなダブルカノンを積んでいるわけでもなければ、ゴツイ体に反してヒトデマンのような重装甲というわけでもない。
その不格好な、ある意味格好いい昭和の香り漂うロボ―― 大河●邦男がデザインした風なスーパーロボット―― の、主役機の横でチョロチョロしてるだけの味方機のようなデザイン―― の、名前を微妙に変えて勝手に販売した、かつての子供達が一度は掴まされたであろうパチモンプラモデルくさい感じの機体―― の左手に、例のアダプターを乗せた金髪のツナギが、オートリフトを降りてジミーへと声をかける。
「ジミーさん、マジで飛ばすんすか? あの機体って土木用――」
「……にも使えなかった、ガラクタを寄せ集めた、本物のガラクタだ」
目元険しく、無愛想にジミーが答える。
「あれって…… ジミーさんが趣味で造ったんすよね? モニカ博士から個人的に設計図もらったとかで……」
「言うな…… 俺にも失敗くらいはある……」
かつてとあるSNS的な繋がりで、その機体の設計図を手にしたジミー。ネット上で知り合えた世界に名だたる天才技師からの直々の贈り物に歓喜し、これは形にせねばと資材集めから製作まで、彼は仕事の合間を縫って日々夢中になって勤しんだ。
造り続けて半年、どうにかこうにか完成の目処がたった頃、悲劇は訪れた。どうして気づくことが出来なかったのか、思い出す度にジミーは己を呪う。
設計図の右下、小さな文字で書かれた署名―― MONACAの名前に。
『アンコつっこんでんじゃねーよ!』
と、今だに夜中に飛び起きることのあるジミーだが、もうやけくそで機体は完成させた。そして機体の大きさから廃棄することも出来ず、そのロボットはこれまで格納庫の天井に眠り続けていた。
「まさか…… 出撃する日が来るとはな……」
因縁の機体が、粗大ゴミに出される日―― もとい、陽の目を見る時がついに訪れたのである。
以前座ったシャイニングムーンの復座やシミュレーターの座席にはほど遠い、フォークリフトとさほど変わらない堅さのコックピットに座ったダテは、ジェイルに習った通りの手順で起動をこなし、出立の時を待っていた。
武者震いせんばかりにニヤリと笑う彼の周囲には、彼の成長を示すかのように照明が灯る。彼にとって、根拠の無い自信を増幅させるには充分らしかった。
「ふっ…… ドリル一本、他に武器は無しか」
シミュレーターで覚えた武器切り替え。コントロールパネルを操作するも、表示されるものは「NONE」以外になかった。実は腹部より『牽引用ワイヤー』を射出出来る機能があるのだが、あいにくと彼は腕部武器以外の切り替え方を知らない。そして彼は、巨大なドリルが結構好きだった。
自信満々に笑むそんな彼の前、少し画質の粗いモニターに、緑色の「CALL」の文字が躍る。
『今更だが、ほんとに行くのかダテ』
「……?」
モニターにジミーの顔が表示されるも、発される言葉に首を捻るダテ。返事の無いダテに向かって同じように、ダルマのような体でパグ犬のように首を傾げるジミー。
数瞬の奇妙な間のあと、ジミーの隣にぽんっと白い煙が立った。
『な、なんだぁっ!?』
『大将! ほんとに行くのかと聞いてます!』
突如現れ、カメラの前に割り込んだ妖精にジミーだけでなく、周囲のツナギ達からも動揺の声が湧く。
おいおいと思いつつも、どの道目に見えた『仕事』の終局。この際構わないかとダテはクモの働きを活かすことにした。
「こんな機会逃すわけねぇだろ、行くって伝えろ」
クモ相手に、いつもの調子で軽くぶっきらぼうに答えるダテに、怪訝な顔を見せるジミー。頷き一つ、クモがジミーに親指を立てる。
『行くぜ! まぁ見てなって言ってます!』
『あ、ああ……?』
状況が飲み込めない様子のジミーだが、ダテには構っている暇は無い。
「クモ、急ぐように言ってくれ、あのお嬢ちゃんが危ない」
ダテからの用件をクモが伝える。疑問がタラタラの様子を振り切り、首を一つ振ったジミーが周りのツナギ達へと腕を振り、それぞれを持ち場へと着かせた。
『なんだかよくわからんが! カウントだ!』
『はいさー!』
既に開かれたゲート。ジミーとツナギ達の張り上げる声を聞きながら、ダテは操縦桿を握って空の先を見据える。
『行きますよ大将! 5、4、3、2、1――』
ツナギ達の声に合わせ、妙に間延びした感のあるクモの秒読みが重なる。
モニター右下に表示されたクモの手から、煙とともにチェッカーフラッグが出現し、その旗が横から上へと持ち上げられた。
『『ポップコーン』! 発進!』
「名前ダサッ!」
カタパルトにより射出される『ポップコーン』。
そしてポップコーンの機体が――
――制御に失敗し、カタパルトから脱線してゲートの右端にぶつかり、右腕がもげた状態で吹っ飛んでいった。
「あ、ああああ……」
「これは、ダメかもしれんな……」
がこん、ごわんとゲートの端に落ち、空へとこぼれ落ちていくドリルのついた右腕。
クモが口を開けたまま固まり、ジミーが顔を手のひらで覆っていた。
――慶長十九年、大坂の陣。
大坂城に攻め込んだ徳川の軍勢に対し、籠城する豊臣側、真田信繁はなんと堅牢な城の外へと手勢を配し、後に真田丸と呼ばれる曲輪に立て籠もった。
水すらも入っていない空堀に囲まれた、中身も真田のみの見るにしょぼい奇妙なポジション。城から離れ援軍もよこせない、完全に孤立した要塞。無視してもいいのではないか、そんな存在だった。
しかし後ろに立つ強敵に対し、目の前に置かれた小さな敵。まさに「なんとなく邪魔」なそのポジショニングは、多勢同士の戦況においては、勝利が見えている者ほどひっかからずにはいられない、強烈な罠となる。
結局、「じゃあとりあえず潰しとくか」で触ってしまった徳川側はきっちりと罠にかかってしまい、ムキになってしまうという二重の罠にもかかり、十六万とも言われた軍勢のうち一万以上をも攻略に突っ込み、合戦内での最大の被害を被ることとなった。
「ええい! ちょろちょろと!」
空を飛びかうエルドラード軍の従来型ヒューマノーツや空軍機に紛れるように、マーメイドが回避を続けていく。近寄れば当然と攻撃を加えてくる敵機達に阻まれ、タンバリンマンは追撃に集中出来ないでいた。
「くっ……! この!」
行く手を遮る無人戦闘機の攻撃をかわしつつ、回避とともに撃墜を重ねるも、その間にマーメイドは高い機動性を活かして遠ざかり、位置を変え、時折と反撃を撃ち込んでくる。
まさにこの時タンバリンマン、罠というわけではなくとも、周囲のエルドラード軍の「なんとなく邪魔」な感じに照準の手を取られまくっていた。
ゲームで言えば、ボス戦に配置された周囲のザコが気になりすぎる感じである。うん、これ書くなら真田の例えまったくいらなかった。
『わわっ! みんなちょっと薄情なんだよ!?』
しかしシェリーのとったこの心理作戦、周囲の無人戦闘機達はまだしもヒューマノーツ乗り達はたまったものではない。水色と金色の二機の接近に巻き込まれまいと、従来型達は次々と空域を脱していく。彼らからすればムーンライトに目を付けられれば撃墜必至、シェリーこっちくんな状態である。
『タンバリンマン大尉、異様な機影を確認しました』
「なに……?」
ムーンライトのコックピットに、女性オペレーターからの通信が入った。
『マーメイドの母艦、アンダースローからの出撃のようです。機種不明、軍機登録すらされていません。マーカーは黄色です』
「民間機だと……!?」
『狙いはわかりませんが更なる新型機の可能性もあります、充分ご注意を。わかったら女の子と遊んでいないで、さっさと戦況を片付けてください』
「むっ…… わかった……!」
冷たい感じで切られる通信に、タンバリンマンは首を振って意識を改め、操縦桿を握り直した。
最後の一言が、若干図星だったせいである。
ダテが飛び立ったあとの格納庫、三十二型モニターの前には再びツナギを着た面々の人垣が出来ていた。食い入るように画面を見つめる集団の中、マイクの前に立った妖精が声を張る。
「大将! 大丈夫っスか!」
『お、おう…… ちょろっと失敗したが、アダプターは無事だ』
画面に映る空の中の黄色い機体、発進しただけでボロボロになっている『ポップコーン』の乗り主から答えが返った。言葉通り、左手にはしっかりとアダプターの姿がある。
「ジミーさんが頭を抱えてますが…… 戻る気はないんスよね?」
『ったりめーだ。まだ飛べ…… うおっ……!?』
ポップコーンのもげた右腕の根元から、盛大に白煙が上がった。機体がバランスを崩し、落下を見せる――
「大将!」
完全に動きを止めた四肢にツナギ達がシステムの停止を察し、ジミーが目を見開いて首をもたげる。
「いかん! ショートしやがっ――」
『ざっけんな! まだ乗ったばっかりだろうが!』
スピーカーからの叩き付けるようなダテの怒鳴り声。
皆がびくりと身を引く中、それは起こった。
衛星からの映像が乱れ、ポップコーンの全身に一瞬間、金色の稲妻が走る――
ぴたりと、宙に静止を見せる機体。そして、
「はぁっ!?」
体勢を立て直したポップコーンが、凄まじい速さで前進を再開した。
あんぐりと口を開いて固まるジミーと、反応が追いつかないツナギ達を前に、ダテの駆るポップコーンが衛星からのカメラが捉えきれない―― ブレまくる速度で空を驀進していく。
ただ、ブースターで飛んでいるわけではないその体勢は、なぜか微妙に欽ち●ん飛びだった。
「大将! 何やったんスか!」
『なんでもねぇよ! パイロットが覚醒しただけだ!』
――空とぶガラクタ、今やダテの『念動』により、ヒューマノーツ史上世界最高速。
「いったいなんの騒ぎだ」
「……!」
人垣の後ろから掛かる、響く重い声にジミーが振り返った。白髭を生やした軍服の男―― アンダスロー号の艦長がツナギ達を分け入り、最前列のジミーのすぐ後ろまで歩み、モニターを覗き込む。
「……? これは…… ポップコーン? 勝手に出撃したのはマーメイドでは―― って、これなに!?」
「あ~、いや、私は~」
齢五十四にして、初めて見るファンタジーな生き物に艦長がどっきりした。
この話を書いたあと、今の大河が真田信繁なのを知りました。




