29.僥倖のアダプター
投擲された爆弾の威力に戦くエルドラードのヒューマノーツ達に向け、左手より光弾を乱打するムーンライト。動きを止めていた彼らは為す術もなく被弾し、炎を噴き上げ空中分解されていった。
沿岸に、脱出したパイロット達のパラシュートがもつれ合うように咲く。
「無様な…… パイロットの拡充に苦慮しているのは敵も同じか」
岸を逸れ、数人が海へと落下する様を一瞥し、タンバリンマンは機体を翻した。
「さぁ一息に散らしてくれよう!」
後方へと下がりながらのターンから、急降下。背後に迫っていた戦闘機からのバルカン砲をほぼ目視無しでかわし、高度二十メートルから水平に滑空。
時速三百キロで沿岸を舐めるムーンライトの左手が光弾を下方に連射し、その縦断爆撃に居並ぶ戦車隊が次々と爆散していく。砲塔が空に舞い海へと落ち、装甲が吹き飛ばされ、港の倉庫へと突き刺さる。
順調に撃破を重ねるムーンライトのコックピットに、敵機からの被ロック音が響いた――
「……! 甘いな!」
同時三発、距離一キロ、洋上の艦船からの対空ミサイル。確認から即座、ムーンライトがビームシミターを抜く。
ミサイルへと直進したムーンライトがその三つの弾丸とすれ違い――
機体の遙か後方、縦から真っ二つにされた六枚の弾丸が洋上へと落ちていった。
「素直に撤退していれば良かったものを……」
ビームシミターを構えたムーンライトが、横やりをくれた艦船へと狙いを定める。
タンバリンマンが左の操縦桿を前に倒し、ブースターのトリガーに指をかける――
「……!?」
突如、真上から降る光弾。ムーンライトは弾丸を叩き斬りながら、後方へと下がった。
見上げた空には、特徴的な水色の機体――
「マーメイド! 現われたか!」
見間違えようのない、世界ただ一機の一本足のヒューマノーツ。
すぐさまに送られてきた赤色の「CALL」に、タンバリンマンは迷うこと無く応答した。
『お久しぶり、タンバリンマン大尉』
以前と同じ、少女の声。通信は音声のみ。錯綜する両軍の狭間に、対面カメラなど挟む余裕は互いに無い。
「これはこれはシェリー中尉…… 存外元気そうだな」
『その機体は何? ガンダラーお得意のパクリ?』
「パクッ!? 失敬な! モニカ博士をかどわかしたエルドラードに言われたくはない!」
『無理矢理コキ使ってただけでしょ? 知ってるんだよ!』
マーメイドの左手から光弾が発射される。周囲の敵に対しても一切警戒の目を緩めていなかったタンバリンマンは、難なくそれを回避する。
「ふん……! 一度敗れた身でよく吠える……!」
『勝負は時とナントカだよ! 最後に勝てればいいのだ!』
「なるほど……!」
タンバリンマンはマーメイドへとオートロック―― 目標自動追尾機能を入れ、ビームシミターを構える。
「賛同する考えではあるが中尉、君はもう少し頭のいい人物だと思っていたよ」
――ムーンライトがブースターを点火し、一瞬にして間合いを詰めた。
『……!?』
最早戦法も、小細工すらも不要な爆発的な初速。
振りかぶるシミターをマーメイドが間一髪で後退して回避―― する動作に合わせ、ムーンライトが勢いを殺さず強烈なタックルを見舞う。
『っ……!』
「ムーンライトの性能はヒトデマンなどとは比較にならん。のこのこ出てきたところでなんの意味も無い」
自らの機体が前回と同様、ブースターを強化しただけのヒトデマンであれば、タンバリンマンはここまでの余裕を感じなかっただろう。マーメイドの性能も、パイロットの技量も本物だ。二度同じ手が通用するとは思えない。勝利がどちらに傾くかはわからない。
しかし、今の自分にはムーンライトがある。この機体に比べればヒトデマンより少し上程度の機体など、誰が乗ろうと相手にはならない。それは疑いようのない、純然たる事実だった。
『ふっふっふっ……』
「……?」
回線から、アニメっぽい、作ったような含み笑いの声が届く。
『それは、どうかな?』
「何……?」
『エースが考えも無しに、絶対勝てない相手に突っ込んでくると思う? あなたは違うのかな?』
空にて同高度上を保っていたマーメイドが急浮上する。その動向に、タンバリンマンは目元を険しく、昇っていくマーメイドを見据える。
コックピット上部スピーカーより、激しくコントロールパネルを操作するマーメイド内部の音が漏れる――
『マーメイド! テストモード始動!』
シェリーの声が、高らかに響いた。
そして――
「ん……?」『あれ?』
タンバリンマンが見守る中、マーメイドが宙に静止を続けていた。
遅れて繋がった衛星からの現地映像。三十二型モニターの前、ジミーが目を細める。
「……まずいな」
「どうしたん…… ですか?」
マーメイドとの回線から「TEST MODE」と元気な声が聞こえた瞬間に体を硬直させたジミー。その様子を怪しみ、ダテは横顔を覗き込んだ。
「いや、マーメイドには、その性能を飛躍的に高める…… まぁ、ちょっとバクチな試験システムがつっこんであるんだが……」
ジミーの指がモニターを取り巻く面々の遙か後方、壁際にパレットの上、デンと置かれた物体を指さした。
「……? あれは?」
見るに巨大な、線のついていない『ACアダプター』。いつから置かれていたのか定かでは無いが、ダテのおぼろげな記憶では、初日には無かったとも思う。
「こないだ修理した時に、外したまんまだった……」
「え……?」
「システム起動のための…… 外部パーツ……」
「は!?」
ダテが叫ぶのとほぼ同時に、スピーカーからシェリーの声が飛ぶ。
『ジミーさん! システム起動しないよ! どうなってんの!?』
「あ、あ~…… それは~……」
冷や汗混じりに、半笑いで非常に言いにくそうにするジミー。
『大将、これ、ひじょ~にマズそうじゃないスか?』
『だな……』
おそらくと、出撃前からシェリーの頭にはそれを使うことが頭にあり、ジミーの頭にもあったのだろう。そして、今のジミーの動揺は根本的な計画の穴に『今気づきました』という、夏休み最終日、鞄の隅から問題集一冊分出てきた学生のそれに近いのだろう。いや、まぁ、そんなはずは無いが、これを投稿している時期が時期だけに、作者から学生読者の皆さんへ向けての気づきのプレゼントである。
『わ! わわっ! ちょっと待ったなんだよ!』
これ幸いと、何やら失敗した様子のマーメイドに向けてムーンライトから光弾が放たれまくっていた。しっかり避けられているあたりはさすがはシェリー。
ダテは壁際のアダプターをもう一度目に入れ、アジャパーという体なジミーの肩に手を置いた。
「ジミーさん! あれがあればシェリー中尉は勝てるんですか!」
「わ、わからんが…… 望みはある……!」
「なら今からでもなんとか届けて…… 接続は、突き差しゃいいんでしょ?」
見るからに、ちょっと平べったいタイプのでっかいACアダプター。それ以外に使い方は見られない。
「馬鹿言え! ヒューマノーツはあってもパイロットがいねぇ! どうやって届けるんだ!」
失敗を振り払うように、ジミーが怒鳴り声を上げる。
その苛立たしく放った感じの文句に、ダテは目を丸くした。
「……! ヒューマノーツ……! まだあるんですか?」
「……? ガラクタ、ならな……」
マーメイド出撃前、海軍に向けて『出せるのはフォークリフトくらい』と怒鳴っていたジミー。それが頭にあったダテにとって、彼の一言はまさに僥倖だった。
ダテはその展開に、ニヤリと笑う。
「俺が行きます!」
「はぁ?」
『え~!?』
伊達良一、この時二十六歳。
長年待ち、辿り着いて数日と、訪れない機会の気配に意気消沈していた彼に、ついにその時は来た。
いよいよ巡ってきた『パイロット』となるチャンス。ダテは内心感無量とばかりに、心を躍らせていた。踊らせまくっていた。
ココロカーニバルである。




