28.現れたるもう一機の月
「はぁ!? シャイニングムーンなら宇宙だろうが!」
格納庫の柱についた操作盤。備え付けの受話器を持ったジミーが怒鳴り声を上げた。
ダテやシェリー、格納庫内のツナギ達が、彼のただならない剣幕に振り返る。
「もうねぇよ! 全部出した! 歩兵で突っ込めってか!? 今うちで出せるのはフォークリフトくらいだ馬鹿野郎!」
ガンッと音を立て、受話器が操作盤へと叩き付けられた。ジミーは苛立ちを抑えるように大きく息を吐く。
「はぁ…… ったく……」
「ジミーさん…… 何が……?」
舌打ち混じりに一人首を振るジミーへと、ダテが歩み寄った。
「わけがわからん…… 敵の中にシャイニングムーンがいるらしい」
飛び出した機体名に、ダテとシェリーが目を見開く。
「どうやら敵の新型らしいが…… 泡食った海軍の連中が応援よこせって言ってきやがった。どうやら相当まずい状況らしいな」
ジミーは格納庫隅、三十二型モニターへと目をやる。モニターは黒く沈黙したまま。
衛星を通した現地の映像は、未だ彼らの元には送られていなかった。
『大将…… このパターンは……』
パタパタと、妖精がダテへと話しかけた。ダテは目だけをクモへと向け、頷く。
『……ああ、間違いねぇ。『ライバルキャラの乗り換え』だ』
『やっぱり!?』
ダテの背後、走り寄る気配――
気配はダテを押しのけ、ジミーの太い体と柱の間へと身を滑り込ませ、操作盤にとりついた。
「おい! シェリー!」
ジミーの制止の声に取り合わずシェリーが操作盤を開き、叩いていく。天井が騒音を立てて降り始め、真下にいた数人のツナギが慌ててその場を脱する。
降りてくる水色の機体、その着地点へとシェリーが駆けだした。
「やめろシェリー! 何を考えて――」
「動かないで!」
振り返った彼女の手にはBL117F。軍式拳銃の銃口がかざされていた。
「お前……」
「私は行く。ゲートを開けて」
端的に、ジミーへと告げるシェリー。
ダテがこれまで目にしたことのない、彼女の冷徹な視線がそこにあった。
「馬鹿を言うな、今のマーメイドは丸腰だ。そんな状態で行って……」
「それでも戦闘機や従来型よりは戦えるよ、みすみす艦のみんなを死なせたりはしない」
「……軍規違反だ。今の戦いはエルドラード全軍が関わっている、大事は免れん。下手をすればお前が……」
説得にかまわず、シェリーは格納庫の端へと手を振る。
誘導サインを読み取ったオートリフトが、彼女の元へと自走を始めた。
「それでも、私はエースなんだ。エースだから私なんだ…… ブルーなら、この状況で黙ってなんかいない!」
叫ぶシェリー、銃口を突き付けられたジミー。
沈黙の中、オートリフトの自走ブザーのみが、ビー、ビー、と鳴っていた。
「……ダテ、ゲート開けろ」
「……はい」
やがて、ため息混じりにジミーが苦笑し、ダテが軽い頷きで応じた。
強く引き締められていたシェリーの目元が、驚きに緩む。
「シェリー、左腕のパルスガンが使える、それ一本で行けるか?」
「ジミーさん……!」
「なんとなくな、こんなこともあろうかと思って仕込んでおいた。内緒だぜ?」
笑みを浮かべるダテが操作盤を押す。閉じられたばかりのゲートに、再び動力が灯った。
ジミーが快活な笑顔で叫ぶ。
「行け! 存分にやってこい!」
「はいよ!」
オートリフトに飛び乗り、コックピットへと消えたシェリーがマーメイドを起動させる。
数分の時を待たずして、その水色の機体は大空へと飛び立っていった――
やれることは全てやった、そんな体で、その場にジミーが座り込む。
「……はぁ、そろそろ定年も悪くねぇと思っていたが、こいつは退職金もパァだな」
冷やかすように、おどけた表情をダテが向ける。
「そんな歳だったんですか?」
「はっはっ、冗談に決まってんだろ」
激しく吹き込む風の先、二人の視線の向こうに、群青のみが広がっていた。
全長数十キロという、小さな地球人の碑石。
闇が広がる世界の中、白く輝くそれを背に、戦闘は繰り広げられていた。
「これで……!」
青く輝くシャムシールを構え、シャイニングムーンがブースターを噴かす。
前方に迫る大型戦闘機、全長二十メートルの機体をすれ違いざまに引き裂く。
上下二つに分かれた戦闘機が、シャイニングムーンの背後にて爆散した――
『ジェイル少尉、敵勢力残存二十五パーセントを確認しました。作戦行動を次のフェイズへと移行してください』
コックピットのモニター右隅に、赤髪の女性オペレーターが割り込んだ。
「了解しました」
『予想以上の戦果に皆の士気が高揚しています。ご活躍、感謝します』
語気を和らげ、笑顔で敬礼を見せるオペレーターに、ジェイルも軽く敬礼をもって答える。
「……ありがとうございます」
遠く、撤退を見せる残存勢力を追う自軍の戦闘機や従来型ヒューマノーツの姿が見える。ともすれば上下を見失う、上下すらも存在しない足下には、暗い宇宙に生命を灯す、青い星。
それは不思議な、言葉に出来ない感覚だった。
宇宙という果ての知れない、広大無辺な闇の中に浮かぶ青い玉。
その玉の中に、エルドラードがあり、ガンダラーがあり、自らの故郷も、今こうして敵対する人々の故郷もある。
少し離れて見る地球は、一つの家のようにも思う。
なのになぜ、『家族』でこうも、『同じ私』同士でこうも争っていられるのだろう。
――父さんの夢は…… このバカバカしい喧嘩を止めることだったの……?
ジェイルは機体を旋回させ、コロニーへと向けた。
シャイニングムーンが背中に青い光を灯し、宇宙を飛ぶ。
今は考える必要はない。コロニーを制圧し、あの星へと帰る。
それがきっと答えに繋がると、誰かが彼に告げていた。
空中要塞パブロの侵攻に、港近郊にて応戦を見せていたエルドラード軍。
港への接近に伴い浅瀬上空へと入ったパブロに対し、戦闘を断念した洋上の艦船が退却を始め、港に現れた地上部隊、航空部隊が交錯する。上空には両軍の戦闘機やヒューマノーツが絡み合い始め、陸海問わずに砲弾が飛び交う。
その中で、無数の敵機をまったく寄せ付けることなく、一機の機体が縦横無尽の活躍を見せていた。
「なるほど…… 素晴らしいな。これが、『新型』の力か……」
新たに現われたエルドラード戦力へと向け、『ムーンライト』が飛ぶ。
その接近に、エルドラードの無人戦闘機、戦闘ヘリ、沿岸に並ぶ戦車隊が狙いを揺り動かす。
「遅い……! 遅すぎる……!」
予測射撃を交えて放たれる集中砲火、しかし集中した場所が検討違いにも見えるほどに、タンバリンマンの駆るムーンライトの動きは速く、そして鋭い。
二発、三発――
回避ついでで置かれる左腕からの光弾に、集った戦力が次々と炎を上げて吹き飛んでいく。
友軍の局所的な劣勢に、エルドラードのヒューマノーツが彼を囲むように数機がかりで空を舞った。体高九メートル、シャープな白一色のボディ。従来型と呼ばれるタイプの機体だった。
「ふん……」
散開から旋回し、短機関銃やロケット砲を手にムーンライトに向けて発砲するヒューマノーツ達。そこに航空戦力が再び増援され、視認では一度に把握しきれないまでの被ロック数がタンバリンマンにかかった。
「……さすがに数は多い。だが、当たらなければどうということはないのだよ!」
ブースターから炎を吹き上げ、垂直上昇するムーンライト。一瞬にして無数の弾丸が射程距離外に置かれ、ヒューマノーツ達による包囲が解かれる。
「ムーンライトはヒトデマンに比べ、私が習熟すれば飛躍的に戦闘力が上がる事を想定されているが、ただ乗っただけでも攻撃力は少なくとも百二十パーセント上昇――」
舞い上がった遙か上空、追いすがろうとするヒューマノーツ達。ムーンライトは右腿上部の収納を開き、モーニングスターのような兵器を取り出す。
「そして一撃必殺の技量も、六十三パーセント上昇する!」
振りかぶったムーンライトの右腕より、兵器が真下へと投擲される。
落ちていった兵器は群れるヒューマノーツ達の一体に当たり、数機を巻き込んでの大爆発を引き起こした――
格納した戦力を排出し、自身もその数百の砲塔から弾丸を吐き続けるパブロ。
従来型を超えた性能を持つヒトデマン。そして『新型』、ムーンライト。
数で勝っているだけのエルドラード軍は、敵の上陸寸前にて、既に敗色に染まりつつあった。




