26.ソラとテラ
天候快晴。真昼のエルドラード基地上空へと、巨大な白銀のペンシル―― HLV(重量物打ち上げロケット)が昇っていく。
ジェイルとシャイニングムーン。国の未来を乗せたロケットが高みへと消えていく様を、遠くアンダースロー号を背にしたダテやジミー、クルー達が見守っていた。
「忙しねぇな…… 着いたばっかでもう出撃かよ」
双眼鏡を目から離したジミーが独りごちる。浴びる日射しが、白髪混じりの頭に眩しそうだった。
――無事に戻れよ…… ジェイル。
ダテは手にしていた青と白のラインが入った真新しいカードを一目見、ツナギの胸ポケットにしまった。
『ねぇ、大将』
ロケット打ち上げの見物に出ていたツナギ達が散開していく中、隣に飛ぶクモから思念が送られた。
『これって…… 状況的にはマズくないっスか?』
『何がだ?』
『大将今、思いっきり『主人公』と離ればなれになってるじゃないスか。宇宙でジェイルくんに何かあっても、ここにいちゃ打つ手無しっスよ?』
冷やかすような様子ではなく、真剣な表情での問いかけだった。単に『仕事』上の要人だからという立場を超え、心配に想う。ダテやクモにとって、それだけの付き合いがジェイルとの間には出来ていた。
ダテは青以外、何もなくなった空を見上げる。
『……よくわからんが、こっちが正解らしい』
『はい……?』
ダテの中には、確信めいた予感があった。
確かにクモが言うことはもっともで、ダテ自身、ジェイルのそばにいられる立ち位置を模索し、これまでそうしてきた。しかし、『世界』は伊達がここに残る、その選択を『拒まなかった』。
ならば、『仕事』はここにある。
滑走路のアスファルトを震わせ、鳴り響くサイレンの音が耳をつんざく――
「……!」
「なんだ……!?」
目を見開くダテ、戻ろうとしていたジミーが足を止め、サイレンを聞かせる管制塔へと身体を向ける。
『緊急警報! 緊急警報! 関係者各員は速やかに所定の持ち場へとお戻り下さい! 尚、基地内の民間人は係員の指示に従い――』
基地全体に警戒を告げる女性の声。以前のアンダースロー号の女性クルーのものよりも、遙かに切迫した声がダテ達の耳を打つ。
「いた! ジミーさん!」
警報の間隙を縫って、よく知る大声が横やりを入れた。
振り返った二人へと、軽い足音を滑走路に立てながらシェリーが走り寄ってくる。
「シェリー! なんの騒ぎだ!」
「ガンダラーだよ! ガンダラー! マーメイドは!? 私の機体は!?」
「何!?」
アンダースロー号上層、ブリッジ。前方に並ぶデスクから、一人の男性クルーが艦長へと振り返る。
「艦長! 敵、映像捉えました!」
「出せ」
短い指示に、男性クルーがコントロールパネルを操作し、ほどなくブリッジ前面三枚の大モニターが映像を結ぶ。
――全長二キロの巨体、全体を黄土色に塗られた、丸みを帯びる重厚な金属を幾重にも重ねた外観。あらゆる兵器を身体に取り込んだような美感の無い下品さと、甲虫じみたその不気味さから、レギオンとも呼称される最悪の艦の姿がそこにあった。
「要塞空母パブロ…… なりふり構わんとは思っていたが……」
現状世界最強とも言われるガンダラーの主力空母。たった一隻で小国三つは破壊し尽くすという、悪夢のような物体だった。
それが今、白昼堂々とエルドラードの領内、洋上に浮遊している。
ざわめくクルー達を横目に、艦長はレーダーに目線をやる。
現在のパブロのポイントは、あと二時間で本部基地の目と鼻の先、エルドラード港にさしかかるとあった。
「艦長! 軍司令部より指示が出ました! 出撃命令です!」
艦長は座席を立ち上がり、背筋を伸ばして言い放つ。
「十分後に飛ぶ! エンジン加圧スタンバイ! 出ているクルー全員を直ちに戻し、各所に配備しろ!」
クルー達の了解の声が、ブリッジ全体に響き渡った。
アンダースロー号内へと戻り、艦内下層を早足で格納庫へと向かうジミー。その脇をシェリーが歩み、ダテが二人の背中に付き添う。
艦へと戻ったクルー、持ち場へ急ぐクルーが行き交う廊下を、三人はジミーの丸い身体を筆頭に、道を譲らせん迫力を持って直進していく。
「それじゃ何か? 俺達のやろうとしてたことは丸バレだったってわけかよ」
「モニカ博士の亡命した時期が、ちょうどガンダラーで宇宙仕様ヒューマノーツの構想が始まった時期だったんだよ。シャイニングムーン開発の情報を掴んだガンダラーが、うちの賭けに気づいてもおかしくはないっていうのが軍の見解だったみたい」
「見解だった? ってことは……」
「ガンダラーの妨害は国の偉いさん達はある程度予測済み、うちの艦長もみたい」
「なんだそれは…… あの野郎、相変わらず俺達にはだんまりかよ」
スクランブルの緊張感に張り詰める廊下、その空気を打ち破るように、シェリーのベルトのポーチが『にゃ~』と鳴いた。足を止めるジミーとダテを置き、ポーチから手のひらサイズの黒い子猫を引っ張り出したシェリーが、二人に背を向けて猫と会話を始める。ややあって、シェリーは子猫をしまい、二人へと振り返った。
「……まずいよ、もう妨害なんてもんじゃない」
「どうした? ブリッジからか?」
硬い表情をするジミー。ダテはさっきの子猫が気になっている様子で彼女のポーチを見ていた。
「連中『パブロ』を持ち出してきた。あと二時間で港に来るって」
「パブロ!? 正気かあいつら!?」
「本部基地をすり潰して、シャイニングムーンが戻る場所を無くすつもりなんだ。この戦争を一気に決める気だよ。これはもう侵攻だ」
「……ちっ、コロニー取り返されようが、終わらせちまえば知ったこっちゃねぇって考えか」
立ち止まり、深刻な表情で会話する二人。
不可視状態のクモが、二人を見守るダテに向かって首を傾げる。
『イマイチよくわからないんスけど、どういうことなんでしょう?』
『要は無理矢理にでも勝利をもぎ取りに来たってことだろ。厄介な『新型』が宇宙に出ている今のうちに、被害が大きかろうが一息に押し潰す。ガンダラーは有利な状況での総力戦を選んだってこった』
ダテは一歩、ジミーへと足を踏み出す。
「ジミーさん、無人戦闘機出しますか? 出すなら俺、甲板で準備してきますよ」
「……頼めるか? 後でうちの連中も行かせる」
「はい」と一言、ダテは二人に背を向けて走り出した。
エルドラード対ガンダラー。
主人公の与り知らない、両国の雌雄を決す大地上戦が幕を開けようとしていた――




