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玄人仕事  作者: 千場 葉
#7 『ボーイズドリーム・ロボティクス』
233/375

24.コロニーを断て


 午前中に荷積みを終え昼食を済ませたダテは、一人と一匹でアンダースロー号上層中央にある緑地施設、『フレンズ公園』に来ていた。

 普段から人気(ひとけ)が薄い、さして広くも無い公園。子供の存在が皆無で、訓練用のジム設備が整っている艦内からすれば、なぜ必要なのかもわからない無意味な施設とも言える。

 だが、何かあるのだろう。文明の箱の中に栄える生きている緑。この場所はこれまで一度も、区画整理の対象に入ったことはなかった。


『ん~、結局何事もなく着いてしまいましたね……』

『……あっさりだったな』


 首都に着くまでが仕事―― そう考えていたダテは、自らの考えを改めるべきか否かを思う。

 全身最近の普段着である灰色のツナギでベンチに足を組み、背もたれに片腕を乗せて思案するダテ。見る人が見れば絵的にはファストフード店の前にいる「黄色いシマシマのやつ」か、「伊達さん」である。


『これからどうするっス? ジミーさんの言う通り、もう少しお世話になるっスか?』

『……そういうわけにはいかんだろ。主人公(ジェイル)が降りるっていうのに、ここに残っても意味が無い』


 仕事の後、ダテにこれからの行く宛てを聞いたジミーは、彼が答えに難色を示すと「残りたきゃ残れ、仕事ならくれてやる」と、突き放すような厚意を見せてくれた。正直これが自分の世界ならと、思わないことはない。

 真っ当で、普通で、なんでもない日々を過ごすだけの「仕事」。そこに人には言えない憧れもある。


『……実はシェリーちゃんが主人公とかいうセンはどうです? 大穴で、ジミーさんとか』

『ねぇだろ…… それがあったとすれば、俺はもっと別の場所からスタートしてるはずだ』

『ですねぇ……』


 アンダースロー号に乗るきっかけとしてジェイルに出会った。そう考えればクモが言うセンも捨てきれない。だが彼のこれまでの経験から言って、そのセンはどうにも遠回りな気がした。

 何を考えても、どれだけこなしても掴むに難しい『世界』の意図。ある程度以上をなりゆきに任せる、それが最善であると思えるようになってきたのは、ここ最近のことだ。


『あ……』


 何かに気づいたクモが、煙とともに不可視状態を解いて公園の入り口へと視線を向けた。

 その視線の先、見知った少年から青年の間くらいの彼が、自分達に向かって走ってきているのが見えた。


「ダ、ダテさん……!」


 どれだけ走ってきたのだろう、よくこんな人気の無い場所に自分を見つけたとも思う。ダテの前に辿り着いたジェイルは、前屈みに(あご)に手の甲を当て、息を整える。


「どうしたっスか? トイレならあっちっスよ?」

「トイレ……? いや、そうじゃなくて……!」


 冷やかすようなクモの言葉に、一瞬と「え? なんで?」みたいな顔を見せるジェイル。

 誤解の無いように記しておくが、ダテはツナギの下にちゃんとシャツを着ている。


「どうした? なんかあったか?」


 ダテは目元を真剣に、ジェイルの顔を見据えた。

 重大な何かを言おうとしている。そんな勘が働いていた。


「じ、実は……」


 ダテの強い視線に一度うつむいたジェイルは、顔を上げて吐く。


「僕……! 宇宙に行くことになりました……!」





「どういうことなんだよ! 艦長!」


 ブリッジの全体を見渡せる、高い席に座る艦長にシェリーが詰め寄った。

 その大声に何人かのクルーが座席から振り返る。


「マイセルフ大尉が出撃出来んのだ、仕方なかろう」

「でも、なんでジェイル少尉―― ジェイル()()が!」


 剣幕に怯む様子もなく、平然と言い放った艦長に尚も食い下がる。

 艦長は怒りを露わにする彼女には取り合わず、座席からコントロールパネルを操作した。


「これって……」


 シェリーの前に、ホログラムモニターが浮かび上がる。


「シミュレーターでの、君と彼との交戦記録だ」

「……!」


 シミュレーターのログが取られていることは知っていた。遊びではなく、訓練という業務なのだ。彼女自身も業務のために参照することは多い。だが、そんな分野外の記録を、アンダースロー号のトップである艦長が見ているとは思っていなかった。

 艦長の指が、記録の一点を指さす。


「何かのバグでなければ…… この航行中の最後の日、彼は君に『一勝』しているな」


 ――時間切れによる、優勢勝ち。


「そ、それは…… ちょっと油断して……」


 嘘だった。彼の実力はこの数日で飛躍的に上がった。同じ相手との戦いで癖を見抜き始めたこともあるのだろう、しかし百戦錬磨の彼女の腕へと、彼は確実に追いつきつつある。

 それを嬉しく思う反面、今は彼のためには、素直に答えることはまずい。


「ふむ…… バグではないらしい」


 だが、素直で無いにしろ、ログを認めたこと自体が間違いとなる。


「シェリー中尉、例え君が油断していたとして…… 今のエルドラードのパイロットの、何人が君に勝てると思うかね?」

「た、大尉なら…… あるいは……」


 答えに(きゅう)する。元々エースとなれる才覚に、ブルーという才能の指導があった。抜きんでてしまった自分の実力を、初めて恨めしく思った。


「なら、話にならんな。この作戦は戦局の要になる…… 優秀なパイロットが必要だ。君に並ぶ腕を持ち、新型の搭乗経験を持つ彼に任ずるのが、最も適当だ」

「わ、私が乗るよ! 新型に乗って宇宙へ……!」

「駄目だ、それでは地上に戦力が残らん。それに、彼が乗ることは既に軍部からの了承が出ていることなのだよ」

「くっ……!」


 (くつがえ)せない。

 シェリーは拳を握りしめ、うつむく他なかった。





 ダテは公園の上、高い木々と合わさり空のようにも見える、薄青い天井を見上げる。


「スペースコロニーか……」

「はい…… この戦争が始まった直後、ガンダラーに奪われてしまったコロニーがあります。そこは大型の遠隔送電施設で、今はヒトデマンを始めとした、ガンダラーの軍機に稼働電力を供給しています」


 チラと、ダテの世界でもどこかで聞いたような覚えのある未来技術。

 ぱたぱたと飛んでいたクモが、ジェイルの二の腕にしがみついた。


「コンセント無しで電気を送ってるってことっスか?」

「あ、う、うん……」

「宇宙に行くってことは、行ってそこを奪還するってことなんスよね? 取り返すとどうなるっス?」

「そ、それは……」


 アイコンタクトを向けてくるクモに、ダテは頷きを返した。


「すまんジェイル、()()()は常識に(うと)くてな。少し詳しく話してやってくれ」

「はい……」


 一人と一匹の注目を集め、ジェイルは『与えられた任務』についてを語りだした――


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