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玄人仕事  作者: 千場 葉
#7 『ボーイズドリーム・ロボティクス』
232/375

23.遠ざかる白銀の象徴


『お知らせします。これより本艦は、『エルドラード本部基地』へと着陸します。着陸に際し、搭乗員は作業の手を止め、指定された場所にて待機ください。繰り返します。これより本艦は――』


「ん……?」

『あ、着くんじゃないスか?』


 到着予定日当日の朝。二機の修理も終わり、ジミーにより着陸までの待機指示を出されたダテは何をするともなく、食堂のテーブルにて無料のコーヒーを飲んでいた。


『そっか…… エルドラードに着いたのか。考えてみれば結構かかったな……』

『寄り道いっぱいでしたからね~』


 青いヒトデマンの襲撃後、アンダースロー号は敵機の襲撃を受けかねない空域を避け、途中小さな基地での補給を数回受けながらの空路をとることとなった。ブルーノート基地から直線にして三日の距離を、五日に伸ばしての航行である。


「よぉ、ダテ。一人か?」


 短いようで長くも感じたバイトの日々を思い始めたダテに、声がかかった。

 椅子から振り返ったそこには、密航初日にダテを捕まえ、これまで何度かかみついてきた素行の悪そうな金髪のツナギの姿があった。


「どうも」


 例の襲撃の一件から先、この金髪のツナギを含め、格納庫のスタッフやクルー達との間にも、初日の頃よりは大分打ち解けたような感がある。だが、別段愉快な手合いでも無い。そして、『仕事』の上でこれといってキーとなりそうな人物でもない。

 ダテは無難に会釈をし、やり過ごそうという体で紙コップのコーヒーをすすった。


「そんな邪見にすんなよ、悪かったさ」


 ガッと対面の椅子を引き、金髪のツナギがダテの前に座った。妙な行動に、ダテは紙コップからチラリとツナギの顔を見る。


「……よく働いてくれたな、ダテ。これ、ジミーさんから」


 ダテの前に、白い封筒が置かれた。長く様々な人間を見てきたダテの見識が、その顔に悪意が無いことを感じとっていた。


「これは……」


 白い封筒を手に取り開封する。中からは以前第二ラウンジで受け取ったものと同じ、キャッシュカードが入っていた。


「働けば給料は出るさ。バイト基準だから、多くはねぇけどな」


 カードの液晶には82000と数字が踊っている。


「いいんですかこんなに…… 俺は……」

「……密航だろうがなんだろうが、いいさ。あれだけ働いてくれりゃ、文句ねぇさ」


 座ったばかりにして、ツナギは立ち上がる。


「お前のおかげで思い知ったよ、俺は甘かった。人としてもまだまだだった。ジミーさんはやっぱり正しいな」

「なんの…… 話です?」

「……俺なら周りからお前みたいな扱いされて、あんな暇な仕事ばっかりやらされて、それでクソ真面目に仕事なんかできねぇ。それでもお前は毎日しっかり出てきて、言われた通りに働き続けた。ニホンジンの責任感ってのはすげぇな……」


 遠い目をして首を振るツナギは、どこか険のとれたすっきりとした顔をしていた。


「プロの心意気ってのを教えてくれてありがとうよ、じゃ」


 そして、金髪のツナギは去っていく。背中に哀愁を漂わせながら。


「……何言ってんだ、あいつ」

『さぁ……』


 人それぞれに、ドラマがある。人それぞれに、人に影響を受ける。

 そしてそれは、玄人(プロ)のあずかり知らぬことだった。





 エルドラード本部基地。

 コンクリートを敷き詰められた基地の路上を、車両の荷台に寝かされたシャイニングムーンがアンダースロー号より転がされていく。

 抜けるような青空から降る太陽を、その白い機体が眩く反射していた。


 ジェイルはその様子を、艦の上層の窓より見下ろす。

 二回乗っただけの短い付き合い、それなのに長年連れ添ったような愛着。自分の元を去っていく新型の様子に、今更にあの機体は心の中、自分の専用機になっていたのかもしれないと、別れを惜しく思った。

 軍関係者が士官学校の寮へと車を回してくれるという、その時刻。約束の時は、もう間近に迫っている。離れていくシャイニングムーンの姿は、まるで騒ぎの終わりの時、その象徴のようだった。


 彼の眼下、ツナギ達が旗を振り、離れて立つジミーが監督をしていた。

 ゲートからは一台のフォークリフトがパレットに資材を積んで、大型のトラックへと荷積みをしている。

 リフトの乗り主、ダテがジェイルに気づき、手を振った。


 見えないかもしれない、そんな距離で小さく手を振り返しながら、ジェイルは思う。

 新型をきっかけに出会った、出会うこともなかったはずの人達。理不尽な日々ではあったけれども、短い間ではあったけれども、良くしてくれた忘れえないだろう人達。

 もう彼らと会うことも、無いのだろうかと。


 そして、思う――


「……ダテさん、これからどうするんだろう」


 結局、何者なのかよくわからなかった、今はのんきにフォークリフトに乗っている男。

 帰るあてはあるのか、帰る金はあるのか。これから先の彼の行く末は、どうにも()()透明である。


 ちょっと困った感じの顔で年上の男の将来を心配し始めるジェイルへと、軽い足音が近寄った。


「ジェイル少尉」

「中尉……」


 窓辺から廊下へと差し込む光。横凪ぎの影を床へと落とし、彼女が立っている。ちぐはぐなようで見慣れれば似合っているようにも思う、紫の軍服。その顔には、微笑が灯っていた。


「もうすぐお別れだけど…… どうだった?」

「……どう、と言われても」


 オープン過ぎる質問に、ジェイルは答えを探してみる。一週間と少しの日々、その中に答えはあった。


「……いい思い出、になったかもしれません。最初はなんでこんなことにと思ったけど…… こうして過ぎてみると、僕にはいい経験になったと思います」

「そう…… それは良かった……」


 窓の外、新型が遠くの倉庫へと入っていく。


「あの機体は…… シャイニングムーンはどうなるんです?」

「マイセルフっていう、うちの大尉に渡ると思うよ。私にはマーメイドがあるし、他に腕利きと言えばその人しかいないからね」

「……どんな方なんですか?」

「いい人だよ。ヒューマノーツへの愛があるし、ちゃんとしたベテランの人」


 どんな人なのかはわからない。ヒューマノーツに乗る者は、ヒーローではあっても前線に出る現場の人間で、顔を知られるような人々ではない。


「そうですか…… ほんの少しの間でしたけど、間違いなく最高のヒューマノーツだと思いました。僕と違って、大事に乗ってくださるようにお願いしておいてください」


 だが、ヒューマノーツへの愛がある。彼女がそう言うなら、そういう人なのだろう。安心して新型の行く末を任せていいのだと、ジェイルは思うことにする。


「うん、任されたよ。でも……」


 シャイニングムーンの格納に、シャッターが閉じられていく倉庫を見つめ、シェリーは言う。


「シャイニングムーンに相応しいのは…… ブルー少佐だったと私は思ってる」

「……!?」


 久々に聞いた、家族だからこそ口にすることも、耳にすることも薄いその名前。

 語った憶えの無い相手からのその音に、ジェイルは心が跳ね上がる思いがした。


「……私に飛び方を教えてくれたのは、あなたのお父さんなんだ……」

「そう、なんですか……」


 窓を向いたまま、小さく打たれた「うん」という彼女の相づちが、どこか遠くにも聞こえた。



 父――


 エルドラードの英雄だった父は、ジェイルにとって複雑な想いをもたらす人だった。

 嫌いにはなりきれず、嫌わずにはいられない人。

 願わくば、「ただの父であって欲しかった人」――



「ありがとう、ジェイル少尉。私ね…… 嬉しかった」


 想いに沈みそうになったジェイルに、彼女が振り返る。その顔には、笑顔――


「腕はまだまだでも、あなたの飛び方にはあの人と同じ、見る人を惹きつける何か、天性の華があったの……」


 軍人としての堅苦しさなどどこにも感じない、普通のどこにでもあるような、感情のままの笑顔。


「私はそれが見たくて、どんどんと近づいていくあなたが見たくて、つい厳しくなっちゃったんだと思う。もちろん、嫉妬もあったけど……」

「嫉妬……?」

「うん、私はあなたのお父さんに、ブルーに近づきたかった。私が近づきたかったの。誰も寄せ付けないあのエースの翼に」

「エースの…… 翼……」

「そんな風に思っちゃってたからかな? 相手の『エース』が出てきたら勢いこんで空回りして負けちゃうんだもん、しょうがないよね…… あの時は助けてくれてありがとう、ごめんね」

「いえ……」


 陰りの無い表情で内心を語る彼女には、もうこだわりや、わだかまりは無いように思える。父と彼女の間に何があり、そして自身は彼女の何を変えたというのか、ジェイルにはわからない。

 そして、それよりもジェイルには、今の自分の心がわからなかった。


 「父に似ている」。そう言われて、初めて不愉快に思わなかった。

 身体が大人になるにつれて表立つようになってきた、父の面影。ふと何かに映る自らの姿にさえ、嫌気がさしていたはずの自分。

 不愉快に思わずにいられた、その理由は彼女の笑顔のせいなのだろうか。それも、違う気がした。


 言葉を見つけようとする思考すらも浮かばず、ぼうと立つジェイルから、シェリーがぴょんといつもの軽い足取りで離れ、彼を振り返った。


「ジェイルくん! 私が教えたことを活かして、立派なパイロットになってね! それじゃ!」


 日射しの中、小さく過ぎていくシェリーの背中。何か声をかけようとして、ジェイルは(とど)まる。


 ヒューマノーツを駆る、その楽しさを思い出させてくれた人。しかし避けたくもある、父と関わりのある人。

 終わりを告げられた非日常の時。思考に舞い戻ってくる日常の目標、その先の夢。

 彼女のこと、自分のこと、色々なものがない雑ぜになり、彼の足元に石垣が生まれていた。


「中尉……」


 その背中に、もう廊下を曲がり、見えなくなった背中に、ジェイルはせめてと敬礼を送ろうとし――



 ――ジェイル()()



 静かに首を振って、持ち上がっていた腕を下ろした。



「……ジェイル少尉」


 背後から突然降りかかった重みのある声に、ジェイルはびくりと肩を上げて振り返る。


「艦長……」


 彼の後ろには、アンダースロー号の艦長。


 ジェイルは整然と立つ艦長のその顔つきに、初めて会った時と同じものを感じた。

 そして、役目を終えたはずの自分を『少尉』と呼んだその声に、妙な胸騒ぎを覚えずにいられなかった――



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