22.鉄箱の日常
――訓練室。
「あ……」
健闘虚しく、ジェイルのモニターに「FAILED」の文字が躍る。
「いやぁ! 惜しかったね!」
「は……! はは……! ――え? ちょ! ええっ!?」
乾いた笑いを漏らすジェイルの胸元へと頭を押し当て、両腕を彼の背中へと回して密着するシェリー。
「へ……? あ、あの…… 中尉―― ぎゃあああああ!」
「♪~」
痛いやら恥ずかしいやら柔らかいやら痛いやらいい匂いやら痛いやら―― つまるところ激痛い。
新手の制裁、抱擁である。
――格納庫。
「ダテ、もっとあげろ!」
「へい」
今日も今日とてダテはジミーを運ぶ。シャイニングムーンとマーメイド、二機の修繕にジミーは忙しい。
先にオートリフトを直せばいいのでは―― とは、なぜか誰も言ってくれない。
世の中正解ほど後回しにされる。これは不思議なセオリー。
――『第二ラウンジ』。
「最近、中尉がなんかおかしくて……」
「ああ……」
日々、若者は方向性を多面的にして悩みが増えていく。
若さの残り火を抱えた者は、ただ聞くのみが美徳。
――訓練室。
「くっ、脱出! ……間に合った!」
「ちっ」
「なんで舌打ちっ!?」
そろそろと、一瞬で撃墜からは逃れられるようになってきたジェイル。
――格納庫。
「あ、写真…… どうしよう」
「こら! リフトで動線塞ぐな!」
乗っていたフォークリフトをツナギに蹴られるダテ。
――『第二ラウンジ』。
「うぁっ!?」
「どうしたジェイル?」
「私服に……! 私服の襟元にGPSが埋め込まれて……!?」
「お、おう……」
冗談であって欲しかった事実に嫌な汗をかく主人公達。
平穏な空の旅。戻ってきた微妙な日常。
慣れと指導環境の変化にジェイルは半ば元気を取り戻し、ダテは若干キャッシュが減った。
シェリーは毎日楽しそうで、ジミーは忙しいと燃えるのか活気づいていて、ダテは若干口数が減った。
「元気出していきましょう…… 大将」
「おう……」
自室にて、古い薬のCMのような元気づけをされるダテ。
思えば本作も『#7』、第七章に至る。ここまで来て、この我らが主人公は何をやっているのだろう。
本章でやったことと言えば、序盤にて激しく誤射をかまし、あとはフォークリフトを上げ下げしているだけである。大目に見て、飲み友達としてジェイルの精神を支えていたと言ってやれなくもないが、お前今回バイトして酒飲んでるだけじゃねぇかと言われればそれまでである。
「あ~、俺にも専用機があればなぁ……」
「あっても大将には動かせませんけどね。ポジションもただの『密航者』ですし」
仕事はしていても『仕事』はしていない。訪れる自覚と、物語上薄まりつつある自らの影に気落ちしていくダテ。体にキノコでも生えんばかり。
しかし、そんなモブキャラな感じのダテにも嬉しいことはあった。
「おお! すげぇ、コックピットか!」
「はい! ダテさんが乗りたいとおっしゃっていたので、艦長に理由をつけてカードキーをもらってきました!」
夕食後、ダテを連れ立ったジェイルは彼を例の訓練室、日々痛烈だったり熱烈だったりな訓練を受けている一室へと案内した。
これまでの付き合いでダテがロボット大好きであり、乗りたがっていることを知ったジェイル。彼が夢を叶えてあげようと動いてくれたのだ。
「マジか~! お前いいやつだなぁ!」
二人の前に広がるのは例の筐体。訓練用のシミュレーターではあるが、これにはダテは大喜び。若者のサプライズにおっさん大喜び。ジェイル君、イケメンでいい子な上になかなかやるヤツである。ケンカが強いだけで男前なわけでもないダテとは格差社会。
「こ、これ! やってみてもいいのか?」
「ええ、もちろん。じゃあ早速――」
シミュの電源が入る。意気揚々と操縦席に座ったダテに、ジェイルはヒューマノーツの起動から、操縦までをレクチャーしていった。
「な、なるほど……! 案外簡単だったんだな!」
「はは…… でしょう?」
ヒューマノーツの操縦は、左の操縦桿で前後左右への移動。右の操縦桿で左右旋回を基本としている。そこに二本を同時に左右に開くことでの上昇、閉じることでの下降のような特殊操作が加わり、カメラや照準の操作、そして武器の射出などを操縦桿に付いた無数のボタンやアナログスティック、トリガーなどで制御する形だ。
「起動は安全のためにも少し手間がかかりますけど、操縦は単純なんです。慣れればすぐにでも動かせるようになりますよ」
「そうか!」
これは、ジェイルなりの優しい嘘というやつである。
確かに上述の通り、操縦の仕組みは単純だ。少し勘のいい者なら一、二時間もすれば、少し難しいビデオゲーム程度の感覚で手に腕に馴染ませることができるだろう。しかしこれはあくまで「基本操作」、そして、ジェイルがダテに教えたものは「簡易操作」である。
この世界の最新技術がパンク寸前にまで押しこめられたヒューマノーツ。二本の操縦桿一つとっても、複雑な「シフトキー」を組み合わせた操作や、内部に組み込まれた指先一本の握力すらも感知する圧力計など、手のひらから足先までを人間さながらに駆動させるためのギミックが満載されている。
更には、前方から周囲に広がるコントロールパネルには、機体の細かなセッティングから通信機能、レーダーから生命維持装置に至るまでの機能が盛り込まれており、とても一朝一夕に覚えきれるものではない。
ジェイルはこっそりと、ダテのために「オートモード」と言われるほぼ機体任せで操れる、動いて狙って撃てばいいだけのモードに切り替えておいたが、普段の彼は「エキスパートモード」。膝や手首の回転までもを操れる複雑怪奇な操縦形態で機体を運用し、ヒューマノーツの真価を―― 指先で人をつまむことすらも可能な繊細さを発揮させている。
人型兵器。簡易操作であればダテにすら操れようとも、やはりヒューマノーツは伊達じゃないのだ。
「うっし、前進は左の操縦桿を前に―― うおっ!?」
モニターに表示された、練習用の青いブロックだらけの空間が動く。
歩行や射撃などの挙動に合わせて揺れる筐体。ダテの世界では考えられないようなリアルなCG技術と、それを許すモニター解像度。そのバーチャルなリアリティに圧倒されながら、ダテは夢中でジェイルの指定したプラクティスモードにのめりこんでいく。
「うん! いけるじゃないですかダテさん! のみこみがすごく早いです!」
「そ、そうか? 俺って結構あれか? 古い地球人じゃない感じか?」
「……? は、はい……?」
シミュレーターにすっかりご満悦のダテ。調子に乗り出した感じの彼ではあるが、ジェイルの言葉にお世辞はなく、事実彼ののみこみは早かった。
「じゃあそろそろ、出撃してみましょうか。キャンペーンモードをやってみましょう」
「きゃんぺーん?」
コントロールパネルから一度プラクティスモードにリセットをかけ、ジェイルの指が初期画面から別のモードをセレクトしていく。
「色んなシチュエーションでのミッションを行うモードです。敵機体も出てきますし、舞台も色々あって楽しいですよ」
「なんか…… 訓練用というより、ゲーム機みたいだな……」
「できるだけ本物っぽくするために、老舗の大手ゲームメーカーに協賛してもらってるんです。あ、始まりますよ」
コックピットのモニターに、アンダースロー号の格納庫のような風景が映る。重厚な金属の打音とともに、正面のゲートが開き始めた。
「お、おお……!」
暗い格納庫の先に、夜のビル群が立ち並ぶ大都会の風景が現れる。
「ダテさん、前進しましょう」
「お、おう」
がこんがこんと音を立て、ダテのヒューマノーツが格納庫を出ていく。高速道路の向こうには競い合う友軍と敵軍のUFOのような小型機。空には戦闘ヘリや、黒煙の中を旋回する戦闘機の姿がある。倒壊したビルや横転した自動車などが、激しい都市戦の惨状を語っていた。
「……すげぇ、なんじゃこりゃ」
家の六畳間に、中古で買った旧世代のゲーム機しか備えていないダテには刺激の強いCGだった。
「ってかジェイル…… これもう壮絶に戦争中なんだが……」
「ああ、大丈夫です。そのミッションはマップの北の方にあるコンテナを破壊するだけですし――」
と、ジェイルがそこまで言った、その時――
――『侵入されました』
「は!?」
画面に踊る赤い文字列、声を上げるジェイル。
「ど、どうした?」
「誰か他のプレーヤーに侵入を受けました! 敵機として攻め込んできます!」
「他のプレーヤーってなんだよ!」
「このシミュレーターは協賛のゲームメーカーを通して家庭用にも販売されているんです!」
「ガバガバだなエルドラード軍!」
実はこのシミュレーター、コアな人気のある家庭用オンラインゲームとして、世界的に有名なのであるが、遊んでいるユーザーのほとんどはこれが実際に軍で使われているなどとは知らない。操作もコントローラーである。
それはさておき、ジェイルはマップを確認し、北の方から突っ込んでくる赤い光点に目を見張る。その光点は狭い初心者用マップをあっという間に直進し――
「なんだぁ!?」
空中より、ダテの前へと君臨した。
鹿のように細い足と、二本の角を称えた頭部。熊のようなずんぐりとした胴体。後部からは馬の尻尾をなびかせ、太い腕から繋がる手には紫色の巨大な爪が並んでいる―― ようなロボット。
「なんかどっかで見たぁ!」
叫びを上げるダテのもとへと、全身を赤く光らせ猛然と走り込んでくる侵入者。
そして――
――『MISSION FAILED』
「……ひでぇ」
「なんでこんな名プレーヤーがここに……」
健闘―― する間もなく、ダテの機体は破壊された。ジェイル曰く、オンライン上では上位に位置する名のあるプレーヤーの機体であるらしい。開幕早々、壮絶な初心者狩りをくらった格好だった。
思わぬ惨事に気落ちする二人。
そんな彼らの左側から、ぱちぱちとぺたぺたの間くらいの拍手が響いた。
「やるじゃないお兄ちゃん、見事な腕前だったよ!」
「!?」
びくりと跳ね上がり、ジェイルが振り返る。後を追って、ダテの胡乱な目が後ろを向く。
いつからいたのか、シェリーが筐体の暗幕を開き、顔を覗かせていた。
「そりゃ、どうも…… 俺は一方的にやられただけだが……」
「いやいや、敵の攻撃を避けようとか、攻撃しようとか、ちゃんとそれにあった操縦桿の動かし方してたし、あんなに強い相手なのに相手の動きも完璧に捉えていたよ? センス抜群!」
「そ、そうか……?」
ちょっと嬉しそうな顔になるダテに、「うん」と一度大きくうなずきを見せるシェリー。
そこからころりと、難しい顔で前髪をいじりだす。
「う~ん、でも、センスはいいんだけど…… お兄ちゃんちょっと操作が早すぎるのかな? 機体の動きに合わせてあげないとヒューマノーツも反応返せないんだ。ボクシングとかフェンシングとかやってた? 動体視力が良すぎる人に多い問題だよ?」
語る彼女の肩口から、背中をよじよじとよじ登り、金髪のちっこいのが顔を出す。
「あ、やっぱりそうなんスか? 大将ったらゲームとかでもそうなんスよ」
ダテが思わず「げぇっ」と声を出す。
「自機の性能を考えないというか、操作に余裕が無いというか…… だからいつまでたっても下手なんスよね~」
「そうなんだ~」
にっこりとほほ笑み合う一人と一匹に対し、眉をひそめる男二人。
「ちゅ、中尉……」
「クモ…… お前……」
シェリーは暗幕を越え、筐体の中へとするりと入ると、猫のように口元を歪めてジェイルへと迫った。
「感心しないなぁ~、自主練だって聞いてたのに遊びに使ってるなんて~」
「う…… す、すいません……」
怒っているわけではなくとも、もはや習性。ものすごい至近距離からのからかいに、ジェイルは固く身を引く。彼女の肩に乗るクモが、まったく悪びれない笑顔をダテに向けた。
「いやぁすいません大将、シェリーちゃんに見つかってしまいましたっス」
「てめぇ絶対わざとだろ……」
束の間のアンダースロー号の日常。
日々を経て、少し変化を見せた日常は、滞りなく続いていった――




