23.居並ぶ両翼
鳥のきぐるみはごそごそと、どこからか金の襟が描かれた小さな白い箱を取り出す。そして中に詰められた細く白い一本を器用に引き抜いて、そのクチバシに咥えた。
「クモ、悪い、火」
彼の声に、ドロンと白い煙を浮かせ金髪の妖精が現れた。
クモと呼ばれた妖精は仕方ないなぁという顔を見せると、これもどこからか安っぽいライターを取り出して一本の先端へと点火した。
「ふぅー」
「それ、どっから吸ってるんスか?」
「企業秘密だ」
クチバシから煙を吐く着ぐるみは、丁度良い高さに崩れた瓦礫へと腰掛け、器用に一本をふかし続ける。
「はー、これで終わりっスかね? 大将」
「みたいだな…… 『予感』がする。ようやっと帰れそうだ」
「今回は長かった分、お名残惜しいっスねぇ~! 私ユアナちゃんやシオンちゃんとお話出来なかったのが、とっても心残りで~」
「しゃあねぇだろ、こっちについちまった方が『仕事』が楽そうだったんだから……」
ふぅっと、クチバシから煙が長く吐かれた。
着ぐるみの羽から腕がひっこみ、頭部が少し開く。
「まぁ、なんにせよ終わりだ。今回は古代の魔法書なんてでかい収穫もあったし、珍しく実入りのある『仕事』だったな」
言いながら、着ぐるみの中から『植物辞典』を『二冊』取り出したボッタは、一度中を開いて確かめると、妖精へとそれを向けた。
「これコピーすんの大変だったんスよ? だのに大将ったらシュン君達に見つかりそうになっちゃうし…… いきなり『代わりを用意しろ』って無茶ぶりされた時はほんと焦りましたよ」
「それを言うなよ…… うっかりだ。ややこしいからこっちは戻しといてくれ」
「はいはい」と、小さな手を振る妖精から金の粒子が舞い降り、『植物辞典』だったものはただの手帳へと変化を遂げた。
もう一冊、残った『複製されたガラの書』を持ち、ボッタがその手を空間へと『吸い込ませて』いく。紫の裂け目をみせるその空間へと、書は消えた。
「お迎えまであと何分くらいスか?」
「さてな、その前に…… おい! いつまで隠れてる!」
「……?」
ボッタが手に持った白い一本で差した方向へと、妖精―― クモの視線が動く。
「黒…… 騎士様……」
「アスタリッドちゃん!」
クモが跳び上がる。崩れた大扉から、小柄な赤毛の少女が覗いていた。
「こっちは終わった、聞きたいことがあるなら入ってこい」
迷うような素振りで、アスタリッドがボッタ達の元へと歩み寄ってくる。その手は固く握られていた。
「これは…… どういうことなのですか……?」
「……見たままだ。一回負けて、まだ馬鹿なことをやろうとするこいつを、俺がブン殴った」
「黒騎士様は…… 裏切られたのですか……?」
「違う」
「何が違うのです……!」
悲鳴にも似た大声が、地下の空気を打った。
「……最初から、俺はお前達の仲間じゃなかったってことだ」
「そんな…… では、どうして味方を…… レラオン様のために尽くしたことも、私の身を案じてくれたことも、全てが嘘だったんですか……!」
「ん~」と、唸るような声を発し、ボッタは頭を傾けた。
「そこに嘘は無いな」
「……?」
「他の連中は知らん。だが、俺はレラオンのためにも、君のためにも動いていた。そういう『仕事』だった。それは間違いない」
着ぐるみを通して聞こえる、場にそぐわない緊張感のない声に嘘は感じられなかった。それだけに、まったく意図を掴め無いアスタリッドは言葉を失った。
「よいしょ」と声をかけ、ボッタが瓦礫から立ち上がる。そして彼は、倒れているレラオンへと頭部を向けた。
「アスタリッド、俺はさっきこいつに、魔法をかけた」
「魔法を……?」
「……君らの知らない世界の魔法だ。真魔法の前に力を失うように作られた、マルウーリラの魔法じゃない。次に起きた時、こいつは今俺に出会ったことを忘れているだろう」
どすどすと、ボッタが彼女へと歩き出す。
「どんな気分で目覚めるかわからんが、起きたら無事を、笑って喜んでやってくれ」
「黒騎士様……?」
彼女の脇を抜け、ボッタは背中ごしにそう言った。そして――
――彼の前に、光の柱が射す。
光は集まり、彼の背を越えて高く、長方形を描き――
『光の扉』が、そこに姿を現わした――
「……!?」
口を開き、アスタリッドは呆然とその光を見た。
どうして扉だとわかるのかも理解出来ない光の集まりに、感じるものがあった。
――この先は、目の前の人間にしか入れない。
「なぁアスタリッド…… 一つ聞かせてくれ」
背を向けたままの問いに、耳を傾ける。
「……あいつは君らに、理想郷なんて創る気はなかった。それでも君は、あいつについて行くか?」
その言葉に一度顔を伏せ、アスタリッドは顔を上げた。
「はい! 私はレラオン様に拾われ、救われた身です。レラオン様が生きている世界が、私の理想郷ですから……!」
背中に向け、そう言ったアスタリッド。その顔は、笑っていた。誰も見たことがない、彼女でさえも自覚していない今のその笑顔は、年相応の少女のものだった。
ボッタが頭部に両手をかけ、鳥の頭を脱いだ。
扉の光に艶を浮かばせながら、黒い髪が揺らめく。
「知ってるか? あいつ…… いい顔で笑うんだよ」
ボッタが振り返る。
「いつかそんな顔を普通に見せられるようになるまで、君が支えてやってくれ。なんだかんだで、寂しいやつだからよ」
初めてみる黒騎士の素顔は、レラオンよりも少し大人びた青年だった。
彼女はその顔に、強さを感じる心に灯る笑顔に、勇気を貰えた気がした。
それはかつて、一人の少年が彼に与えられた、前へと進む勇気――
「じゃあな! ここにはそろそろ国の軍隊がつっこんでくる。君の体は全快にしといた、レラオン担いでさっさと逃げるんだぞ!」
そう言い残し―― 彼は扉の向こうへと消えていった。
彼を呑み込んだ光の集まりは収縮し、横に一本の線を描いて消失した。
「……はい!」
アスタリッドは、彼に感化された強い笑みで、そう答えていた――
マルウーリラ神学校。
そのグラウンドに砂煙が噴き、中央の騒ぎを遠巻きに見ていた生徒達が逃げ惑う。
「くっ……! なんてやつだ……!」
跳ね飛ばされた衝撃に地面を転がったシュンは顔を上げ、視線に敵を捉える。
――校舎を越える砂の巨竜二体が首をもたげ、彼を睨んでいた。
その片方の頭部には、一人の金髪の男の姿がある。
「『フレイムボルト』!」
シュンの火球が飛び、誘導して男へと向かう。
「効かんな! そんなものは砂の前では無力!」
振り上げた男の腕に呼応するように、地中から新たな竜が姿を現わした。
「なんだと……! いったい何体操れるんだ……!」
――あの戦いから三ヶ月。
シュン達は新たな真魔法使い達との抗争に巻き込まれていた。
古代マルウーリラ最後の王が封印したガラの書。それに対を成すという、『もう一つのガラの書』を巡って――
「『エアロブラス――』」
「やめるんだユアナ!」
シュンの窮地に見かね、真魔法を放とうとしたユアナがリイクに腕を引かれ、制止された。
「リイク! どうして……!」
「ダメだ! 風は砂を吹き飛ばせるかもしれないが、飛散した砂がどう操られるかがわからない! 取り巻かれれば一網打尽にされるぞ!」
リイクの剣幕に、シオンが苦い顔をする。
「くっそぉ……! 厄介なやつね……!」
突如として学校に襲撃をかけた新たな敵に、彼らは苦戦していた。あまりにも不利が過ぎる属性、対抗策が得られずにいた。
金髪の男が黒縁の眼鏡を指で押し上げ、右手を高く掲げた。
「さぁ潰れてしまえ! 砂の竜よ、のし掛かれ!」
その巨体を使い、三体の竜がグラウンドへと倒れ込む。
シュン達は散開し逃げ惑うも、集中的に狙われたシュンの元へと、回避不能な範囲をもって三体が同時に倒れ込んだ。
シュンが決死の覚悟で腕を眼前に、魔力障壁を張った、その瞬間――
「阿呆だな……」
「……!?」
彼の目の前に、信じられない姿が映った。
白い戦闘服に身を包む、白髪の大きな背中が、彼の前に現れた。
「『破吸・導引』……!」
「なんだと……!」
空にいた金髪の男が驚きに目を見開く。
突如乱入した男が放った黒い空間が加速度的に巨大化し、砂の竜を跡形も無く呑み込んでいた。
「笑止、砂などはたかが『物』だろう。我が『闇』の前には、吸い込まれて消えゆくのみだ」
邂逅した―― 巡り会った背中にシュンは叫ぶ――
「レラオン……!」
首を後ろへと向け、ニィと笑ったレラオンが、
――シュンの顔面を蹴り飛ばした。
「何をやっているシュン! このようなザコに仕留められようなど認めぬぞ!」
「って、てめぇ……!」
切れた口元から垂れた血を拭い、シュンは目つき鋭く口の端を上げた。
「レラオン様! 爆散させます! もう一度『導引』を!」
赤毛の少女が駆けより、その姿に四人の視線が集まった。
「アスタリッド……!?」
「あの子…… 生きて……!」
リイクが驚きに名を呼び、シオンが言葉を詰まらせた。
「ふははははっ! そこで指を咥えて見ているがいいシュン! 貴様などとは比べものにならぬ、この私の実力をなぁっ!」
地を蹴り、レラオンが一気に空へと舞い上がる。
「ってんめぇ……! 黙って見ているわけないだろっ!」
その姿を追い、シュンが空へと飛んだ。
いがみ合い、争う二羽の鳥は、その両翼を空へと並べた――




