19.彼女の歯車
アフターバーナーを噴く戦闘機が機体に捻りを加えながら宙返りし、無人機ならではの急激なターンを見せて戻ってくる。
ジュードが乗るコックピットに被ロック時のコーションが鳴り、直進する戦闘機の両翼からミサイルが放たれた。モニター正面に映るミサイルと戦闘機、ヒトデマンのシステムが二つの目標を赤いロックマーカーで囲む。
「しゃらくせぇ!」
ジュードの怒声とともに、ヒトデマンの胸部バルカンが振動と唸りを上げ、二つの目標をもろともに破壊した――
「ふぅ……」
煙とともに、鉄の破片となった戦闘機が地表へと落下していく。全機撃破、機体の損傷は軽微。任務続行に問題は無い。
「へっ…… こいつはもらったな」
ジュードは意気揚々と、レーダーに映るアンダースロー号に向けて操縦桿を倒す。
今のこの局面でさえも姿を見せる様子の無い『新型』。ならば故障か命令か、出てこれない状況にあるのだろうと推測も立つ。
倒した無人機はすでに五機。哨戒戦力は大したことはない。後は艦砲射撃にさえ気をつければ、撃墜には至らずとも無視出来ない程度の損害を与えることは難しくないだろう。
しばらく航行が危険な状態にさえ追い込めれば、アンダースロー号はブルーノート基地を頼り、そちらへと舵を切る以外に無い。
あとは迅速に増援をかけ、基地へと入る前に囲んでしまえばそれで終わる。出てこない『新型』もろともに、アンダースロー号はサバンナに沈むだろう。
勝利を確信し、そろそろと映るだろう戦艦の機影へと直進していくジュード。
――空の彼方が、白くきらりと光った。
「なんだ……!?」
凄まじい速度で飛来する、『新型』。
「新型!? 動けやがったのか―― うおぉっ!?」
一切速度を落とさない新型が迫り、すれ違い様、一瞬にしてヒトデマンが新型のハンドキャノンにまみれた。
重厚な装甲が冗談のように砕け舞い、爆煙とともにヒトデマンが落下していく。
バサリと、脱出したジュードの真上に、『SORRY』のパラシュートが広がった――
――ジュード中尉、この後退役。
家業の農家を継ぎ、お髭のジュードおじさんとして近所の子供に親しまれたという。
朦朧とした意識を晴らす間も無く、シェリーに対するタンバリンマンの猛攻は続く。
劣勢に沈みそうになれども、彼女の両手は操縦桿を離すことなく、サーベルの斬撃から身を守り続けていた。
『やるではないか……! だが――』
「……!?」
しかし、容赦無く責め立て続けた青いヒトデマンの斬撃が、ついにマーメイドの電磁スピアを弾き飛ばす。
『これまでだ!』
気合いとともに放たれた剣に、マーメイドの左腕が飛んだ――
「っ…… 腕が……!」
『メインウェポンがなくなったな、もうまともな戦いはできまい』
パルスガン。中近距離で運用可能な兵装を積んだ左腕が、落下する電磁スピアを追うように地表へと落ちていく。
「くっ……!」
『やらせん!』
回避、後退しようと尾のブースターを操作するシェリーに対し、移動方向へと先読みして動いたヒトデマンがまわりこみ、回し蹴りを決める。
「うぁっ……!」
衝撃に揺れるコックピット内。シェリーは途切れそうになる意識の中、なんとか空中で体勢を立て直す。チラチラと目の前を揺れる光の粒に頭を振り、睨んだモニタの先で――
ヒトデマンが連装砲を構え、静止を見せていた。
『さぁ、交渉の時間だ』
ぴくりと、シェリーの眉が動く。
『ここで始末されるか、捕虜となるか、どちらにする?』
「もう勝った気…… なの?」
一息で攻めきれる状況での停戦、愉快ではなかった。
『私はガンダラーのエースなのだよ、今の状況での勝負の行方くらいは読めるさ。君は…… 違うのか?』
――エース……
シェリーの脳裏に、一人の男の姿が浮かび上がった――
群青の下、まばらに土嚢が積み上げられた荒れ地を、緑にペイントされたヒューマノーツ―― 訓練機がホバリングする。
遠く、土嚢の向こうにターゲットがホログラム出力され、真横へと滑り出した。
「……っ、そこ!」
土の上に膝立ちになった訓練機が、手に構えたマシンガンを予測射撃する。
一つ、二つ、三つ、次々と現われる移動式ターゲットを、この年十四歳になる、乗り始めたばかりの少女が撃ち落としていった。
ようやくと身長が足りるようになり、シミュレーターを卒業した彼女は、実機になってもまったくとその実力に陰りをみせなかった。
誰しもが認める溢れんばかりの才能。シェリーという少女は、軍士官学校最年少の乗り手にして、学内に知らぬ者は無い実力者。将来を期待された子供だった。
「ふー」
訓練が終わり、着慣れない制服の襟を緩めた彼女はコックピットを開く。機体を停めた滑走路のアスファルトを伝い、ぬるい風が彼女の頬を、髪を撫でた。
シミュレーターとは違い、実機には移動の際の負荷がある。まだ幼い体には堪え、そして制服に仕込まれた自動で可変し、下半身を空気圧で締め付けてくる装置が気持ち悪かった。
ベルトを外し席を立つと、真下に昇降機に乗った教官と、その脇に見知らぬ大人が立っていた。制帽に作業着を着た教官とは違い、上から下まで紫の軍服の男。その大人は、彼女へと拍手を送っていた。
「誰……?」
軍隊の人間ではあるらしいが、おおよそ軍人には見えない。
細身で優しそうな顔をした大人は、筋肉だらけの人間ばかり見てきたシェリーを若干にしろ魅了した。
「喜べシェリー! 君の成績を話したら軍の方が取り合ってくれてな! 凄いお方が会いに来てくださったぞ!」
「はぁ、誰ですか?」
『凄いお方』と言われても、それが誰なのかはさっぱりわからなかった。
軍が自分を贔屓目に見ているということは聞いている。だが、あいにくと彼女の興味はどうすればヒューマノーツをうまく動かせるのか、うまく戦えるのか、そこにしかなかった。たまに訪れる軍人の顔や名前さえも、その場限りでいちいち覚えてなどいない。
シェリーを見上げる教官が、呆れ顔で声を張る。
「エルドラードのブルー少佐だ、写真くらい見たことあるだろう!」
「……少佐? 少佐って…… どれくらい偉いの?」
がっくりとうなだれ首を振る教官が、昇降機を操作して彼女のコックピットへと近寄る。近寄り切らないうちに、彼女はひょいと教官の隣へと飛び乗った。
「お前まさか…… うちのエースパイロットも知らんのか?」
「エース? 軍ってトランプの名前がついた部隊とかあるの?」
真顔で不思議そうに聞く少女と、ため息を付く大人。そのやりとりに、下で見ていた軍人が噴き出した。
慌て、昇降機を下降させていく教官。軍服の男と、彼女の距離が近づいていく。
「ははっ…… 面白い子だね。よろしく、シェリー」
昇降機の上に乗る彼女へと、握手の手が伸びる。
シェリーは優しそうな笑顔を見せるその大人の手を、少し遅れて取った。
――その人との付き合いは、そこから始まった。
彼女の人生にとって、かけがえのない日々の始まりだった。




