18.火花散るレンジ
「まずい……!」
「あん?」
青いヒトデマンとマーメイドの接近にダテが呟く。聞こえたジミーが顔を向けると同時、ダテはモニターを見ながらに鋭く問う。
「ジミーさん! あの機体、これまで出撃は!?」
「そりゃ数回はあるが……」
その答えに、ダテの目元が険しくなる。
『大将、何がまずいっスか?』
火急を感じ取ったクモが、ダテの肩から身体を前傾させ、彼の顔を覗き込む。
『やばいぞ…… 見透かされてる…… やっぱりあの青いの、相当に上手い!』
『え? え? どういうことっス――』
『緊急警報! 緊急警報! 敵機体接近中! 敵機体接近中――』
『ほわっ!』
格納庫内の鉄板に反響する緊急警報に、クモが飛び上がる。
スピーカーに向け、ジミーが顔を上げた。
「敵機体接近……!? あの赤い方のヒトデマンか!」
走り出し、柱へと取りつき、ジミーは備わった受話器をぶん取った。
『な、なるほど…… 一匹逃がしてこっちに向かわせたんっスね……!』
一連の流れは映像が捉えていた。クモはダテの言わんとすることを理解出来たと思念を送る。
「え?」
しかし、当人は今の事態を、うまく把握出来ていない様子だった。
『あり……? 『まずい』って…… 敵の作戦を見抜いたんじゃないんスか?』
『いや…… 俺は、この戦いがまずいと――』
噛み合わない見解、それが解けぬままに――
「ダテ! 甲板から戦闘機飛ばすぞ! 手伝え!」
「っと、は、はい!」
『わわっ!』
ジミーの怒鳴り声にダテが跳び上がり、クモが肩から放り出される。
『な、なんか…… シェリーちゃんがまずいっスか……?』
駆け出すダテ、散開するツナギ達、呟くクモ――
「待ってください!」
慌ただしくなりだした格納庫を、頭上からの大声が静止させる。
――『SM01』のコックピットが開き、ジェイルが身を乗り出していた。
「邪魔だよ!」
右腕を前に、手のひらからショットガンを放つシェリー。広範囲に広がる弾丸に、タンバリンマンは大きく旋回して回避運動を取る。
その隙に彼女は、腰に格納された近接武器、『電磁スピア』を抜いた。アンテナ式に柄が展開され、槍は瞬時に長さ十メートルに達する。
『かかったな……!』
「……!?」
自らにジャイロをかけるような、横回転とともにつっこむタンバリンマン。ジェイルとの戦いの際にも見せたその急加速が、マーメイドとの距離を一息に詰める。
――しまった……!
左手のサーベルによる凄まじい勢いの斬撃が、マーメイドに襲いかかった。
『マーメイドの出撃は今で四回目だ! 君の機体のデータは揃っている! 超至近距離、近接戦闘可能な武装に乏しいというデータもな!』
槍と剣―― それは戦いの場数を踏んだ者であれば、いや、未経験な者であろうとも理解可能な用途の差異。都合一体のみの特殊機体であり、強力さゆえに一体複数の戦いを想定して作られたマーメイドは、近接武器にさえも攻撃範囲の広いスピアを採用されていた。しかし、その長さから来る取り回しの悪さは人と人の戦いにおいてと変わらず、密着は命取りともなる。
今のヒトデマンとの距離は、絶対に入られてはならない間合いだった。
「くっ…… このっ!」
斬撃をスピアで弾きつつ、間合いを取ろうと動くシェリー。密着されようとも、高機動なマーメイドであれば脱出の機はある。それも計算に入れてのスピア採用だ。だが、タンバリンマンは先を読むかのように、からみつくかのように攻撃を繰り出してくる。
――は、離れられない……!
『残念だったな! 私はヒューマノーツよりも、剣の腕の方がたしかなのだよ!』
まさに達人という、武器同士が磁力でも帯びていると錯覚しかねない、ほぼと離れない剣の裁きにシェリーが翻弄される。
そして、微細な斬りつける攻撃から一転、タンバリンマンは大きくサーベルを引き――
「……!?」
その突きの一刺がマーメイドが構える槍、柄の下方へと滑り、止められた。
「もらった!」
サーベルが柄を弾くように跳ね上がり、槍が腕ごとかち上げられる。
同時、ヒトデマンの右の連装砲がコックピットへ―― シェリーの眼前へと伸びた。
「なにを……!」
シェリーは三本の操縦桿にて、無理矢理機体を前へと倒す。
連装砲より、放たれる砲弾――
肩部、胸部を穿たれ、マーメイドが前傾したまま宙を滑る。
昏倒しかねない衝撃がシェリーのコックピットを襲った。
『とどめだ!』
バランスを崩したその隙を逃すこと無く、背中から青い炎を発したヒトデマンがマーメイドへと直進、サーベルを振りかぶる。
「エースには…… 意地があるんだよ!」
肩部ダブルカノン―― 肩口から二つの砲塔がパージされ、迫ったヒトデマンの行く手に飛んだ。
『むぅっ……!』
どう、と音を立て、タンバリンマンは勢いを殺せぬままに投げ捨てられたダブルカノンへと接触。シェリーはすかさず三本目の操縦桿をくの字に曲げ、背中のブースターを最大出力で噴かす――
「うりゃあっ!」
マーメイドの巨体が凄まじい勢いの前方回転を見せ、ヒトデマンの頭上へと長い尾を降らせる。
『ぐあっ……!』
叩き付けられた衝撃に、下方へと落ちるヒトデマン。
だが、タンバリンマンは制御を失った機体を揺り戻し、数十メートルの落下にて復帰を見せた。
『やるではないか……! 「人の足」では考えられない動きだ!』
起死回生の反撃により難を脱したマーメイド。しかし、コックピット内には機体損傷によるアラートが鳴り響く。
そしてもう一つ、無音のアラート。
――まずった…… かな……?
衝撃に続く無理な回転運動により、シェリーの意識が混濁していた。
「戦闘機部隊、苦戦! 残り三機! ヒトデマン! 尚も接近中!」
「艦砲射撃スタンバイ! 接近距離二千より迎撃開始!」
タンバリンマンのもとを離れ、単機で攻め入ってくるジュード機。その凶悪な機体の接近に、アンダースロー号のブリッジは混乱の様相を呈していた。
「やはりスペックが違い過ぎます。哨戒戦力ではヒトデマンタイプを相手にすることは困難かと……」
艦長の脇に立つ若いクルーが、苦々しげに戦況を評する。
ガンダラーの主力ヒューマノーツ、『ヒトデマン』は恐るべき機体だった。連装砲を取り付けられた右腕、ブレードへと形状を変化させる左腕という、必殺の威力を持つ武器だけに非ず、胸部バルカン砲を始めとした対小型戦力用の細やかな兵器をもその巨体に内包している。
人間のように自在に向きを変えられる両の腕、前後左右の動きを可能にする背中と足のブースター。戦車すらも比較対象にならない重装甲。巨大さゆえに搭載出来る大規模演算装置。決してお飾りでは無い、二足歩行の勇姿がそこにある。
アンダースロー号を飛び立った哨戒戦力―― 前面だけに攻撃範囲を持ち、迂遠な旋回による一撃離脱を繰り替えさなければならない無人戦闘機には、荷が重すぎる相手だった。
艦長は座席に座ったまま、右腕を挙げる。
「百八十度回――」
「格納庫より入電! 出撃用ゲートを開く! 出撃用ゲートを開く!」
「何……!?」
今まさに出そうとした撤退命令。遮られた艦長のモニターへ、格納庫から『CALL』が入る。
『よう、艦長』
繋いだ先に、長年見知ったエンジニアの顔が映る。
「ジミーか、お前どういうことだ?」
『どういうことも何もあるか! このままじゃ艦がやべぇ! 出撃させる!』
「勝手なことをするな!」
『ヒューマノーツの相手はヒューマノーツにしか出来ん! パイロットじゃなくてもそれくらいはわかってるだろうが!』
正直に言って、艦長はこの男が苦手だった。
職人気質にして実際に腕もいい。しかし軍属でも無いのに、こうしてことあるごとに指揮系統を無視した行動を起こそうとする。その上で、その問題行動が結果的に大抵正しいところが苦手に輪をかける。
「ダメだ、新型は――」
『誰が修理中の機体を突っ込ませるか! ヒトデマン一機なんざ従来型で充分だ! うちのパイロットに三機でつっこませる、いいな!』
「……従来型……?」
その提案は、予想の外だった。先ほど一度あった若いクルーとのやりとりから、ジミーは新型を出そうとしているのだと思い込んでいた。
従来型三機――
――失うコストは高いが…… 時間稼ぎの置き石には、悪くない。
「……許可しよう。出撃後、艦は後退させる。合図を出せ」
眉を怒らせるジミーにそう告げ、艦長は通信を切った。
「あの野郎…… やっぱ捨て駒バラ撒いて撤退する気だったか……!」
「ジミーさん、結果は?」
苦い顔で、ダテに親指を立てるジミー。
それを見たダテは、カタパルト上のシャイニングムーンへと振り返り、親指を立てた。
「ありがとう…… ダテさん、ジミーさん……」
ジェイルはコックピットのカメラに映るダテ達へと微笑む。明らかな命令無視、問題行動。
助けに行きたいとのわがままに応え、艦長を欺く無茶な手段を考えてくれたダテ。その手段を実行に移してくれたジミー。つきあってくれた二人に感謝する。
「SM01! シャイニングムーン、出撃!」
掛け声とともに、カタパルトが火花を上げて格納庫を滑る。
ジェイルを乗せたシャイニングムーンは、一瞬にして大空へと消えていった――




