16.人魚の機士
オートリフトを始め、様々な大型機材が隅へと追いやられた格納庫。
普段よりも広く感じる空間の壁際、起立する『SM01』の前に彼らはいた。
「の、乗るんですか? 僕が……?」
「君の他に誰が乗るのかな?」
同様するジェイルに対し、シェリーは「頭でも打ったの?」と、言わんばかりに首を傾げる。
「い、いえ…… 最高性能の『新型』なんですから、中尉が乗ったほうが……」
修復中である『SM01』。あの日受けた損傷は、あとは頭部レーダーのパーツを待つだけの段階まで回復していた。ターバンを模したような膨らんだ頭部には、複雑に絡み合う数百のレーダーが備えられており、現段階でもその八十パーセントが機能している。乗るには問題無く、壊れているレーダーの性能さえも、従来型に比べれば遙かに高い。
建前上はジェイル専用機となっていても、今そこにこだわる理由は無いように思えた。
「ふっふっふっふっ……!」
シェリーはジェイルに背を向け、格納庫の柱に待機するジミーへと手を挙げる。
「ジミーさん! 降ろして!」
ジミーが頷き、格納庫の壁際に立つツナギ達へと視線を送る。周囲を見渡し、安全を確認したツナギの一人が手を挙げると、ジミーは柱のパネルを操作した。
重い駆動音とともに、格納庫上部からゴッという金属がぶつかり合う振動が響き、ジミーの隣に待機していたダテが顔を上へと向ける。
「おおっ……!」
天井の中心部が降下を始め、土台に寝かされ、仰向けになった一体のヒューマノーツが降りる。降りきった天井は縦に回転し、その水色の機体を垂直に置いた。
現われたのは一本の大蛇のような足を持つヒューマノーツ。実在を疑われていた新機構機体――
「『マーメイド』……! 搭載されていたのか……!」
高さ六メートルの人型の上半身を、長さ十メートルの尾で支えるその異様は疑いようも無い。初めて目にするその幻の機体に、ジェイルは思わずと興奮を覚え見入った。
「ふふん、悪いね。一応緊急時の決まりだから来てもらったけど、キミの出番は無しだよ。整備不良の機体で出撃なんて許されないからね」
「中尉……」
強気な顔でジェイルの眼前に人差し指を振るシェリーに、ジェイルは内心ほっとした。てっきりこのまま有無を言う間も無く出撃させられる―― そう思っていたが、彼女にその気は無いらしい。
彼女の実力はこれまで嫌というほど見ている。少し情けなくも、並んで飛ぶには足手まといな感もあった。
「ダテ! 中尉をリフトでコックピットまで運べ!」
「え? は、はい!」
呆けていたダテは言われて焦ったように壁際へと走り出し、フォークの充電コードを引き抜くと座席へと乗り込む。ダテが乗り込むや否や、シェリーはパレットさえ咥えていない、リフトのフォークへと足を乗せた。
「突き刺すんじゃねぇぞ!」
労働安全衛生法違反にして、直に見られてしまったら労基局でさえも、お目こぼししてくれるかは微妙な形で運搬されていくシェリー。マーメイドの正面にてレバーを引いたダテの操作に合わせ、彼女の体が上昇していく。
シェリーは高所に臆することなくフォークの先端へと歩き、マーメイドの胸部ハッチを開いた。
「ジェイル少尉はシャイニングムーンに搭乗後待機! 一応ここにはいるんだよ!」
言い残し、シェリーはコックピットへと飛び込む。
「ダテ! 離れろ!」
言われて即、ダテのリフトが後退から旋回し、壁際へと戻っていく。
「ゲート開くぞ! 全員マーメイド出撃まで動くな!」
複数重なるツナギ達の返事に、ジミーが再びと柱のパネルを操作する。
重苦しく、格納庫のゲートが稼働を始め、上から下へと、射し込む光とともに空の青さが晒されていく。
ゲートの枠外に取り付けられた赤く輝くランプが、緑へと変化を遂げた。
軽くとぐろを巻いて機体を自立させていた、多関節の尻尾が生き物のように揺れ動き、マーメイドを前進させ始める。そして――
『マーメイド! しゅっつげきー!』
機体のスピーカーよりシェリーの声が鳴り響く。
背中のブースターを一つ噴かせたマーメイドは、あっという間に空の彼方へと消えていった。
「うむ…… あれはあれで、かっこいい……」
その光景を茫然と見送るジェイルから遠く、ダテがぽつりと呟いていた。
――ブルーノート基地、訓練エリア。
砂漠化が進み、動植物がいなくなった地帯を利用して設けられたそのエリアは、街近くに置かれている基地より約百二十キロ離れた場所に位置する、エルドラード有数の大規模演習可能な訓練エリアだった。
今はその場所に、青いヒトデマンと、赤い二機のヒトデマンが飛ぶ。レーダーに捕捉されていることは承知の上。しかし構うことなどはない。
現時点でガンダラーのヒューマノーツには、『無制限の航続距離』という、この戦争初期にエルドラードより奪取した、機構上の絶対的なアドバンテージがあった。
今回の任務は一撃離脱。新型を搭載したアンダースロー号の撃墜にある。任務を短期決戦で完遂し、全速でこの空域を離れてしまえば、レーダーに捕らえられていようと追われることは無い。
それはこの戦争で、これまで何度となくガンダラーに戦果をもたらしてきた強襲電撃戦のスタイルだった。
「予測通りだな…… 艦の補給と新型の修理、一度にこなせる場所ならばここを選ぶとは思っていたが……」
青いヒトデマンのコックピット内。緑の軍服に身を包んだ、整った癖毛の男が呟いた。
『タンバリンマン大尉。大尉の機は大丈夫なんですか?』
コックピット上部のスピーカーより、後方を飛ぶジュード機からの音声が入った。
「問題無い。私の機体がお前達と違うのは、ブースターとカラーリングくらいだ。機体の損傷はパーツを取り替えるだけでこと足りる」
『……いつもながら、それでどうしてそこまでの性能を……』
「お前達は機体に頼り過ぎなのだよ。人型の機体なのだ、人である自分の身を鍛えることを忘れぬことだな」
『……そういうものですか』
伝わらないとはもどかしいものだなと、タンバリンマンは思う。
彼らの駆るヒトデマンは、陸海空、得意とするフィールドも無ければ目立った特徴も無い、汎用型のヒューマノーツと言えた。その特徴の無さこそがヒトデマンの長所であり、癖の無い性能は、ダイレクトに人の動きを模倣する。
パイロットの技量を大きく反映出来るこのヒトデマンに、タンバリンマンは何より目をかけていた。
「だが…… これもこの出撃を機に、乗り納めだろうがな……」
『はい?』
「いや、こちらのことだ。それより、お前達こそどうした、一機足りないのではないか?」
背後を飛ぶ赤いヒトデマンは二機。ジュードのチームは長年三機でやってきていたはずだった。
『……ミッシェルが、退役しました』
「は……? 前回の失敗で怪我でもしたか?」
若干重苦しいジュードの声に、思わずとタンバリンマンは真顔でスピーカーを見上げる。
『人間関係が嫌になったそうです。今は故郷に戻り、施設警備員をやってのんびりしているそうです』
深く追及することはせず、タンバリンマンは空気を読んで「そうか」とだけ言っておいた。ジュードからも、『……はい』とだけ、短く返信があった。
なんともいえない沈黙の直後、タンバリンマンのモニターにもう一機のヒトデマン、デズモンド機からの『CALL』の文字が浮かんだ。
『大尉! 前方に反応が!』
その一報にタンバリンマンは、即座にコントロールパネルのレーダーへと目線を送る。報告通り、進行方向前方より接近する、敵勢力を示す赤い光点がある。
「……判断が早いな。攻め入る隙は、あちらも認識していたということか……」
二本の操縦桿、かけていたトリガーのセーフティーをオフにする。
「対応するぞ、気を抜くな」
僚機から送られる『了解』の声。
「『新型』一機でしかけてくるか…… 舐められたものだな」
一つの赤い光点は、まっすぐに彼らのもとへと迫っていた。
空飛ぶ鉄箱、アンダースロー号上部ブリッジ。
機体中央部に作られた鉄張りの部屋には、左右前方の巨大な三面のモニターが外を映し、その下方には横長の机に置かれた機材に張り付く、十数人のクルーの姿がある。
そのCIC(戦闘指揮所)としての様相は、艦が空を飛ぶ時代になっても代わり映えのしない格好だった。
「艦長、あの青いヒトデマンは間違いなくタンバリンマン大尉でしょう。シェリー中尉一人に出撃させていいのですか?」
ブリッジ後部、一段高くなったフロア中央の座席に着く艦長へと、脇に立つ若いクルーが尋ねた。
「他に手はない…… 彼が相手では、戦闘機や従来型のヒューマノーツでは対応できん。無駄死にになるだけだ」
「……ならば、シャイニングムーンを」
『出撃させましょう』、その伏せた意見に対し、艦長は前方のモニターから目を外すこと無く言う。
「損傷した機体で素人に出撃などさせられん。我々の任務はあれを無事に本部へと届けること…… 助かるためであれ、失うわけにはいかんのだ」
「っ…… わかりました」
無感情に告げる艦長に、クルーは制帽のつばを抑え顔を逸らす。
艦の命運が、年若いエースパイロット一人にかけられる。その遣る瀬の無さは、時に多くの艦の者達にとって、つけようのない割り切りを強いていた。
青一色に染められたマーメイドのコックピット内。二本の操縦桿と、他機種には無い三本目―― 尾の形状を変化させる多関節レバーを操作するシェリーのモニターに、遠く三機の機影が映った。
黄土色のサバンナに低く浮かぶ、青、赤、赤。
――青いヒトデマン…… ガンダラーのエース。
相対するのは初めてにして、その実力は聞き及んでいる。ガンダラーにヒトデマンがもたらされる以前からその才は注目されており、以降目覚ましく活躍を見せ、近年エースとして申し分無い戦果を挙げているという熟練のパイロット。
その青い機体に、シェリーは口の端を上げた。
「さぁ、そちらのエースの実力! 見せてもらうよ!」
シェリーの指がコントロールパネルをすべり、武器を選択する。
マーメイドの背中に背負った、ランスのような二つの長い砲塔が稼働し、両肩へと移動する。金属の重い打音と振動がコックピット内部を震わせ、モニターが発射可能サインを告げる。
「開戦!」
距離九百メートル。二門の大口径エネルギーカノンが光条を轟かせた――




