14.ロボットにおけるロマンの形
「――ってなわけでうまく逃げたと思ったんだが、結局見つかっちまって…… 気づいたら作業員になってた」
「そうだったんですか……」
疲れ切っていたジェイルを部屋に招きいれたダテは、簡単に、適当にこれまでの経緯を話しておいた。彼を置き去りに勝手にいなくなった手前の釈明のようなつもりだったが、ジェイルは特に追及することもなく、素直に信じた。
『自分は新型が置かれていたあの倉庫の雇われ作業者で、休憩中にコックピットの中で昼寝をしていた』
怪しさ満点のこんな話を信じるジェイルは、相当に純粋なのだなとダテは思う。
「んで、ジェイルっつったっけ? もう大丈夫か?」
「え、ええ…… すいません、お騒がせして……」
「どうせ暇だしかまわんけど、何があった?」
ダテは昨日ぶりに対面した、『主人公』の顔を改めて確認する。ジェイルの顔には、頬や目元に結構なアザが出来ていた。
「実はあの日、勝手に新型に乗ったことが犯罪になっちゃってて…… 今はその償いのために軍隊に入れられてるんです」
「あ、ああ? 軍隊に……?」
「ええ、この艦がエルドラードの首都に着くまでの、短い間だけでいいらしいのですけど……」
「そ、そうか…… 町を守ったってのに、それは気の毒に……」
今知ったばかりという風を装うダテ。彼の演技力は残念ながら並である。
「ありがとうございます…… それで格好だけでも、軍隊に入ったからにはと訓練を受けさせられてるのですが…… 上官の、シェリー中尉が厳しくて……」
「シェリー……?」
はたを飛んでいたクモが、ショートカットやおっぱいな身振り手振りをする。ジェイルには見えていないその存在に、ダテはジト目を送った。
シェリー中尉。もちろんダテは把握している。昨日出会い、今日のクモからの報告にも、その名前は何度と出ていた。
「会ったことはあるけど…… 厳しいのか?」
その問いかけに、ジェイルはぐったりとうな垂れる。疲れているのか厳しさを思い出したのか、肩が小刻みに震えていた。
「……厳しいなんてものじゃないです。僕は今日、ヒューマノーツのシミュレーター訓練をやらされたのですが――」
実写を織り交ぜたCGによる荒野。
ジェイルはその仮想空間の空に向け、敵影を求めて激しくカメラを振る。
モニタの外枠から、青い物体が飛び込んだ――
「そこっ!」
距離二十メートル。目標がモニタに映り、秒を待たずにかかるロックオン。それよりも早い速度で反応を見せるジェイルが、左腕武器、単発式のハンドキャノン三発にて目標を打ち落とす。
「えっ……?」
パラパラと、青い破片が飛ぶ。予想外に小さい破片の形状に、『手のひら』を見たジェイルは目を見開いた。
『甘いんだよ!』
ヘッドホンのスピーカーから衝撃音が鳴り、座席が背中を突くように動作する。
続き、暗くなるモニタに「FAILED」の文字が青く浮かびあがった。
「負けた……」
ジェイルは茫然と、その文字を見ながらヘッドホンを外す。
撃ち落としたのは、シェリーの機体の『腕』。それに気を取られている間に、彼女の『本体』は背面に回り込んでいたのだと理解した。
ほどなく対面側の筐体からガタリと物音が聞こえ、コックピットの左側を覆っていた暗幕が引かれた。射し込む照明の光とともに、シェリーのニッコニコ顔が飛び込む。
「ふむぅ、中々の腕だったよ、ジェイル少尉」
ドヤ顔で顎を少し上げ、仁王立ちに腕を組むシェリー。
慌て、ジェイルはコックピットを降りて筐体の外に飛び出し、彼女に敬礼した。
「ありがとうございます!」
「……そこは敬礼するとこじゃないんだよ?」
小首を傾げるシェリー、敬礼のタイミングは結構謎。
「私と戦って、損傷率を三割も与えた相手は久しぶりだよ。士官学校はいい兵士を育ててるね」
誉められているのか皮肉なのか、ジェイルには判断がつかなかった。彼からすれば、三割「しか」与えられなかった相手は初めてだ。
柔らかい物腰や優しい顔立ちから、おおよそ兵器など扱えるようには見えないジェイル。その実、彼の腕前は士官学校の教官達でさえも、対戦には難色を示すほどである。
ジェイルにとって今の対戦は、これまでに経験したこともない、圧倒的な格上との戦いだった。
「……まさか片腕を丸ごとパージして囮にするとは思いませんでした。そんな使い方見たことがありません……」
「普段はやらないよ。ただ、実戦ではそういうことをする相手もいるってことを、体感してもらいたかっただけなんだよ」
「そ、そうですか……」
色々と考えてくれているのだなと、ジェイルは思う。
二つ下にして、いくつもの戦いをくぐり抜けてきたのだろうエルドラードのエースパイロット。たった一戦だけの指導にしても、得られたものは多い。
可愛らしい見た目に反した、話の通じないゴリゴリの軍人なのかと思っていたが、ジェイルの中で彼女の印象が少し変わった。厳しくも思いやりのある、立派な人なのではないかと。
「うん、それじゃあ……」
すっと、一足至近距離に詰め寄られ、少し低い目線から彼女の香りが漂う。
ジェイルはその所作に、ドキリと――
「ぐふっ!?」
――する間もなく、横っ面を殴られて地面にドサリとなった。
「な、なんで!?」
二回目に殴られ、二回目に同じモーション。頬に手を当てて、殴られたあとの島木●二のような格好と心境になる。
「最後のやられっぷりが無様だったんだよ! シミュで脱出が間に合わない負け方をした兵士は制裁なんだよ!」
「そんなむちゃくちゃな!」
もう一発と、左足で脇腹を蹴られるジェイル。ぷんすか可愛いが、ものすごく痛い。
ジェイルの彼女への印象が、変わったばかりでもとに戻った。ゴリゴリの位置である。
「死ぬよりマシなんだよ! 自分が死んだら自分を育ててくれたみなさんの血税がパァになる、その自覚が必要なんだよ!」
僕を育ててくれたのは血税ではなく、実家の稼ぎなんですがと思うジェイル。でも父は軍人だったので、その辺りは微妙。どちらにしてもこれ以上の制裁は怖いので口はきけなかった。
「さぁ! 引き続き訓練だよ! 悔しかったら私を一瞬で撃墜してポカっと殴るんだよ!」
「え……?」
「さ、始めるよ!」
思わぬフェアネスを言い放ち、シェリーは倒れたままのジェイルを置き去りに、さっさと筐体へと戻っていくのだった。
「それで、負けまくったと……」
「はい、体中打ち身だらけです…… おまけに精神が弱いと筋トレまでさせられて……」
ちゃぶ台に突っ伏するジェイル。
メソメソする彼のその腕は、筋トレのせいでぷるぷると震えていた。
「……全然、敵わなかったのか?」
「勝てるわけないじゃないですか! 相手は本物のエースパイロットなんですよ! しかも、勝ったら勝ったで女の子を殴らなきゃいけないなんて言われて、それで勝とうって思えるわけないでしょう!」
「だよなぁ……」
こいつには無理そうだよなと、ダテは天井を仰いだ。どこから入り込んだのか、小バエが一匹裸電球の傘の周りで八の字を描いていた。
「……? 相手の脱出が間に合う勝ち方なら、勝ってもオッケーなんじゃないのか?」
「……そんな手加減、出来ると思いますか?」
「……さもありなん」
ぐったりとちゃぶ台に置かれたジェイルの頭を見ながら、ダテはずずっとお茶をすすった。
「お茶どうぞ」
コポコポと、突っ伏しているジェイルの傍、湯飲みにお茶が注がれる。
「あ、すいません」
気遣いに顔を上げ、ダテに目を送るジェイル。左手を後ろの畳につき、右手に湯飲みを持つダテ。
「へ……?」
「明日はいいことありますよ、だいじょうぶだいじょうぶ」
振り返った彼の頭をぽすぽすと、妖精の小さな手が優しく叩いていた。固まるジェイル。
「……おい」
「はっ……!」
クモへと、ダテの睨みが入る。これまで半透明に見えていた妖精の体は、完全に視認出来る状態だった。
「まさかとは思うがてめぇ…… わざとじゃねぇだろうな……」
「いえ…… あの、気の毒だったもので、つい……」
――がばりと、ジェイルが身を起こした。
「『オーパス』! 幻の『妖精型オーパス』がなんでこんなところに!?」
「ほわっ!?」
左手でクモを握り、クモの右手を人差し指でつまんで上げ下げするジェイル。
「すごい完成度だ! 皮膚の継ぎ目すらも見えない……! この小ささで、CPUはいったいどこに……!?」
「あ、あの~」
先ほどまでと打って変わり、興奮した様子でジェイルがダテへと首を向ける。思わずと、ダテはびくりと肩を震わせた。
「ダテさん! このオーパスはあなたの……!?」
――『O-PASS』。
数年前に一般に販売を開始されたばかりの高度なAIを搭載した小型端末、その一連の規格の総称であり、今だ開発競争目覚ましい、エルドラード国が世に誇る革新技術の粋である。
持ち主の感情までもを読み取る、人と変わらない受け答えの精度。周囲の環境を読み取り、適切な答えを導く学習機能。そしてこれまでの端末同様のアプリケーションへの対応と、実体のあるロボットならではの現実への物理的なアプローチ。
現在市販されている形状は球体と猫型のみであるが、オーパスこそは二足歩行ロボットの夢を叶えた世界における、人類の更なるもう一つの夢―― 『お友達ロボット』のロマン実現の形だった。
※『O』はOFFERの意味だとか、OBEYの略だとか、色々と解釈されているが、公式な発表は無い。
――が、無論ダテはそんなことはまったくもって知らない。
ダテはわざとらしいため息を一つ、ジェイルから目線を下へと逸らす。
「……実は、そうだ」
「大将!?」
『何言ってんの!?』と言わんばかりにクモが振り返る。
「かつて俺が、生前の父親から譲り受けた、伝説のおーぱす? だ」
妙にしんみりとした口調で語るダテ。あからさまな嘘に、クモが呆れ顔をしていた。
「……妖精型オーパスは、昨年限定公開されたばかりのはずですが」
「ぐむっ……! は、発表前に、こっそりもらったのだ……!」
一瞬にして破綻する嘘に、ダテは頑張って嘘を塗る。
「……そ、そうなんですか……! それはすごい! お父様は名のある技術者だったのですね!」
「あ、ああ…… うん」
でも信じてくれた。ジェイルはいい子である。
そして無名のフリージャーナリストだった父親に、ダテは心ですまぬと詫びた。
「と、とりあえず、離してやってくれ。どっか壊れても俺に直せるかは微妙だ」
「は、はい!」
ジェイルの握っていた左手から、クモがひょろろろんっと舞い上がる。
「は~、びっくりしたっス……」
「すごい……」
その人と見紛う動きと、羽から舞い降りる金の粒子に目を奪われるジェイルには、先ほどまでの悲壮感は見られない。ダテはその表情に、気分転換くらいにはできたかと苦笑を浮かべた。
「ダテさん! この子ちょっとモニターに繋いでいいですか!?」
「へ? いいけど」
「よくねぇっス!」
実は結構なメカオタクだったジェイル。
ダテは彼に対し、「ロボットものの主人公だなぁ……」と、改めて思ったという。
この日を境にして、愚痴を聞いてくれたことと、互いに似たような境遇であることの親近感からなのか、ジェイルは毎日とダテの部屋を訪れるようになる。
『仕事』として色々都合がいいこともさることながら、礼儀正しく、嫌味なところの無いジェイルとの閑談は、ダテとしても悪い気はしなかった。
※『パージ』――切り離すこと。主にロボットものにおいては不要な換装をその場で切り離し、軽量化を図る行為を指すことが多い。軽量化による速度向上の利点は大きいが、機体のバランスに影響が出ることと、なにより「もったいない」のでいろいろな意味で勇気のいる、上級者向けの行動である。




