13.未来シミュレーション
下部に格納庫や機関室、そして例の懲罰房。上部には居住区やサロン、緑地や商店等をも揃える広大なアンダースロー号の内部。
シェリーに連れられたジェイルは、彼女に案内されるままに一つの部屋へと辿り着いた。
軍服のベルトについたポーチからカードキーを取り出した彼女が、扉の脇についたロックへとカードを通す。
「さ、はじめるよ」
広い一室の中央には、ジェイルも良く知るゲームセンターの筐体のような、二つずつで向かい合わせた四つの巨大な白い箱が鎮座している。
「シミュレーター…… 艦内にあるんですね……」
『訓練室』とプレートのかかっていた入り口の上部。
安いものであるはずがなく、まさかとは思っていたが、そこには士官学校にあるものとかわらない、最新式のシミュレーターが置かれていた。
エルドラード式のコックピットを完全再現したものであり、その大きさからも士官学校でさえ十基しか無い。それがここに四基もあるということは、いつも何人かで順番待ちとなる学生にとっては驚きだった。
「当然! 訓練機もあるよ! いずれはシャイニングムーンでの訓練もやってもらうけど、今は修理中だから今日はこれで訓練ね」
「は、はい……」
さぁさぁという感じで、シミュレーターに押し込められるジェイル。
コックピットに座った途端、有無を言う間もなく暗幕を引かれる。彼は仕方無いなという体で電源を入れた。
シャイニングムーンでの訓練。今シェリーはそう言った。
たった数日のみ、建前だけの少尉である自分に、そんな訓練を受ける意味があるのかと彼は思う。それ以前に、ここで訓練を受けさせられる意味もわからない。
だが、こうして学校にいない間にも練習を重ねられることはありがたく、エースパイロットからの直接の指導というのも、普通は受けられるものではないように思える。
正直を言えば、こんな所でまでなぜ乗らなければならないのか、そんな嫌気もある。
ヒューマノーツ自体も、それを操ることも、ジェイルはそれほど好きではなかった。いや、彼にとっては、好きだった頃がもう、過去のものになっていた。
彼自身の、個人的な想いの中で――
ジェイルは気を取り直し、せっかくの機会を活かそうと、映像が灯りだした巨大なモニターに集中することにした。
『じゃ、『対戦モード』ね』
声だけ聞けば到底軍人とは思えない、可愛らしい声色が上部のスピーカーから流れる。
前面のコントロールパネルを見るに、どうやら声の主は反対側の筐体に入ったらしかった。
「え? 『対峙戦闘シミュレーション』ですか? 僕と?」
『腕を見せて貰うには一番いいんだよ。さぁ! 選択選択!』
さっきのビンタが効いているジェイルは、言われて逆らえるわけもなく焦った指で『対戦モード』を選択し、トリガーを引いた。
こうしてシェリーとの訓練、『対戦』が始まった――
その日の仕事がお開きになり、食堂にて食事をとったダテは、自室へと戻ろうとした所でジミーに声をかけられた。
連れて行かれた先はだだっ広いアンダースロー号の隅の隅。中央の商店なども遠く、不便なため使われていない居住区の、人気の無い場所だった。
統一された薄い青壁の廊下。それに不釣り合いな形で取り付けられた木製のドアと、廊下に無造作に置かれた『第二ラウンジ』と書かれた青白の照明看板。最新鋭の空飛ぶ艦、しかしその場所は、隅で照明が薄暗く感じることも相まって、場末のスナックの入り口のような風情だった。看板に羽虫の死骸でも無造作に転がっていれば、もう間違い無いというくらいに。
「ほれ、呑め」
「はい…… すみません」
ドアをくぐった先は、暖色の間接照明が雰囲気を醸す、手狭なバーだった。ジミーの話によると、使われていなかった細長い部屋をクルーの一人が勝手に趣味で改装し、バーを始めたのだという。軍法会議ものの暴挙だが、上層部からはこういう場所も必要だろうとなんだかんだで承認され、今に至っているらしい。
――なんか呼び出されたと思ったら…… 酒か……
怪しげなバーの経緯や呼び出された理由はともかく、ウイスキーを目の前に出されて飲まない理由はない。グレンフレデリックという微妙にダテがよく知った酒は、名前も味も似通った一品だった。
「お前さん、日本人だな」
丸い氷の浮かぶ酒に口をつけたダテが、思わずと息と酒を飲む。
「しかも、純血の日本人だ。珍しいな」
「……ええ」
ダテは『珍しい』という部分には触れず、生返事だけを返した。
「日本人ってのは無駄に真面目で、よく働く。俺の目に狂いはなかった」
グラスをカランと鳴らし、胸ポケットから赤い箱を取り出したジミーは、中から取りだした一本に対してマッチを擦った。
「……あの時庇って、リフトマンとして雇ってくれたのは、日本人だからですか?」
「いや、雇ったのは純粋に使えそうだと思ったからだ。オートリフトが故障して、一本しかねぇのはお前も見てるだろ?」
今日の作業のほとんどの時間を、ダテはパレットに乗せたジミーの上下に費やしたが、ジミーの作業の傍ら、一人で作業をする昨日も見かけた金髪のツナギは、昇降機を使っていた。
ただの電動式の昇降機に見えたが、『オートリフト』というらしい。たしかに稼働が細かく、妙に動きのいい昇降機だとは思った。何か『オート』と呼ばれるだけの、未来技術が詰まっているのだろうとダテは思う。
「お前が今乗ってるのは、俺がもしものために運び込んでおいた、旧式のクソみたいなリフトだが…… 今の時代、全手動のブツをあんなに乗りこなせるやつがいるとはな。期待以上っちゃ期待以上だ」
充分乗りやすいリフトだったと、ダテは思う。ダテの『世界』においては、フォークの中心部から差し位置を示す赤外線が照射されないものも、レバーが二本しかないものも当たり前なのだ。
先にグラスを空けたジミーが、バーテンにお代わりを頼んだ。
「……昔、俺にあれの乗り方を教えてくれたのは日本人だった」
口から煙を吐き、遠い目をしてジミーは語る。
「もうとっくに死んじまったが、今の俺があるのはあの人のおかげだ」
ダテは何も言わずにおいた。
無用な他人の過去には触れない、それが信条のダテ。ただ、その判断を他人に任せることはある。深くは語らないだろう、そう思う場合において。
「無駄に真面目で、よく働く。お前と同じだ。いつも呪文のように『ノーキ、セーサンケーカク、ザンギョー』と言っていた」
ヤな呪文だった。
「俺はその人から、本当の人間の営み、仕事にかけるプロの精神というものを教わった。数十年前に解放されたとはいえ、奴隷人種であるはずの日本人からな」
ぶふっ、と、酒を含んでいたダテが噴いた。
「ど、どれ……!?」
「あん……?」
「い、いえ……」
なんとなく、今日の仕事中、思っていたことではある。
奇妙なくらいに、他のツナギの連中からの扱いがぞんざいなのだ。別段、何か悪さをされるようなことはなかったが、それにしても周囲のあたりはきつかったようにも感じた。
密航をやらかしたうえでの昨日の雇用、それを快く思われていないためかと思っていた。しかし、その理由は別にあったらしい。
「……安心しろ、ダテ。俺は密航だろうがなんだろうが、日本人ってやつを信じる。お前の過去は聞かん。いつかは出ていかなきゃならんかもしれんが、首都につくまではリフトマンとして堂々と働いてろ」
「あ、ありがとうございます……」
微妙な顔で礼を言うダテをよそに、ジミーはバーテンを呼んだ。二、三のやりとりがあり、やがてバーテンから「17200」と液晶に表示された、一枚のカードがダテの前に置かれた。
「くれてやる、好きに呑んでいけ」
ジミーは後ろ手を振って、ラウンジを出て行った。
残されたダテは一人――
「なんすか、これ……」
と、貰った謎カードに首を傾げるのだった。
『ほぇ~、意外とカッコいいおじさんっスね』
自室に戻り、部屋に寝っ転がるダテ。最新鋭の戦艦にして、彼の部屋はなぜか六畳間、そして畳敷きだった。
『……なんか、騙してるようで複雑な気分だがな』
『いいんじゃないっスか? 手持ちのお金は無いわけですし……』
『いったい日本人に何があったんだろうな……』
もらった謎カードは、この世界でのキャッシュカード。身分証明も何もいらない、現金の代わりとして使える電子マネーだった。
ダテはそのカードを置いたちゃぶ台へと座り、湯飲みへと急須から番茶を注ぐ。
『で、クモ…… 何かわかったか?』
『ん~、特にはっスな。何か聞けるかもとコントロールセンターに入り込みましたが、正直私のオツムではクルーの皆さんの会話は専門用語だらけでわけわかりませんでした。国側からの通信は、『翻訳』出来ませんから尚のことわかりませんし』
『相変わらず…… こういった世界はそれが不便だな……』
何も掴め無かったとして、クモを責める気にはならない。彼女とてダテと同じく、来たばかりの『世界』のことは何もわからない。ましてやダテのように、姿を現わしての聞き込みなどは出来ないのだ。
姿は消せても障害物を通り抜けられるわけでもない。どこかに閉じ込められることなく、自ら帰ってきただけでもよくやったと言えた。
『まぁ、一つ分かったことと言えば、まっすぐと首都に向かっているわけではないっぽいっス』
「……?」
『艦への燃料の補給やら、この間の戦いで傷ついた新型の修理があって、進路を変更しなきゃいけないって愚痴が出てました』
『……あっという間に到着、あっという間にジェイルは解放、そうはいかんってわけか……』
大方予想通りな展開を聞きながら、ダテは手元に灰皿をたぐり寄せる。
「……!」
金襟の白箱を手にしたダテの耳に、部屋の扉に、どさりと何かが当たる音が聞こえた。
『大将……?』
その物音に、ダテは注意深く畳を踏み、扉の前に立つ。
スライドさせた扉の向こうには――
「お、おい…… 大丈夫か?」
「あ、あなたは……!」
床に膝をついてへたり込む、ジェイルの姿があった。




