12.鉄拳の制裁
「ジェイル君、起きたまえ」
廊下に響いてきた靴音と、天井から降った無遠慮な光。浅い眠りからの覚醒に目をしばたかせるジェイルに向けて、重く昨日ぶりの声が投げられた。
「艦長…… さん……?」
鉄格子の向こう、彼をここへと追いやった艦の責任者の姿があった。
「待たせてしまったが、交渉がうまくいったよ」
「交渉……?」
自ら懲罰房の鍵を外し、中へと入り込んでくる艦長に、ジェイルは凝り固まった上体を起こす。
「君の罪はなくなった。ここから出ていい」
「本当ですか!?」
「ああ、ただ…… 君ももうわかっていると思うが、この艦はすでに君の町を飛び立っている。戻してやることは出来ない、理解してくれ」
言われずとも察せていたことながら、実際に口にされると心は暗くもなる。だが今は、それよりも聞きたいことがあった。ジェイルはシーツを剥がし、ベッドに腰掛けて艦長へと体を向けた。
「……町の人達は、無事なんですか?」
「町に被害はあったが、死傷者は出ていないとのことだ。近く、本国から生活支援が送られる手筈になっている。安心してくれていい」
見下ろす艦長の顔は、堅くるしい物言いに反して穏やかなものだった。昨日から抱いていた艦長への印象が人間味を帯びたものに変わるとともに、ジェイルの心に安堵が生まれた。
「シェリー、来てくれ!」
そんな彼から目を離し、後ろに振り返った艦長が声を上げる。
艦長の向いた方向へと誘われたジェイルの視線に、ほどなく、鉄格子の向こう一人の少女が現われた。まだ若く、自分とそう変わらない年頃の少女。明るい微笑を湛え、ショートカットを揺らして歩く様は、その身に纏う紫の軍服を何かの悪い冗談のように見せていた。
「紹介しよう、シェリー中尉だ」
「中尉……!?」
悪い冗談に悪い冗談が重なり、驚く。
士官学校を卒業して軍隊に入れば「少尉」にはなれるが、国は違えど昨日のガンダラーのヒトデマンパイロット、ベテランを思わせるジュードさえも中尉なのだ。その昇格の難しさは言わずもがな、少なくとも、実戦にて何某かの功績を残していることになる。
「歳は君の二つ下になるが、我がアンダースロー号のクルーにして、エルドラード軍ヒューマノーツ部隊のエースパイロット。今はシャイニングムーンに先んじて開発が進められていた新構想機体、『マーメイド』のテストパイロットをやっている」
「よろしくね!」
「は、はい……」
右手を挙げ、元気に挨拶してくる「シェリー中尉」に、思わずと半端な笑顔で答えてしまう。中尉という階級にも驚いたが、今さらりと語られた内容はそんなものとは比べものにならない、到底信じられない話だった。
『マーメイド』という機体については、士官学校のみならず報道や一部専門誌などで見聞きしていた。何世代にも亘って研究され、ついに実現叶った二足歩行制御システムを大胆にも廃し、一本の、まさに人魚のような一本足にて地を空を自在に駆けるという新構想機体。
その柔軟に動く一本の足に着けられた幾重ものブースターにより、二足では不可能であった変則的な動きが出来る反面、操作系統の複雑化から操れる者が無く、完成したとの噂とともに実在をも怪しまれていた幻の機体。
そのパイロット、そしてエルドラードのエースパイロットが、まさかこんな女の子だとはさすがのジェイルも思いはしない。何がさすがなのかは謎である。
「ふむぅ」
「?」
顎に手を当て、思案顔でジェイルを見定めるシェリー。その幼い顔立ちに、ジェイルは首を傾げ――
――途端、衝撃とともに目の前が白く弾け、体がベッドに横倒しになった。
シェリーからの強烈な平手打ち―― 危うくと、起きて早々シーンを夜へと移行するレベルの威力だった。
「なっ! 何をするんですか!」
なんとか持ちこたえ、作者のプロットを続行させてくれたジェイルは、涙目で頬に手を当てて彼女に避難の目を向ける。優しく整った顔立ちのせいで、若干ヒーローからヒロインに変更されそうなポーズである。
「なっちゃいない! なっちゃいないんだよ! 初めて会った上官には敬礼で答える! エルドラード軍人の常識もわからないのかね!?」
「ぼ、僕は軍人じゃ――」
いきなりの無体な暴行を加え、さらにわけのわからない文句をぷんすか放つシェリーに対し、言い返そうとするジェイル。しかし――
「いや、わきまえてもらった方がいいな、ジェイル『少尉』」
「は……?」
「君は軍属となった。艦内ではらしくあってもらわねば困る」
温和な笑みを白い口髭に浮かべる艦長は、彼へと告げる。
それは日常にいたジェイルを、非日常へと駆り出す知らせだった――
『ジェイルが軍人に?』
『どーやらそうみたいっス』
ツメを高く上げた緑色のフォークリフトに乗るダテの肩に、妖精が止まった。
『どういうことだ?』
『エルドラードの首都に新型を運ぶまでの間、新型の正規パイロットとして艦にいること。艦長さんが軍隊と交渉した結果、向こうから出された恩情らしいっス』
『恩情ねぇ……』
格納庫。全長千百メートルを誇る箱型の空母戦艦、アンダースロー号。その下部にあたる場所にダテはいた。
艦の進行方向に当たる前面には、ヒューマノーツ発進のための巨大なゲートがあり、床には射出のためのカタパルトレールがある。
後部には起立する『SM01』。ダテはその足元にて、修繕や塗装に右往左往するオレンジのツナギ達を、フォークリフト越しに眺めていた。
『……やっぱ、陰謀的なものを感じるっスか?』
『さてな。でも、勝手に乗り回した罪が消えるってんなら、あの子自身は受けるしかないだろうな』
情報収集のため、密かに飛ばしていたクモからの報告を聞き、一人だけ灰色のツナギを着たダテは思案する。
陰謀。それは考えるだけ無駄というくらいにあるのだろう。
国家が絡むこと、特に軍隊が絡むことで、まったくの陰謀が無い話などは彼の経験上存在しない。そして仮に陰謀がなかったとしても、ただ『艦にいる』、それだけで終わることはない。そう言い切れる。
――ロボットものの、お約束的に。
「ダテ! ツメを上げてくれ!」
上方―― フォークリフトが持ち上げたパレットに乗り、シャイニングムーンの右膝の辺りに張り付いていたジミーから声が投げられた。
「へい!」
返事一つ、ダテは右手側に並ぶ四本のレバー、一番左を手前に引っ張る。ジミーを乗せたパレットが、ゆるやかにシャイニングムーンの太股上部に達した。
『大将がこういう現代チックで普通な仕事してるとこは初めてみましたが…… 慣れたもんスな』
『……これで給料を円で出してくれるなら喜んで続けるがな』
朝一番から言われた通りに自室で待機し、迎えに来るというジミーを待ったダテ。連れられ、クルー達に混じって朝食をとった後に待っていたのは、有無を言わせぬ労働だった。
『お話には聞いていましたが、大将にも乗れる乗り物があったんスね……』
『もちろん、モグリだがな』
高く上がった荷役装置を見上げるクモ。つられて見上げた無免許のダテへと、ジミーが振り返る。
「ダテ! あと気持ち上げろ!」
レバーを操作し、わずかに上げる。納得したのか、ジミーはそのダルマのような背中を彼に向けて、シャイニングムーンの膝元に取りついた。
――エルドラード国と、ガンダラー国。ヒューマノーツという二足歩行ロボットを持つ二国間の戦争状態。
文明の度合いも分かり、『主人公』が巻き込まれた状況も理解出来てきた。
『……クモ、引き続き情報を集めてくれ。『時間』的なことを知りたい』
『そうっスな、今度はそれを中心に探りを入れてみるとしましょう』
『頼んだぞ』
パタパタと、妖精が肩を離れて格納庫を飛んでいく。
目星はついていた。
おそらくと、今回の『仕事』はこの航行。アンダースロー号というこの艦が、エルドラードの首都へと『新型』を持ち帰るまで、もしくは持ち帰った直後まで。それが期間となる。
その間に、手に入れたい。
『写真をな……』
目の前の『SM01』は、結構にダテ好みだった。
※『パレット』――フォークリフトでの荷物の運搬に用いられる土台。天板と底板の間に二本のフォーク(爪)を差し込むための空間がある。素材は主に木製、プラスティックなど。
※『荷役装置』――フォークリフト前面に付いた、二本のフォーク(爪)で荷物を上げ下げする部分のこと。現在日本国内では、最大3~6mまで上昇させる機種が主流だが、作中のものは12m式。10tフォークという設定にして12m式はかなり危険と見られ、もちろんフィクションの存在である。
また、先端のフォーク部分は「アタッチメント方式」であり、二本のフォークの他、横からドラム缶を挟み込むタイプなど、部位を交換することにより様々な運用が可能となる。こちらは本当。




