22.心貫く、トリ引き
「何者だ、このような場所になぜいる」
さしたる魔力を感じ無い、ただのふざけた着ぐるみ。
別段注意を払うこともなく、レラオンはただ聞いた。
「いえ、この辺りで戦いがあると聞きまして。私、危険な場所を好き好んで商売をしているもので、これは見逃すわけには参りませんと」
「そうか……」
レラオンは首を振り、背を向けた。
「あれ? ダンナ、どこへ……」
「好きにしろ、この場所にあるものはくれてやる。私には必要無い」
『商売』。その単語が一瞬にして興味を失せさせた。
戦地において顔を隠し、火事場泥棒に興じる者はいる。その中でも頭のおかしい者なのだろうとレラオンはボッタを見限った。
そんな存在などどうでもよく、むしろ先ほどの戦いで得られた高揚が、無粋な言葉に消えていくようで不愉快でしかなかった。
「おやおや…… 商売にはつきあって貰えませんか」
バタバタと動く背後の着ぐるみの声には答えず、レラオンは出口へと向かう。
「おお! ありましたありました! この灰色の玉! 見事に使っていただけたようですな!
ぴたりと、騒々しい物言いにレラオンの足が止まった。
「おお~、白く戻っていらっしゃる。伝承の通りです!」
「……!?」
振り返ったレラオンは足を引きずり、ボッタの元へと向かう。ボッタの足下には、シュンが捨てていった制服があった。
「おや、なんですか?」
「……! 貸せっ!」
強引に、レラオンは着ぐるみの腕から『玉』を奪った。
その『玉』の存在は記憶にあった。それはガラの書、属性は『錬金』――
「こ、これは……! 『黄泉の宝玉』……! なぜこんなものがここに……!」
「おお…… よくご存知で……!」
かつて書を封印した最後の王。
王は自らが見出された『錬金』の力を使い、ありとあらゆるものを民にもたらし、『もうこのような圧政はいらぬ』と、ガラの書を捨てた。
しかし王はその後、ただ一つの精製物と、それを求める人間達によってその命を奪われた。
『黄泉の宝玉』―― 死した者を蘇らせる、世の理を覆す精製物。
その最後の一つは封印を施され、決して人が踏み入ることが出来ない、死の火口へと沈められたという。
「まさか…… やつはこれを持っていて……!」
命を蘇らせ、力を使い尽くせば玉は灰色から、白となる。『まさか』とは思いつつも、魔力を感じるその玉を手に、他に理由などは思いつかなかった。
事実シュンは確実に死に、何事もなかったかのように起き上がった。
「ん~…… 青春って言うんですか? 若いっていいですよなぁ。私ついついと甘くなってしまいまして、その玉を特別に振る舞っておいたんですよぉ~」
「……!? 貴様の差し金か!」
ボッタを振り向き睨みつけるレラオン。バタバタとボッタは後退りながら、焦ったように羽を振った。
「おおう! これはこれはつい言ってしまいました~! 申し訳無い! あなたがあの子達の敵さんだったわけなんですかね!?」
「ぬけぬけと…… 貴様ァッ!」
「あわわわわ! お待ちください! 見ればかなりお疲れの様子! お宿などはいかがでしょう!? すぐにでもお体を全回復出来ますよぉ~!?」
怒りとともに黒いオーラを発していたレラオンの頬が、ぴくりと動いた。
「全回復……? それも貴様かぁッ!」
「ひょわー!?」
思えば、ほぼ無傷で目の前に現れたシュン達を、不思議に思わないではなかった。他の連中が前衛に立ち、消耗を抑えたのかとも考えたが、それにしてもおかしいとは思っていた。
復活にせよ、体力の消耗にせよ、ふたを開けてみればこのおかしな第三者のためであるという。真相を知らしめたバカバカしい存在に、レラオンは憤りを覚え―― ため息を吐いた。
「お、おや…… どうしました……?」
途端に大人しくなったレラオンに、ボッタが不細工な頭部を傾けた。
「……よこせ」
「は、はい……?」
「私にも回復をよこせ、言い値で買ってやる」
「は、はぁ……」
レラオンはうつむき、口の端を上げていた。
よくも戦いの、勝利の邪魔をしてくれたものだとは思う。
だが、もしその邪魔がなければ、先ほどの戦いも最後の接戦も存在はしなかった。
世界を足下に置こうとする自分。それに反する思いに、レラオンは笑っていた。
今はシュンを追い、接戦し、倒す。それを愉しむことが一番に思える、そんな自分が滑稽だった――
「では、一億エンいただきます」
レラオンが真顔になり、固まった。
「あぁ、即金でお願いしますね。私銀行などは信用しないもので――」
「ふざけるな貴様!」
「ほぇっ!?」
つかつかと、レラオンは怒りを露わにボッタに迫る。
「エンとはなんだ! どこの金だ! 貴様は馬鹿にしているのか! しているんだろう!」
「あ~! いえいえいえ! 滅相もない! お、お持ちではないので!?」
「そんな通貨手元にあるか! しかも今の私が金を持っているように見えるか!」
どっすんどっすんと、案外軽快にボッタが下がっていく。
「で、では残念ですが、取引は無理ですなぁ、トリだけに! ではまたの機会を!」
「またなど無い!」
床を蹴り、レラオンがボッタに迫った。やりとりの間に回復した魔力が拳に満ち、怒りに任せその着ぐるみを撃ち抜こうとする――
――ボッタが、足下の床を強く踏んだ。
「ぐあっ!?」
凄まじい衝撃波に襲われ、レラオンの体が吹き飛び、床を転がった。疲弊した体にもたらされた痛烈な転倒に目眩を覚えつつ、レラオンは床に手をつき身を起こそうとする。
「し、真魔法だと……! 貴様…… いったい……!」
「いえいえ…… 真魔法ではありませんとも……」
「なに……?」
言われ、レラオンはボッタを探る。たしかに大した魔力は感じない。今の衝撃波をもたらした属性も、辿れども正体が掴め無かった。
「『身体強化』と言えばわかるか、レラオン『様』よ」
レラオンは目を見開いた。
先ほどまでの老人声ではない、聞き覚えのある声。
「黒騎士…… お前…… 黒騎士なのか……!?」
呆然と、レラオンは立ち上がる。
「派手にやられたもんだな、レラオン様。楽しかったか?」
「お前なぜ…… 死んだはずでは……」
聞こえるその声は、五日前に死んだはずの黒騎士のものだった。
レラオンの前でさえも兜を脱ぐことは無く、気に入らない命令には従おうとはしなかった、異質な幹部。レラオンは彼の類い稀なる強さと、自らを前に物怖じを見せないその態度が気に入り、最高幹部の一人として傍に置いていた。
シュンを除きただ一人、自らに『並ぶ』と思える存在として――
「悪いなレラオン様よ。一芝居打たせてもらった。お前と城野村が戦うようにな」
「な、なんだと…… お前まさか……!」
レラオンは自らの消耗を振り返る。『裏切り』という言葉が頭をよぎった。
「焦んな、別に今からお前を殺したりなんてしねぇよ。ただ回復は売ってやれん。今お前が全快して城野村を追いかけようもんなら、あいつはあっさり殺されちまうだろうしな」
「何を言っている! あいつの存在は私達にとって邪魔であったはずだろう! 今すぐに追いかけて始末するのが最善――」
「本当にそうか?」
射貫くように見つめる着ぐるみの瞳に、レラオンは言葉を詰まらせた。
「戦ってみて想ったことはないのか? 仲良くなれるってのは無いにしても、心底嫌う相手なのか? 殺すことにためらいは無いのか?」
「貴様…… 何を……」
思わず、たじろいだ。
「これからあいつらがお前を超えるような敵と戦うとして、一時的な共闘を考えたりはしないと言えるか? あいつらの仲間の一人にでも、お前が気になっているやつはいないのか? 戦って死んでいった仲間や残された仲間に、欠片も想いは残っていないのか?」
たじろいだ。
「お前はそれで、いいのか?」
まくしたてたボッタの口上が終わり、空気が静まり返る。
やがて――
「フ、フハハハハッ……!」
黒のオーラを纏い、レラオンが高く笑った。
「言わせておけば裏切り者め……! この私に説教だと! 片腹痛いわ!」
「……俺は説教は嫌いなんだ。ただのヒントだよ」
「黙れ亡者め! 我が『闇の羽』で一瞬に終わらせてくれる!」
逆上に身を任せ、レラオンが右腕に紫の古代文字を光らせる。
放たれた闇の光が、点くという速さで着ぐるみを貫き――
「……!?」
レラオンの視界から、ボッタが消えた。
「遅ぇよ」
背後からの気配に、彼が振り向く暇も無く――
「がっ……」
着ぐるみの拳がレラオンの後頭部に叩き込まれた。
「まぁ、どの道見てた俺には効かない魔法だがな」
昏倒し、レラオンが前のめりに倒れ込む。
倒れて動かなくなったその頭に、ボッタは手をかざした。
「じゃあなレラオン様…… いいライバルキャラになれよ」
その手は紫色に輝き、輝きはレラオンの頭へと移り、消えた――




