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玄人仕事  作者: 千場 葉
#7 『ボーイズドリーム・ロボティクス』
219/375

10.鉄箱の艦


 青いヒトデマンがひょろひょろと、左右に傾きながらも遠く飛び去っていく。


「しぶといな、あいつ……」


 損壊した左肩が起動しなかったとはいえ、三十二発中の十六発。すでにダメージを受け、絶望的な体勢に陥っていながらも、それを数発の被弾で逃げ延びたタンバリンマン。その腕はやはり相当なものと言えた。

 だが、彼とても、今は撤退する他無いらしい。


「追いかけないのか?」

「……攻めてこないのなら、僕の立場では戦えませんから」

「そっか……」


 一応の終わりを見せた戦い。

 くるりと、ジェイルが複座へと体を向ける。


「ところであなた、誰なんです?」



 ――青空に陽光を弾く機体の背後、巨大な鉄箱の艦が姿を見せていた。





 夜半――


 染み入るような寒さに、固まっていた体を身じろぎする。

 閉ざされていた意識が戻り、周囲の様子が両の目へと入り込む。

 体を横に預けた硬いベッド。清潔には見えるが優しさは感じない、白く薄いシーツ。狭い一室に射し込む常夜灯の光が、床に縦縞の影を落とす。

 上体を起こした彼は、自らに起こった現実を思い出した。


「どうしてこんなことに……」


 堅牢な鉄の格子を眺めながら、ジェイルは半端に目覚めてしまった夜を呪った。




 戦いの後、現われた艦に誘導され、薄青い壁面の一室に通されたジェイル。

 彼の目の前には白いテーブルを挟み、紫の軍服を着た老年の男。男の背後には二人の男が立ち、ジェイルへと目を配っている。

 正面の男、整えられた白髭を口元に蓄えた男の軍服は、一見にして背後の男達に比べ上等なもの―― 上位に当たるものだと見受けられた。


「あいつらの言う『新型』が本当にあるとすれば、知り合いの倉庫屋しかないと思ったんです。それで、実際に行ってみたら――」


 テーブルに揃いの白いソファーも、壁にかかる森林の絵画も、まるで心を(ほぐ)さなかった。

 ジェイルはまとまらない頭で、促されるままに必死に事の次第を打ち明けていく。


「――倉庫屋さんは作業中に鳴ったサイレンにびっくりしたらしくて、転倒して気絶してたんですけど…… なんとか起こして説得して、乗せて貰いました」


 幾分と支離滅裂になってしまうジェイルの弁解。それに腰を折ることなく静かに耳を傾け続ける男。

 やがて男は、ジェイルの弁解が終わりを見せた頃になって、ようやくと頷きを一つ返した。


「……事情はわかった。町を守りたい、そういう一心で動いた、その気持ちは充分にわかった。シャイニングムーンも損傷はしたが、結果としては問題無い。修復は可能だ」


 男の口調は冷淡なものであれ、ジェイルの胃の()に生きた心地が戻る。「気持ちはわかった」、「問題は無い」。大事にはならない、そんな期待を持てる一言だった。

 一つ息を吐いたジェイルは、変化に乏しい男の顔色を窺いながら言葉を差し挟む。


「あの…… 『新型』は、どうしてあんな町に……? なんなのですか? あの機体は……」


 あんな町―― ジェイルの故郷であるディストーションは荒野の辺境の町にして、ガンダラーとの国境沿いに位置する。そんな場所になぜ『新型』が置かれていたのか、結局倉庫屋には聞けずのまま。

 巻き込まれた手前だけになく、それによって危機にさらされた町の住人の一人として、ジェイルは尋ねずにはいられなかった。


「……ガンダラー国のモニカ博士を知っているか?」

「それって、ヒューマノーツの第一人者の?」 

「そうだ。彼女は半年前、ありがたいことにガンダラーから亡命し、我が国に入った」


 モニカ博士。ヒューマノーツ乗りでなくとも、ニュースなどで一般に知られる人物だった。

 だが、そのような話は聞いたことが無い。


「そして彼女は、我が国で自らの研究、その最先端の技術を用い『新型』を設計した。それが『SM01』だ」


 ――『SM01(シャイニングムーン)』。

 乗り込んですぐにコントロールパネルで確認した機体名。『01』という表記が、まだ後継機の無い新規開発されたタイプであることを示していた。


「彼女自身が設計した、「ヒトデマン」タイプ。あの悪魔に脅かされる私達に時間はなく、我々は急造のため、建造を各ユニットごとに国内各所、別々の機関にて行い、補うことにした。その完成品が集まる場所こそが、君の町、ディストーションだったのだよ」

「……なぜです? ガンダラーの目と鼻の先ですよ……?」

「だが、ガンダラーからすれば戦略上意味の無い場所だ。そして、例の倉庫屋は彼女の夫でもある」

「倉庫屋さんが!?」


 意外が過ぎる事実に、ジェイルは目を見開いた。

 あの青っパゲ―― もとい倉庫屋は、確かに報道に聞くモニカ博士とは同年代の老人ではあるが、幼い頃より知っているジェイルから見れば、近所の独身の禿げたおじさんであり、彼以外の町の住人からも(おおむ)ねうだつが上がらないといった印象の人物だった。


「彼は彼で、ヒューマノーツの元研究者だ。広い敷地を構える、口止めの効く内縁。我々は、博士の案に乗ることにした」

「そう…… だったんですか……」


 信じ難い話ではあっても、実際に『新型』という動かぬ証拠がある以上、疑う余地の無い話だった。

 別段、「ハゲ! (たばか)ったな! ハゲ!」、などとは心優しいジェイルは思わない。

 何故そこまでハゲに辛辣(しんらつ)なのか。


「まさか完成し、回収のくだりになってガンダラーに漏れていたとはな……」


 その『新型』の回収を命ぜられ、現われた男―― アンダースロー号の艦長が、ソファーから立ち上がった。


「ジェイル君、今日のことは感謝しよう。よくやってくれた」


 艦長が腕を振る。軍服のクルー二人が、ジェイルの両脇へと移動した。


「……!?」


 彼を立ち上がらせた男達は、強引にジェイルの腕を後ろに回し、手錠を掛ける。


「どういうことですか!?」

「法律は法律だ…… 軍人として艦長として、無断での運用を放免するわけにはいかん」

「っ……!」


 スピーカー越しに話した、ガンダラー軍ジュード中尉の言葉が脳裏に蘇る。

 ジュードの言った通り、ジェイルの行いは事情を問わない、紛れもない犯罪であることに間違いは無かった。


「……君のお父さんのことは良く知っている」

「……!」

「悪いようにはならないから、大人しくしてくれたまえ」




 そうして、その日の夕刻から今に至るまで、ジェイルは懲罰房に入れられていた。

 別段、入れられている以上のことはされていない。夜には食事も提供された。食事を運び入れてきたクルーも愛想こそ無かったものの、それは「初めて会う人に対するもの」という程度。不快な扱いを受けるようなことはなかった。


 ジェイルは肌寒さに、再び薄いシーツに(くる)まる。

 見張りすらもいない懲罰房とその廊下には、艦に響く、エンジンの音だけが静かに聞こえる。その音が、窓一つ無い場所にいるジェイルに、広がっていく故郷との乖離(かいり)を知らせていた。

 ガンダラーの襲撃により、ひどく壊されてしまった町。別れてしまった母や町の人々は気になれど、もう戻ることは出来ない。

 これからの自分のことさえも、見通しは立たなかった。


「……あれ?」


 そういえばと、今更になって思い出す。


「あの人…… どこ行ったんだろう……」


 アンダースロー号へと乗り込み、一緒にシャイニングムーンを降りたはずの複座の男。

 「ダテ」の姿は気づけば無く、忽然(こつぜん)と消えたままだった。


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