9.ロック外からの声
「もらった!」
目前に迫るヒトデマン。青白く発光するシャムシールをジェイルは振りかぶる――
「……!?」
ジェイルはピルエットのような動きでシャイニングムーンを転換させ、その場を離脱する。直後、到達するはずだったヒトデマンの脇へと、真上から砲弾が降り注いだ。
「あれは……!?」
モニターを上へと振るジェイル。そこには右腕の下から連装砲を覗かせる、真っ青なヒトデマンがいた。
『大尉……!』
繋がったままにしていたジュードから、驚きの声が通信される。
ジェイルのモニター上、新手のヒトデマンに赤丸のロックがかかり、同時赤枠の『CALL』が送られた。
「っ……誰――」『はじめま――』
応答と同時に、二人の声が被った。
回線の向こう、咳払いが一つ入り、渋い男の声が流れ出す。
『はじめまして、通信は聞いていたよ。士官候補生君』
「誰だ……?」
ジュードとは違う、粗暴さを感じさせない丁寧な口調。ジェイルは油断せず、いつでも動けるように身構えた。
『私はガンダラー軍大尉、タンバリンマンだ。まずは君に、礼を言っておこう』
「礼だと……?」
『うちもパイロットは貴重でな。こんな連中でも動かせるだけマシな方だ。殺さずに済ませてくれたことは、有り難いことなのだよ』
青いヒトデマンが右腕を振る。判断に遅れを見せつつ、旋回したジュード機が背中を向けて遠ざかっていった。
「……っ、なんの用だ。お前も僕と戦うのか?」
『それは君次第だ』
軽い上昇を見せたあと、同じ高さへと下降する青いヒトデマン。無駄の無い挙動に、熟達した腕前が現れていた。
『あの町を、君は防衛すると言ったな』
「……?」
『君は、あの町の生まれなのか?』
武器を向けるでもなく、穏やかに尋ねるタンバリンマン。ジェイルは「そうだ」と、短く答えた。
『なるほど…… ならば都合がいい』
回線に混じり、キーを操作する音が聞こえた。ほどなく、ジェイルのモニターに若い男の顔が映される。まとまりを見せる癖のある緑の髪、それよりも深い色合いをした緑の瞳。目元の涼やかな、整った顔立ちの男だった。
『腹を割って話そう。本隊への回線は切ってある。君の名は?』
映像の口元と音声が同期し、その男が青いヒトデマンの搭乗者、タンバリンマンだということがわかる。ジェイルは思わずと、自らを名乗っていた。
『……ジェイルか。では、ジェイル。率直に言おう』
こちらの映像は出していない。だが、タンバリンマンは意に介する様子なく話を進める。
『私は君の腕を買いたい。君はその新型とともに、ガンダラー軍へ入れ』
ジェイルは目を見開き、映像の男へと視線を合わせた。
「……何を言ってるんだ。僕は……」
『たしかに、あの町に住んでいる人間は、自分達のことをエルドラード人だと思っているだろう。だが実際に、この荒野においての国境線は国際的には曖昧なものだ。隣国同士で領有を主張しあっている地域。戦時の今、国籍は住んでいる人間の意志次第とも言える』
「何を無茶苦茶な……」
『ジェイル、我々は腕のいいパイロットを求めている。先ほどの君の戦いは見た。はっきり言わせてもらえば、その『新型』の性能は化け物だ。そして、それを初めてにして自在に操る、君の潜在能力もな。訓練生にして迷い無く実弾を発砲出来る…… 軍人としても問題無いだろう』
奥歯を噛みしめた。ジェイルにとっては、その賞賛は嬉しいことではなかった。
『思い出したよ…… あの町は、エルドラードの英雄と呼ばれたエースパイロットの故郷だったか…… もしかすると、君にもその血が流れ――』
「黙れ……!」
ジェイルはシャイニングムーンの左腕を、青いヒトデマンにかざした。
『……!?』
「僕は違う……! 一緒にするな!」
そして威嚇などではなく、狙いを定めた砲弾がヒトデマンへと放たれる。
『くっ……! 何か踏んだようだな……!』
突然の発砲に対し、ジュード達を遙かに超えた反応を見せるタンバリンマン。機体を鋭い動きで振り、回避運動とともに間合いを取っていた。
「このっ……!」
次々と狙いをつけ、放ち続けるジェイルの砲弾を、青いヒトデマンがかわしていく。
『面白い…… 私とて興味のあるところだ……! 相手をさせてもらおう!』
数発の砲弾をかわしたタンバリンマンが、真横への回避から一転、自らにジャイロ効果をつけるように体を回転させながら突進をかける。
「……! こいつ!」
次弾の照準から射出までを無理と見たジェイルは、右手のシャムシールを構えた。肉薄の寸前、左腕をサーベルへと変形させたヒトデマンの斬撃と、応じたシャイニングムーンのシャムシールが赤と青の火花を散らす。
『いい判断だ! だが……!』
サーベルを持った手に這わせるように、連装砲を構えた右手がジェイルの入ったコックピットへと向けられる。
「させるか!」
素早く、シャイニングムーンの左手が腰から短剣を抜き、青い閃光を踊らせた。間一髪、間合いを空けてヒトデマンは切断を免れる。
『惜しい! 実に惜しい腕だ! 君が配下であればな!』
そのまま、ほぼ至近距離という間合いで、水平に移動をかけながらヒトデマンから連装砲が放たれる。
「うるさいっ!」
対し、ジェイルは超人的な正確さで両手の剣を振るい、砲弾を叩き落とした。
『ふっ…… では、本気で行かせてもらうっ!』
「……!?」
再び突進をかけてくるヒトデマン。身構えるシャイニングムーン。
ヒトデマンは先ほどと同じくサーベルを振りかぶり―― 突如垂直に急上昇した。
「しまっ……!」
それはジェイルが得意とするアクロバット、その動きを縦に変化させたものだった。しかし今の使い方は、ただの回り込みなどではない。
ジェイルの機体が、空気の圧力をぶつけられ、瞬間動きを鈍くする。
上方から、連装砲が降り注いだ――
「ぐうぅ……っ!?」
突き抜けるような衝撃が機体に走り、装甲が砕ける音とともに浮遊感がジェイルを襲う。落下する機体を制御し、立て直しながらモニターを確認する。
――左肩破損、短剣喪失、頭部レーダー、一部損壊……
あまり良いとは言えない損傷率、だが、直撃にしては幸運と思えた。仮に普段乗っている訓練機であったならば、コックピットまでもを砲弾に貫かれていたのかもしれない。
気を取り直し、ジェイルは外れてしまった敵へのロックを再起させようと、頭部カメラを上方へと――
「いないっ!?」
すでにヒトデマンは上方から消失していた。即座にレーダーに目をやるも、損壊の衝撃に『再計算中』の文字が浮かぶ。
――まずい、敵をロストした……!
ジェイルが背筋に冷たいものを感じた、その時――
「左からくるぞ! 剣を左に振れ!」
真後ろから、まったく知らない男の怒鳴り声が背中を打った。
「えっ……?」
「早く!」
背後の黒いジャンパーを目に入れつつも、顔を見合わせる余裕はなかった。無我夢中で、ジェイルは言われたままに機体を旋回させ、左へとシャムシールを振り回した。
『うおおっ……!?』
――機体に伝わる確かな手応え。
モニターが、右の肩口を切り裂かれたヒトデマンを映した。
『馬鹿な……! 今の私の動きが見えていたというのか……!?』
よほど勝利を確信していたのだろう。タンバリンマンが動揺に動きを鈍らせていた。その隙を逃さず、ジェイルは左手を駆動させ、砲弾を連発した。
『ぐっ、ぬっ…… ぐああっ!』
二、三、とかわし、かわしきれずに、四発目を斬られた肩に被弾したヒトデマンが、地表すれすれまで落下していく。落下に対し、ジェイルはミサイルロックを展開した。
小さくなっていく目標に向け、音を立てながらオレンジの丸枠が高速回転する。丸枠の上『32』の表示が現れたと同時、ジェイルはトリガーを引いた。
「沈めぇ!」
右肩より白煙の帯を引き、十六発のミサイルが目標へと突っ込んでいった――




