8.人機一体
『新型』の銃口を前に緊張感が高まる中、ジュードの駆るヒトデマンに通信が割り込む。
『ジュード! 本隊から入電だ! 敵艦船『アンダースロー号』が接近している!』
デズモンドからの呼びかけに、ジュードは一時『新型』への音声をオフに切り替える。
「『アンダースロー』!? あの新鋭艦か!?」
『どうする? 到着まであと二十分も無いそうだぞ?』
「くっ……!」
敵艦船の到着。『新型』の回収が目的なのだろうとは察しがつく。それをあわよくば待ち伏せし、撃墜してやろうと考えていたのもたしかだ。だが、態勢を整える時間も無ければ、相手も悪い。
「交渉決裂だ! 『新型』をぶっ壊せ!」
『いいのかジュード!?』
頭部の無いジュード機が右手下部、連装砲を『新型』に向けた。
「『エース乗り』のアンダースローが相手だぞ! 合流されちまったら話にならん! とっととこいつをぶっ壊して、コアユニットだけでも回収だ!」
『わかった……!』
目の前の三体、ヒューマノーツというらしいロボット達が、右腕の連装砲をこちらに向けて左右に分かれ始めた。
『おおっ! おっぱじまったみたいだぞ!』
複座の背もたれから、ワクワクといった様子で伊達は身を乗り出した。
「っ……!」
ジェイルが操縦桿に力を込める様子に、慌てて妖精が伊達の体の中へと消えた。間を置かず、コックピットが機体の動作に揺さぶられる。
無遠慮に乾いた轟音が鳴り、モニターを砲弾が横切っていった。
「撃ってきたか……! なら、容赦はしない!」
二つの操縦桿を引き、ジェイルが機体を後ろへと飛ばす。遠巻きにモニターに映った三体を、電子音とともにデジタルの赤い丸枠が囲んだ。
『うおお! すげぇ! リアルだ!』
『いやいや! そりゃリアルっスよ! っていうか全然平気なんスか大将!?』
普通自動車とは比較にもならない加速度。妖精にとっては、この場所への数分の移動だけでさえも潰されそうに思ったほどである。
『見ろよクモ! こいつやっぱり『主人公』だ!』
ベルトすらも締めていない伊達は、まったく微動だにすることなく、目を輝かせながら前方の青年を指差す。青年は二本の操縦桿を巧みに操りつつ、凄まじい速さでコントロールパネルのキーを操作していた。
『はぇぇ…… すげぇっス、何やってるかはサッパリっスけど……』
『位置取りだ位置取り、囲まれないように動いてるんだ』
前方から分かれて取り囲もうと動くヒトデマン達を、後退、上昇、旋回を駆使し、モニターに表示したレーダーで動きを先読みし、ジェイルは常にカメラ正面に捉えていた。
『俺にも何やってるかはサッパリだ! だがこいつ、戦いのセンスは抜群だぞ!』
『ふぇぇ~……』
伊達がそう言うのならそうなのだろうと、クモは思う。伊達はロボットのことはわからずとも、戦いに関しては間違いなく玄人だ。
「……! ……?」
ジェイルの首が一瞬と左に振られ―― 直後、彼は首を傾げて、機体を上昇させた。
その上昇を追いかけるように砲撃の音が響き、モニターを左から右へと、赤く輝く数発の砲弾が流れていった。
『……ってか、敵がザコ過ぎるな』
『はい?』
『明らかに反応が遅い。撃つならここだろってタイミングを完璧に逸してる』
伊達がそう言うなら以下略。
そしてそれは、彼の前に座るジェイルも感じているようだった。
「あの三人…… あんまり上手くない……? いや、この『新型』の性能が高すぎるのか?」
でもジェイルは謙虚だった。
『下手くそなだけだ』
のーんと、目を線にして伊達はつっこむ。
「よし、それなら……!」
『新型』の力を信じ、ジェイルは左の操縦桿を前に倒した。
『つっこんでくるぞジュード!』
左に展開させたデズモンドから怒鳴り声が入る。言われなくてもわかる白い巨体の突撃に、ジュードは目標を捉えながら右後方へとバックブーストをかけて距離を取る。
「……っ! 馬鹿野郎!」
自らの後方にいたミッシェル機が、直進してくる『新型』に真正面から右腕の連装砲を向けている様子が見えた。通信を与える暇も無く――
凄まじい速さでミッシェル機の真横を『新型』が通過し、ヒトデマンの巨体が大きくバランスを崩した。
「あの馬鹿っ! 今時訓練生でもやらねぇミスを!」
『新型』の気流に煽られ、制御を失うミッシェル機。その隙を見逃すことなく、身を翻した『新型』が左腕から弾丸を噴く。一発一発と放たれる弾丸は、ミッシェル機の頭部を、右腕を、腰を吹き飛ばし、機体は煙を噴いて地表へと落下していった。
『くそっ! ミッシェル!』
デズモンドからの通信よりも早く、ジュードは連装砲の照準を合わせ、ミッシェル機に集中している『新型』を撃とうとするも――
「なにっ……!?」
モニター上部が赤く輝き、被ロックオン時のアラートが鳴る。
白い騎士の甲冑、両肩が開いた。
三十二連装ミサイルポッド――
その大盤振る舞いな数字を疑いつつ、ジェイルは操縦桿のトリガーを引いた。
「行けぇっ!」
機体の両サイドからコックピットを揺るがす振動と、蒸気機関にも似た射出音が鳴り、モニターに白い煙が映り込む。
左右二機のヒトデマンへと放たれた、両肩十六発ずつのミサイルがオレンジの光点としてレーダーに表示され、赤いエネミーマークへと不規則に吶喊していく。
右のマークが、三、四発とミサイルを被弾し、消失した。
「くっ……! 残ったか!」
ジェイルは右の操縦桿を前に倒し、素早く機体を左へと旋回させる。そこには頭部と右腕を失った、ジュードの乗る一体が下方に浮かんでいた。
連装砲を失い、レーダーすらも死んでいるであろうジュード機の停滞に、ジェイルはほっと息を吐いた。
「こちらシャイニングムーン、まだ続けるか?」
中空に留まる機体を見下ろしながら、回線を開く。
『てめぇ……! 情けをかける気か?』
苦々しい口調で、応答があった。
「……僕は民間人だと言ったはずだ。自衛以上のことは許可されない。人を殺めれば罪に問われる」
ジェイルは機体の左腕で、下方を示した。その先には、撃墜されたヒトデマンから脱出する、ミッシェルの姿があった。
『急所を外してやがったか…… 訓練生のくせになんて腕だ……』
「もう一機の方も無事だ。さぁどうする? 二人を連れて退くか? それともその機体も失うか?」
互いに睨み合う、数秒の沈黙。その後――
『上等だ! なめんなクソガキが!』
ヒトデマンの左腕が赤く輝くサーベルへと変形し、背中のブースターが火を噴いた。
「そうか…… なら!」
ジェイルはコントロールパネルを操作し、腕部武器を切り替える。
シャイニングムーンが腰から右腕に、青く輝く三日月刀を抜いた。
真っ直ぐに迫るヒトデマンに対し、ジェイルは―― 『右斜め前』へとブースターをふかす。
そして、互いに真横に相手を置き、すれ違う寸前――
一瞬と手を離して直立させた両の操縦桿を、ジェイルは一気にジュードに向けて倒し、ブースターを再点火させた。
『……なんだと!?』
約五十度。進行方向から直角を超えた、有り得ない角度でのターンにジュード機から驚愕の声が上がる。それはジェイルが最も得意とする、「ヴァリアブルターン」と呼ばれるアクロバット航法だった。
そしてその技は、シャイニングムーンという新型機体の性能により、相手にとっては夢幻に惑わされたようなインパクトとなる。
「もらった!」
旋回すらも間に合わないジュード機の腹部へと向け、シャムシールが横薙ぎを狙う――




