7.空にそびえし白銀の騎士
二体のヒューマノーツが落雷のような騒音を立て、家屋を破壊していく。工場町の古い家屋は、その巨体に乗られるだけにして次々と瓦礫の山と化した。
『ジュード、どの程度壊せばいい? まさか本気で町全部ってわけじゃないだろう』
ジュードのスピーカーへと、離れた位置で破壊工作を行うデズモンドからの通信が入る。
「泡食ってゴキブリが逃げ出すまでだ。隠れるのが無駄だってわからせれられればそれでいい」
家屋を踏みつぶしてく二体の上空には、ミッシェルの乗る機体が待機していた。レーダーとサーモグラフィーによる視認により、動くものを見逃さないように監視し続けている。
「警戒は怠るなよ! さっきの大出力砲がつっこんでくりゃ、今度は助かるかわからん!」
『わかってる』
彼らには、依然としてジュードの機体頭部を吹き飛ばした、その相手の正体が掴めていなかった。『新型』がやったのではと思う反面、それは有り得ないという現実的な常識がある。
ヒューマノーツを損傷させられる武装、装備を可能とするには、あの『新型』は小さ過ぎる。
『くそっ……! 焦らせてくれるじゃないか!』
デズモンドから、破壊の音と悪態が送られてくる。ミッシェルのレーダーは出力と感度を最大にしてはいるが、先ほど捉えられなかった攻撃を、次に感知出来る保証などはどこにもない。焦りを感じるのはジュードも同じだった。
しかし、この場を退くという選択肢は無い。
『新型』がミッシェルの考えた通りのものであるとすれば、今この瞬間が、この戦争の分水嶺になりかねないのだ。
「ちっ、自分で言い出したこととはいえ、面倒な……!」
戦闘でもないのに砲弾を使うわけにはいかず、無駄に機体を損傷させないためにも家屋を真横から蹴り飛ばすわけにもいかない。足を上げて踏み下ろすだけの作業、ヒューマノーツを使っていながら、まるで建設重機を操っているような感覚だった。
「……? ここか?」
ジュードの腹部カメラが一軒の工場を捉える。半開きになったシャッター、くぐれば人が入りこめそうなその一軒が、まさか先ほど逃げられた青年の生家だとは思いもしない。
ジュードが機体の足を振り上げようと、左右の操縦桿を捻って方向を安定させる。
『ジュード! デズモンド! 『新型』だ!』
「……!」
アクションを起こす寸前に、空にいるミッシェルから通信が入った。
「新型……! どこだミッシェル!」
『……上を見ろ、方位二百八十』
指示された方向へと、ジュードとデズモンドが機体を旋回させる。
「上……?」
膨らんだ脚部、痩身に甲冑を着込ませたような上半身、上の丸い頭部。
武装した古代中東の騎士の如き、白い一体のヒューマノーツがその巨体を空に浮かせていた――
『ジュード、デズモンド……』
現れた『新型』に釘付けになる二人の回線に、再びミッシェルの声が入る。
『ややこしいことを言って、すみませんでした』
「やかましいわっ!」
『てめぇ今日は晩飯抜きだドアホッ!』
罵声をマイクにぶつけながら、二体のヒューマノーツが背中から炎を噴かせて飛び上がった。
「っ……! 僕の工場を……!」
空にいる一体に並ぼうと、飛び上がる二体のヒューマノーツ。その片方が起こした衝撃によって、ジェイルの家の軒が倒壊していた。
『ジェイル! お前ヒューマノーツでの戦闘は!?』
モニター右下、青い顔の倉庫屋が尋ねてきた。ジェイルは映像をオフに、音声のみの通信に切り替える。
「出来ます…… ただし、実戦はまだ」
『っ…… そうか…… だが安心しろ! そいつは最強だ! スペックなら目の前の『ヒトデマン』タイプなど相手にはならん!』
「……! あのヒューマノーツは、ガンダラーの『ヒトデマン』なんですか!?」
「名前ダサっ!」
唐突に背後から聞こえたツッコミのような男の声に、ジェイルは後ろを振り向く。そこには何もなかった。
『ジェイル?』
「あ、いえ…… ですがヒトデマンと言えば、ガンダラー軍の主力ヒューマノーツじゃないですか。この機体はいったい……」
『……その話は後だ、今はとにかく町を離脱しろ』
倉庫屋の声が終わるか終わらないかの間に、ヒトデマンが接近を始める。
『町を出れば私との通信は途切れる。ジェイル、一人に任せて済まないが…… 町を頼んだぞ……!』
「……! はい!」
ジェイルは自機の片腕を振り上げ、背を向けて荒野へと進路を取る。
レーダーに映る三機が誘いに乗って追ってくる動きを捉え、左の操縦桿を強く前傾させた。
――途端に伝わる、強烈なG。
「……なんて、速さだ……!」
荒野に霞んでいた岩山が拡大されるように迫り、一瞬にしてその姿を鮮明にする。体高はヒトデマンと変わらない巨体にして、速度は訓練機とは比較にもならない。
慣れないハイスペックに若干振り回されながらも、ジェイルは荒野の最中にて自機の身を翻らせた。遅れること数秒、ヒトデマン達が空に現れる。
その数秒を利用し、搭載された兵装を確認していくジェイル。彼の回線に、倉庫屋からではない通信が入った。モニター左上へと、画面外より赤枠の『CALL』が滑り込む。
『エルドラード軍機へ応答願う。こちらガンダラー軍、ジュード中尉』
まさに軍人といった野太い声に、ジェイルは対面カメラのキーを押そうとして、やめた。
「……応答はする。なんの用だ」
『随分と失礼だな。カメラはおろか、名乗りすら無しか?』
「こちらは民間人だ。階級も無ければ、名を名乗る必要すらない」
自分は軍人ではない。そうはならない。無関係でありたいという思いが、軍人と顔をつきあわせるギミックを避けさせた。
『民間人? 民間人が『新型』を飛ばせるのか? そいつは随分と面白いことを言うな』
だが、その行為自体に、さしたる意味は無かった。
『その声には聞き覚えがある。お前はさっきのひよっこだろう。まさかお前、『新型』のテストパイロットにでも選ばれたのか?』
あっさりと自身を看破され、ジェイルは顔をしかめる。
「……士官候補生だ。偶然居合わせた、それだけだ」
『ほう』と鼻をならしながらの、嘲笑するような声がスピーカーから鳴る。
『大問題だな…… だったらさっさと降りた方がいい。そいつは軍基地に入り込んだ一般人が、勝手に戦車を乗り回すようなもんだ。射殺されても文句は言えんぞ?』
「……!?」
ジェイルは一瞬と身を固まらせる。敵からの言葉とはいえ、なんら間違いの無い事実だった。軍には属していなくとも、その程度の軍規、融通の利かない法律くらいは彼も心得ている。
『どうだ、今ならなかったことにしてやれる』
「なに……?」
『簡単な話だ。お前がそれを降りて、俺達がそれを持ち帰る。レコーダーも何もかも、そっくりそのままこっちが持って帰ればこの一件、誰に疑われようが知らぬ存ぜぬで通せるだろ?』
本当にそれで無事に済むのか、信憑性のほどはわからない。だが、ジェイルの心は保身に傾く。そもそもがジェイルは、命のやりとりをするような軍人にはなりたくはない。関わりすらももちたくはないのだ。
父親のような、軍人には――
「聞かせてくれ、ジュード中尉」
『なんだ?』
コックピット内、うつむいたままに、ジェイルは尋ねる。
「……僕が機体を引き渡せば、あの町は、もう手を出されずに済むのか?」
ジェイルにはそれが全てだった。エルドラードもガンダラーも関係無い。自分の生まれ育った町、それが全てだった。いつか帰り、町の一人として暮らす夢がある。
祖父のように平穏に、家族を守りながら。
『無理だな』
「っ……!?」
通信は、ジェイルの希望を半端に笑いながら打ち砕いた。
『俺達はエルドラードが『新型』を回収しに現れる、その情報を得てこんな辺境につっこんできた。それで事実、『新型』はあったわけだ。だったらエルドラードの連中は本当に、遅かれ早かれここには来るってことだろう?』
ジェイルの脳裏に、ヒューマノーツの頭部が吹き飛んだ先ほどの光景がよぎる。そうとしか思えなかった『遠距離からの艦砲射撃』、それを撃った艦がここへと現れる――
「……! まさか!」
『すでに後方で待機している部隊には、今の状況を伝えてある。せっかく待ち伏せ出来る状況なんだ。相手にでけぇ損害を与えられる、こんな機会を逃す理由はないだろ?』
「この場所を…… 戦場にする気か……!」
『俺の頭を吹き飛ばしやがった連中に、目に物見せてやらないとな?』
短く、クッと息を吐き、ジェイルは歯を食いしばった。
『それに、妙な男も隠れているようだ。あっちはあっちで、やはり町を瓦礫にしてでも見つけ出し――』
回線の言葉を無視し、ジェイルは操縦桿を引いた。
『なっ……!?』
白い機体―― 『SM01』の左腕が持ち上がると、差し向けられた手首の下が開いて銃口が現れる。
『てめぇ! 民間人が俺達相手にやる気か!』
ジュードからの怒声。ジェイルは目元を険しく、顔を上げる。
「相手が誰であろうと知らない! 僕は町を…… 防衛する!」
気炎を揚げ、戦いへの決意を示すジェイル。
彼の後ろ、その様を楽しそうに見物している存在には、気づくはずもなかった。




