6.鉄骨の騎士
倉庫で見つけたロボット、その体内。狭く暗いコックピットの運転席にもたれ、伊達は茫然と首を上げていた。ロボットが仰向けに倒れているために、寝転びながら椅子に座るという変な体勢でもある。
「まぁ…… そうっスよねぇ……」
機内を照らす唯一の明かり、金色の妖精が光る粒子を放ちながら彼のすぐ後ろ、複座の辺りを飛んでいた。
「大将にできるわけ、ないじゃないスか……」
最後は「くすっ」と半笑いだった。
伊達の前にはクモの光にぼんやりとその姿を見せる、様々な計器類やスイッチ、二本のスティック状の操縦桿などが並ぶコントロールパネルがある。
だがそれらはランプ一つさえも点灯しておらず、コックピット内は照明すらも点いてはいない。
「なぜだ……」
つまるところ、勢い込んで搭乗した彼がやったことは、操縦席に「座った」、ただそれだけだった。
「いや大将、なぜもなにも…… そもそもなんで動かせると思ったんスか。大将は車の免許すら持ってないじゃないスか……」
ロボである。二足歩行ロボである。
ただの車両どころか、航空機よりも操作体系がわからない、フィクションでさえもその動かし方がわりとなおざりにされている、二足歩行ロボである。
なぜ入れる必要があるのかはわからないが、あえてここで余談を入れるのであれば、かつて二十一世紀初頭、某大手ゲームメーカーが二足歩行ロボットを体感的に操作するという、一本の問題作を「家庭用に」放ったことがあった。
二本のスティック、一本のシフトレバー、無数のスイッチ、フットペダル。ロボットを愛してやまない困った大人達に向け(子供達が買える代物ではなかった)、リアルなコックピットを再現した巨大な専用コントローラーは話題を呼んだ。
会社の利益度外視な、その妙な力の入れように、誰しもが一度はやってみたい、有り得ない未来のゲームとして、繰り返すが当時の困った大人達にとっての憧れの一作となったのである。
だが、実際に触れた者は、筆者も含めて皆が思ったという。
「ですよね」と。
「ロボットなんスよ? ロボット。走るだけじゃないんスよ? 上半身も下半身もあって、手を握ったり武器使ったり、中のコンピュータ操作したり。ついこないだレースゲームやってて、『シフトって結局なんなの?』、とか言ってた大将には無理っスよ……」
車両より速く、航空機よりも飛べる男には、「乗り物」は結構な謎の分野だった。
「ああ…… 教習所って、なんであんなに高いんだろうな……」
「大将ならどうせ学科で落ちますから、っていうか、現実から逃げないでください」
しばし我を忘れていた伊達が唐突に目元に力をみなぎらせ、上げた両手をわなわなと、昭和くさい動きで憤り始める。
「なんでだよっ! おかしいだろ! こういうのって主人公は乗った瞬間に『なんかわかるぞ!』ってなるもんじゃないのかよ!」
「だって大将、主人公じゃないっスもん!」
「いや! シチュエーション的には俺だってなれるはずだろうが! まだ主人公出てきてないし!」
「会ってないってだけっしょ!」
クモちゃん的には、こういった伊達の妙に子供っぽいところは可愛くもあるのだが、今日はなんだかめんどくさいだけだった。
そして伊達が大人げなく、ダダをこね始めたまさにその時――
「……!?」
――閉じたはずのハッチが開き、外の明かりが中へと差し込んだ。
『大将!』
クモの声に、伊達は背もたれを転がるようにして複座へと落ちる。間一髪で、外から飛び込んだ人影が操縦席の背もたれに降り立った。
外の明かりごしに見上げる人影は、まだ年若い、黒いジャケットを着た青年だった。
『大将……! この子……!』
言われるまでもなく直感した。この青年こそが、この『世界』の『主人公』であると。
青年はハッチを閉じ、考えるそぶりすらもなくハッチ脇のスイッチを操作して、コックピット内に照明をもたらした。
伊達が目をしばたかせている間に、真横になった操縦席へと青年は座る。
「……エルドラード仕様……! 本当にうちの…… 新型なのか……!」
独り言を呟く深い紫の髪、彼は伊達を背に素早くコントロールパネルを操作する。
ゴッと、コックピットに駆動音が響き、操縦席の計器類のいくつかに赤や緑のランプが灯っていく。
「動く……! 動くぞ……!」
起動のたしかな手応えに、青年から声が上がった。
「あっ……! それ俺が言ってみたかった――」
「えっ?」
シートベルトを装着しようとしていた青年が後ろを振り返り、手で口を塞ぐ伊達と目が合った。
「なんだ……? 誰か…… いるのか?」
そのまま二、三と、青年は首を振る。
伊達は音が出ないように、ほっと息を吐く。『ステルス』を切り忘れていたことが幸いした。
――突如、地響きとともに轟音が立つ。
「……!?」
青年は顔をしかめ、気を取り直したようにコントロールパネルへと向かった。
『暴れ始めやがったか……』
伊達は外に放置してきた三体のロボットを思い出す。コックピットの外から聞こえた腹に響く物音は、一度で収まることなく継続を聞かせ始めた。
『さっきの俺の一発で撤退するかとも思ったが…… 血の気の多い連中みたいだな……』
この『世界』に現れ、ようやくと『仕事』の顔を見せ始める伊達。その隣で――
「うぉっ……!?」
クモがぱぁっと深緑の瞳をキラキラさせて、前の席を見つめていた。
『お、おい…… どうした?』
ぐりんっと、クモの首が伊達へと向く。
『すごいっスよ大将! この子ったらそっくりっス……!』
『い、いや…… おちつけ……』
『だってびっくりじゃないっスか! 実写版! 実写版っス!』
『実写……?』
『ほら! 見て見て!』
キモイ感じで興奮するクモに促されるも、今の伊達の位置からでは青年の後頭部しか見えない。だが、先ほど真正面で向かい合った時を思い出すに、クモの意見もわからないではなかった。
『……たしかに、ちょっと似てるか』
『似てるなんてもんじゃないっスよ! はぁ~、この世界来てよかった~!』
操縦席で忙しくコントロールパネルを操作している青年。
彼は伊達の世界で数年前に流行っていた、夕方くらいにやっていたロボットアニメ。特にロボットに興味を持たなかったクモを熱狂させた、そのアニメの主人公に似ていた。
思えば往年のシリーズのファンよりも、女子受けする作品だった。伊達からすれば『最近のは細っこい機体ばっかで兵器感がねぇよな……』と、あまり見るところのない作品ではあったが。
『変わっちまったなぁ…… ロボットアニメも……』
きゃっきゃしている妖精を横に、一人過去のロボットデザイン、その思い出補正されたカッコよさに浸るおっさん。
そんな彼を無視する形で、青年が「よし!」と一声最後のキーを押した。
『おお……!?』
操縦席の前面、ハッチを含め、ただの壁だった部分が一面全てモニターとなり、倉庫の天井が映り込む。直後、モニター右下に、『CALL』と書かれた緑の四角い枠が、通知音を立てながら滑り込んだ。
『おわっ……!?』『ひょえっ!?』
青年の操作に合わせ、四角い枠の中に老人の顔が現れる。頭の禿げ渡った老人に、伊達とクモが仰け反った。
老人の顔は、左半分が真っ青―― というより、完全に青く染まっていた。ところで、「禿げ渡る」ってどういう表現なのだろう。
『おいジェイル! 本当に行く気か!? 無茶なことは――』
青年に呼びかける老人、どうやらペンキか何かを被っているらしい老人の頭部に、クモは心当たりがあった。
『大将! この人さっき入り口で倒れてた人っス!』
『……?』
伊達は真顔で首を傾げた。どうやら彼は完全に、ロボット以外は見えていなかったらしい。
「屋根を開けてください倉庫屋さん! 早くしないと町が!」
『……っ、わかった……!』
苦渋の表情で、モニターからフェードアウトする老人。ほどなく、鉄が大きく軋む音を響かせ、天井がドーム状に中心から二つに開き始めた。
暗い屋根を割り、射し込む強い光と、開かれていく青空。その光景に目を奪われていた伊達の体に、浮遊感が起こる。
『お、おお!? こいつは……!』
『ロボットが動き出したっス!』
モニターの映像が縦に動き、視点が高くなっていく。映像の動きはまさに『人が立ちあがる』、その目線だった。
モニター右下に、再び老人が入り込む。
『ジェイル! 行けるか!』
「はい!」
両手に二つの操縦桿を握ったジェイルは、一度に両方を外に開いて叫ぶ。
「SM01―― 『シャイニングムーン』! 発進!」
倉庫の床を蹴り、白き騎士が空へと飛び立った。




