5.白き流線型の戦士
屋根伝いに一直線に移動した伊達は、だだっ広い土地と連結した二棟の大きな建屋を持つ、『倉庫』らしき敷地へと降り立った。
足を止めることなく、敷地を走りながら伊達は叫ぶ。
「ここだ! ここしか無いはずだ!」
「大将!?」
建屋の中途に開いたシャッターをスライディングでくぐり、伊達は中へと転がり込む。
薄暗い、四百坪ほどのアスファルト敷きの倉庫の中には、中央にブルーシートを被せられた巨大が過ぎる物体。そして入り口すぐ、左の壁際には――
「大将! 誰か倒れてるっス!」
壁面の崩れた棚から落ちた一斗缶や工具にまみれて倒れる、禿げあがった白髪頭が見えた。
伊達はそれを無視し、掴んでいたクモを手から離すと、まっすぐにブルーシートへと駆け出す。
「……って、大将?」
「ぬうっ……! せいやぁっ!」
バリバリと引きちぎれる音を聞かせながら、伊達の人智を超えた豪腕に水色の幕が一気に剥がされる。
その強引さに一部引っ張り上げられた中身が浮き上がり、アスファルトを打って硬質な打音を響かせた。
「あった! やっぱりあったぞ!」
「……!? こ、これはっ……!」
中には輝くような白いフレーム、黒く染め上げられたインナーやジョイント。未来を感じさせる流線型のパーツを持つ、騎士の巨体が横たわっていた。
「見つけたぜ! どっからどう見ても『主人公専用機』!」
拳を握りしめて叫んだ伊達は、ひとっとびで機体の胸の辺りに乗り、足下を探りだす。クモは慌てて彼のそばへと飛び寄った。
「ちょちょちょ! 大将、『主人公になる』ってまさか……!」
「しょぼい荒野の町に突然現れる敵っぽい量産ロボ! 一方的に攻め込まれて逃げていくだけの人々! そんで現れないヒーローロボ! これだけ条件そろってんなら考えられるパターンは一つじゃねぇか!」
ロボットの胸からみぞおちにかけて、継ぎ目を見つけた伊達は、継ぎ目の脇に配置されたそれらしい黒いスイッチを押し込む。胸部の装甲が、ロックを解除された車のトランクのように音をたてて浮き、そこから自動で開いていく。
「こいつは『新型』登場のシーン! そして主人公が初めて搭乗するシーンだ!」
ビシリと、ロボットの左胸の下部に黒字で描かれた『SM01』の文字を指で差す伊達。うまいこと言ったつもりの伊達だったが、クモには二回目の「搭乗」も「登場」として伝わっていた。
「え? え~? それじゃ、ひょっとして大将がこれに乗って……」
「あったりめぇよ! 『世界』が俺にやれって言ってんだろうが!」
言うが早いか、伊達は開かれた内部、『コックピット』へと飛び込む。
「あ~! 待ってくださいよっ!」
ひょろりんっと彼を追ってクモが入り込む。開いていた装甲が戻り、彼らを呑み込んだ。
頭部を吹き飛ばされ、傾いたままのヒューマノーツ。その内部に座す、緑色の軍服を着込んだひげ面のパイロットが、太い腕で二本の操縦桿を握る。
パーツの軋む音と駆動音を聞かせ、巨体が直立に持ち直した。
『ジュード、平気か?』
失った頭部カメラの代わり、腹部カメラからの低い映像が下方から水平になった辺りで、僚機からの通信が入る。聞き馴染んだ、しわがれた低い声だった。
「綺麗に頭だけをぶっとばされたみたいだ。動くことに問題は無い」
『そうか』と短い通信を送る同僚の姿を確認しようと、ジュードはカメラの仰角を上げる。二体の僚機は青い炎を背中から出し、空中に留まっていた。
「デズモンド、敵影は?」
何かはわからない、だがヒューマノーツの頭部を吹き飛ばせるような、何がしかの大型機からの攻撃があったことは事実。交戦に向かった様子もなく、被弾した自らを残して逃げるでもなく、ただ宙に留まっている二機が、ジュードには奇妙でならなかった。
『……無い』
「無い……? そんなはずが……」
『今、レーダーには映っていない。ログを調べたが、何かの接近も、攻撃へのコーションすらも無い。正体不明だ』
ジュードは手元の計器を操作し、記録を確かめる。自機のレーダーは頭部と一緒に持って行かれ、今のデータが沈黙していることはわかる。だが確かに、レーダーが生きていた頃のログにも、何の形跡も残されてはいなかった。
「どうなってやがる……」
『ジュード、これを見てくれ』
カメラ映像に割り込む形で、モニター右下に僚機から動画が送られた。
「……? これは?」
『ミッシェルの機体からのレコーダー映像だ』
映像には鉄塔が映っていた。ブレを見せる空撮映像が鉄塔の上部、小さく映る人影をズームしていく。
「男……?」
ナイロン製と思われる、黒く安っぽいジャンパーを着た男が鉄塔に膝立ちになり、身を引いて何か小さなものに詰め寄られている様子だった。小さなものが何かは、映像からはよくわからない。
「なんだこいつは…… 持っているものは…… 狙撃銃か?」
男は白銀の何か、白い棒状のものを手にしていた。ジュードがそれをすぐに武器だと判別できた理由は、彼が軍人で、この場が戦場であることが大きかった。
『ジュード、ここからだ、よく見ていてくれ』
デズモンドからの通信に、ジュードは目を凝らす。
男がカメラに顔を向け、こちらに気づいた。そして男は左手を真っ直ぐに横へと振り――
「な、なに……?」
忽然と、姿を消した。
ミッシェルの咄嗟の判断だったのだろう、数秒と掛からずに、映像が青と赤のサーモグラフィーに切り替わる。だが、そこに映る内容にも男はおらず、男の足下の鉄塔が黄色く、それまでの存在を裏付けているだけだった。
『少し戻すぞ』
狐につままれたように顔を硬直させているジュードの前で、映像は男が消える寸前へと切り替わる。そこからコマ送りに、サーモグラフィーに切り替わった直後までをデズモンドが操作した。
その静止画像には、カメラの隅、見切れる寸前の赤い人影があった。
「……おい、これは」
人影は完全に、『鉄塔の外』に映っていた。
『飛び降りてる。念のために下を確認したが、死体は無かった。鉄塔全体をサーモグラフィーで捉えたが、潜んでいるわけでもない』
「おかしいだろう…… じゃあ、あの高さの鉄塔から、命綱かなんかで一瞬で脱出したってのか?」
『……一瞬なら飛び降りと変わらんな』
二人は回線を開いたまま、しばし沈黙した。その沈黙を待っていたかのように、もう一体の僚機から通信が開かれた。
『ジュード、デズモンド。俺達は勘違いをしていたのかもしれない』
「どういう意味だ、ミッシェル」
歳の頃は自分達と同じ四十半ばにして、声だけは若く聞こえるミッシェル。その声はいつもより幾分低く、深刻さを持っていた。
『……エルドラードの『新型』とは、ヒューマノーツではないのではないか?』
「……!」
彼らが与えられた作戦、その前提を覆す発言にジュード達は言葉を詰まらせる。
『考えてもみてくれ、ヒューマノーツに関してはこっちの方が遙かに進んでいる。今更やつらが新型とやらを作ろうとも、俺達の乗っている機体の性能を上回るとは思えない』
『ミッシェル、じゃあ、情報はデマだったと……』
『いや、『新型』は『新型』なのかもしれん。ただし…… まったく別のな』
「別の……?」
ミッシェルが何を言わんとしているのか、ジュードは体を前のめりに、コックピット上部のスピーカーに顔を寄せた。
『エルドラードが我々よりも優れている技術…… 高度AIプログラムによる、『オーパス』』
「オーパス……!」
通信の内容に、デズモンドが噛みつく。
『馬鹿な、ありえないだろう。さっきの男がオーパスだっていうのか? オーパスはただのガジェットだ、あれはどう見てもただの人間――』
『『ただの人間』が突然消えるのか? あの高さから一瞬でいなくなるのか?』
『それは……』
デズモンドからの音声が止まった。カメラが捉えていた事実は、ブレようのない現実だった。
高所を怖れる様子を微塵も見せず、鉄塔の上に立つ男。その姿を思い返しながら、ジュードは自分なりに答えを結んだ。
「……ガセかマコトか、エルドラードには人と見分けのつかない、人間大のオーパスもいると聞く。ミッシェルの話は、戯言とは言い切れんようだ」
『おいジュード、信じるのか?』
暗澹たる心持ちで、ジュードはため息を吐いた。
「……ヒューマノーツで敵わないなら、別の技術で。理には敵っているだろう?」
『それは…… そうだが』
「ヒューマノーツはたしかに強力だが、巨大過ぎる。向かない任務なんざヤマとある。だが人型の、白兵戦が可能な兵器ならばどうだ? その用途はほぼ無制限と言っていい。それこそ、ヤバくなった戦局を一発で覆せるくらいにな」
ジュードの言葉に、デズモンドからは息を吐く音、ミッシェルからはただ沈黙があった。
「探すぞ」
両手で二本のレバーを操作し、ジュードは僚機に対し機体を真横に旋回させる。民家の軒先に、首無しの鉄巨人の足がめり込んだ。
「ゴキブリをいぶり出す。町を平らにしてでも見つけ出し、捕獲できないなら叩きつぶせ」
了解を示すように、僚機達の緑の目が光を強くした。




