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玄人仕事  作者: 千場 葉
#7 『ボーイズドリーム・ロボティクス』
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2.鉄血の絆


 新築の匂いが漂うマンションの一室。割り当てられた六畳の兄弟部屋で、小さな子供二人は肩を寄り添い、真剣さと期待が入り交じった表情を机の上に注いでいた。


「よし…… 恭次(きょうじ)、次は?」


 少しだけ体の大きな兄が、ピンセットと人差し指で『プラスチックの人形』の胸へと、細かなシールを張った。


「うん、次は…… 羽の下」

「よし……!」


 隣に座る弟が、説明書や箱を片手に兄へと指示を出していく。

 手先の器用な兄が実作業をし、神経の細やかな弟が失敗の無い指示を出す。仕上がりが綺麗に、完全に格好良い形になるようにと心を配った役割分担。


「出来た! 出来たぞ恭次!」

「おー! かっこいいー!」


 兄弟はその完成に、外国人の子供のようなハイタッチをし、喜び合う。


 ――子供用の勉強机の上には、テレビでお馴染みの二足歩行のロボットが立っていた。





「み、見たか……?」


 呆然と空を見上げながら、黒いジャンパーの男は、遠く去って行く鉄の塊を目で追っていた。

 ドロンと煙が立ち、彼の隣に肩までの金髪、トンボのような四枚の羽と、緑の縁取りのある白いローブ。体長二十センチほどの妖精が現れる。


『はい、見ました…… しっかと……』


 妖精も同じように、呆然と口を開け、その姿を追いかけていた。


 一人と一匹が、持ち上げた両手の拳を握り、前屈みにぐっと体を震わせる。

 そして同じタイミングで、盛大に万歳を見せた。


「やった! ついに来た! 来たぞ! 伊達(だて)良一(りょういち)、二十六歳にしてようやく到達しましたっ!」

『キターーーー! これはキタっス! 間違いねぇっス!』


 バッと、黒ジャンパーの男―― 伊達が妖精へと首を向ける。


「なぁクモよ! さっきのあれは、まさしく!?」


 ビッと、妖精―― クモが親指を突き出した。


『二足歩行ロボ! アニメではない感じのやつっス!』


 人間の手と、小さ過ぎる妖精の手がちょんとロータッチをし、「ひゃっほー!」『イエーイ!』と歓喜の雄叫びが荒野に上がった。


「ああ、これまで色々な『世界』を見てきて…… いつか来るんじゃないか、今日にも見れるんじゃないかと期待してはいたが……」

『感無量っスな……! 『二足歩行? そんなの現実的じゃねーよ!』、なんて決めつける連中に見せてやりたい気分っス……!』


 伊達は、ロボットが去っていった空へと手を差し向ける。本人が思っているほどにはカッコ良くない感じのキメ顔だった。


「やはりロマンは実在した! 人の科学はロマンを現実化させるんだ!」

『こんなに嬉しいことはないっスな!』

「よし! 気分がいいから魔力をくれてやろう! ロマンだけじゃなくお前も現実化して、その身でロマンの風を味わうがいい!」

『ありがたきしあわせ!』


 みょんみょんと伊達の右手から金色の『魔力』が流れ、『><』な目をした妖精の存在がリアリティを見せた。


「ふぅ…… 本当だぜ、こんなに嬉しいことはないな」


 そして伊達は、ギリギリ怒られそうなセリフを言わなくてもいいのに繰り返し、左手の携帯を操作し始める。


「大将?」


 小首を傾げるクモをよそに、伊達は携帯を左耳にあてた。


「あ~、もしもし、恭次? 今仕事中か?」

「ほぇっ!?」


 彼が携帯を使ってかける先などは知れている。だが、彼がクモの前で弟に電話をかける、その姿は珍しいものだった。


『ちょうど昼休みだけど…… どうしたの?』

「いやな、はっはっはっ! 実はよぉ――」


 すごく嬉しそうな顔で話す伊達。弟の反応を聞かせたいのか、わざわざスピーカーモードにしてクモにも会話がわかるようにしている。それに対し、電話口の向こうの反応は小さく、恭次はほとんど口を出すこともなく、耳を傾けている様子だった。


「っというわけでさ、どうやらこの世界は――」

『兄ちゃん』


 鋭く、冷淡な声が伊達の言葉を(さえぎ)った。びくりと、クモが体を浮かせた。


『まさか…… 写真撮ろうとかは、考えてないよね?』

「え? ああ、いや、それはもちろん、この携帯のカメラでばっちりとだな――」

『ダメだよ』


 真に迫った注意の喚起に、伊達は真顔になり、クモはあわあわと手を口にあてた。


『いいかい兄ちゃん。これまでも何度か言ったと思うけど、陰謀や『覗き見』は、兄ちゃんが行くような世界だけの話じゃないんだ。それは僕達の世界、狭い日本一つに絞ったところで、数え切れないほどに存在する』


 淡々と言葉を並べる恭次。静かな口調の裏にある、ずしりとした凄みに押され、伊達とクモは呼吸も不確かに聞き入った。


『特に今、パソコンだけに非ず、携帯を介した通信の傍受(ぼうじゅ)は、事細かに行われている。アメリカもフランスも、中国や北も、日本だって例外じゃない。世界中がネット上に飛び交う画像やテキストのデータ、音声データに至るまでを機械的に視ているんだ。本来ならこの通話でさえも危うい。エシュロンが笑い話だった時代は終わってるんだよ』


 飛び交う聞き慣れた世界の国名に、一瞬と伊達は自分が今どこに立っているのかを忘れ、「お、おう」とだけ返した。


『いつも兄ちゃんに送ってもらっている冒険譚程度のメールなら、傍受されても問題は無い。だが、画像のデータはあまりにも危険だ。それも未知のテクノロジー、軍事に繋がる内容が表に出て、『本物』だと知られてしまえば、こちらの世界がどうなってしまうかはわからない。最悪…… 兄ちゃんは戻る場所を失うかもしれない』

「……!?」


 何を馬鹿な、普通であればそう言うのかもしれない話を、伊達は否定することが出来なかった。

 作家として、伊達の『仕事』を本という形で記録し続けている弟。だが、恭次の本業はシンクタンクの研究員。ジャーナリストとしての経歴も有り、現在も過去も、世界の『裏側』を嫌というほどに見ている。

 そして伊達は、『裏側』を見るだけになく、様々な世界で陰謀を我が身に受けてきた男だった。


「……兄ちゃんがあさはかだった、許してくれ。もう少しでお前達を危険な目に合わせるところだった」

『ああ、わかってくれればいい。だから――』


 浮かれていた自分を律し、一人首を振る伊達。そこに恭次は、



『ネットに繋がらないカメラで撮ってきてくれ、頼む!』



 と、一変して明るい声でのたまった。


「は? え? いや、お前……」

『いや、だからネットがまずいんだよ、スタンドアロンなら問題無い。それに兄ちゃんの携帯のカメラなんてしょぼ過ぎるよ! もっとすごい解像度で! くっきりはっきりわかるやつを頼む!』


 しばし、話が見えずに真顔でクモと顔を見合わせる伊達。

 やがて一人と一匹は、ガッテンとばかりに頭の上に電球を浮かせた。


「わかったぜ恭次! たしかに俺の携帯はしょぼ過ぎる! すげぇ写真撮って帰るから楽しみに待ってろ! むしろ乗って体験談聞かせてやる!」

『あ~! マジか~! いいなぁ兄ちゃん!』


 この兄にしてこの弟有り、血は争えないものだった。


『ねぇねぇ、何系? ちょろっと見たんでしょ?』

「おお、おうおう、あれ多分リアル系だわ。デザインは若干スーパーっぽかったけど」

『うぅわぁ~、それ絶対撮ってきてよ?』


 ロボット談義に花を咲かせる―― 鉄を組み立てること数分。伊達は「ふぅ」と満足げなため息をつき、携帯を切った。帰ったあとの通話料金に怖れをなして切ったのである。


「よし、じゃあ、さっきのを追いかけるかクモ」

「ですな! でも…… カメラどうします? デジカメなんておしゃれなもの、大将はお持ちじゃないっしょ?」

「ふっふっふっ……」


 悪役笑いを響かせながら、伊達は空中へと右手を『吸い込ませた』。

 ごそごそと、中を探る様子を見せ、右腕が紫の裂け目を見せる空間から引き抜かれる。彼の手の先、ものすごく埃まみれな一本の白い棒が姿を現わした。


「ぶはっ、ぐはっ! 掃除してください!」


 雑多に手で埃を払われていく棒、やがてそれは白銀を見せ、刻印された「ALMELS」の文字を見せる。


「おおう? アルメルスのスナイパーライフル……? 何するんスか?」


 一見して楽器のようにも見える、優雅さを備えたスナイパーライフル。光を反射しない白銀を持つ銃は、二足歩行を叶えたこの世界にも、存在するかはわからないシロモノだった。


「ふふん、たしかこいつには、スコープに映した対象を撮影する機能があったはずだぜ?」

「お!? おうおう! 初めて聞きましたが、このチートの塊みたいな銃なら、あっても全然おかしくない…… っていうか、無かったら嘘みたいな機能っスな!」

「だろ? こいつのスコープの映像に比べりゃ、デジカメなんて俺の携帯みたいなもんだ。キロ単位で離れてたって接写と変わらん。まさに一方的な撮影が出来るってわけだ」


 若干どころか、今回かなり『仕事』を忘れている伊達は、自らの閃きにご満悦という様子で銃を肩にかけた。


「あれ……? 大将…… さっき『たしか』って言いました?」

「『たしか』? ああ、言ったぜ? 試したことは無いからな。まぁ、やってみりゃわかんだろ」

「そ、そうっスかね……」


 意気揚々と、荒野を歩み始める伊達。

 クモは追いかけながら、『なんか微妙にフラグが立った気がするっス』と、心に思うのだった。


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