1.赤錆びの町
黄色に輝く見渡す限りの荒野を、砂を巻き上げ迷彩色の大型車両が走る。
周りの風景にまったく溶け込まない、緑の旧型特殊装甲車両。それは民間の交通インフラとして町が買い上げた、この地域の名物でもあった。
薄暗く、狭い鉄張りの車両内部。対面式の硬いシートには、町へと向かう数人の乗客。
荒れ地を走るがたがたとした揺れと、ディーゼルが撒き散らす騒音の中、座っていた一人の青年が顔を上げた。
お情け程度にある覗き窓に、青年の顔が反射する。黒に近い、ディープパープルの髪。
青年は自分の姿の向こう、荒野の先を見据えた。
赤錆びた高い建物に張り付く、剥き出しの鉄骨階段。その下に群れる、薄汚れたコンクリートの壁を持つ家屋達。
その光景に青年は青い瞳を伏せ、頬を緩めた――
「ただいま、母さん」
青年は馴染んだトタン屋根の小さな建物、錆びの浮いたシャッターをくぐり、工場へと入った。
「ジェイル……!」
そこかしこに積み上げられた、一見してガラクタの山にしか見えない鉄くずの群れと、棚に並ぶ古ぼけた工具。その中心で丸椅子に座り込んでいた女性が、黒いジャケットを着た青年の姿に、手にしていた鍋とハンマーを取り落とした。
「あなたどうして…… いつ帰ってきたの?」
青年と同じ髪色を持つ女性は、そんな無骨な物を手にするとは思えない、目元の優しい綺麗な人だった。その容姿を受け継いだ青年は、記憶と変わらぬ彼女へと笑顔を浮かべる。
「新学期前の長期休暇だよ、帰るってメール出しておいたのに、見てなかった?」
「あら? あらら……」
慌てたように作業台の上にある、年代もののデスクトップPCを操作する母。
今時モニターがあるPCも、後ろで結った長い髪を揺らす母親の仕草も、ジェイルには懐かしく、温かかった。
「あっ、あったあった! ごめんねぇ、丁度その時これ修理に出してたから、母さんチェック出来ていなかったわ」
「ははっ…… 仕方無いなぁ」
笑う青年の目が、PCの隣に置かれた写真立てを捉える。
小さな自分と今より少し若い母。その後ろには、紫の軍服で引き締まった立ち方をする痩身の男。
ジェイルは背負っていた荷物を下ろし、ジャケットの襟を正すと、『生前の男』に向きあうように言った。
「ただいま帰りました。父さん」
写真の父に向かい、敬礼を見せるジェイル。
彼が敬礼を解くまでの数秒を、母は目を細めて見ていた――
「へぇ…… そうなの。じゃあもう、ヒューマノーツのパイロットに?」
「うん、まぁ…… このまま行けばなれるんじゃないかな?」
修理を終えたと聞いたPCの内部をいじり、手直しをしていくジェイル。祖父の代から家に有り、物心ついた頃から中を触っているジェイルにとっては、その仕上がりはやはり満足のいくものではなかった。
「でも母さん、僕は軍人にはならないからね」
「わかってるわ…… でも、それだと卒業後はどうするつもりなの?」
ジェイルは真新しく交換されたケーブルを引き抜き、台の引き出しから取った旧式のケーブルへと取り替える。愛機の癖に深く馴染んだ彼にしかわからない、微妙な勘所だった。
「警察にね、ヒューマノーツを投入した警備部隊が新設されるんだ。発足前の今なら、パイロットの資格さえあれば入れてくれるらしい。僕は警察官になるよ」
PCに向かう息子の背中を見、母は夫の写真へと笑いかけた。
「……そう、それは素敵なことだわ」
「ありがとう、でも……」
ジェイルは手を止め、母へと振り返る。
「いつか僕は…… この工場を継ぎたい」
「ジェイル……」
「士官学校の学費を出してくれた母さんには悪いと思う。でも、僕の小さな頃からの夢なんだ。学費はちゃんと就職して返す。そこからは…… 自由にさせて欲しい」
母は床に落としたままだった鍋とハンマーを拾うと、うつむいて、穏やかな笑顔を浮かべた。
「……そうね、あなたももう二十一だものね。好きになさい」
「いいの……?」
「あなたをパイロットにしたかったのは、お父さんを想う私のわがまま。でも、その歳まで付き合ってくれて、本当にパイロットになるのだもの…… これ以上は、私には言えないわ」
カンカンと、ハンマーが鍋を叩いていく。
母の目の前に、息子の手のひらが差し出された。
「貸して?」
道具を受け取った息子の腕が、昔のように鉄具を修繕していく。彼らの国エルドラード、軍士官学校のあるその首都に送り出して三年。息子の腕は少し太く、逞しくなって見えた。
その腕には、パイロットとして戦死した父親の、たしかな面影が生まれていた。
帰省したばかりの息子と母は、穏やかな会話を繰り返しながらその日の仕事を続ける。
小さな鍋の修繕から、車両の板金。そんな生計を立てるためだけの何気ない仕事の音が、小さな工場に響いていた。
工場町ディストーション。ジェイルの故郷ではさして珍しくも無い、家族の在り方の音だった。
「悪いわね、帰ったばっかりで。お茶を入れるわ」
「うん、お願い」
母一人では夕方までかかっただろう仕事も、もう終わりにさしかかろうとしたその時――
「……! なんだ……?」
旧世代から変わらない、Aの音階が身を竦ませる。
けたたましく、赤を連想させるサイレンの音が町を包んだ。
「邪魔するぞ!」
半開きになっていたシャッターが押し上げられ、無精髭の大柄な男が工場に入り込む。その男はジェイルのよく知る人物だった。
「電気屋さん!?」
「おお!? お前ジェイルか!?」
故人である祖父と仲の良かった近所の電気屋は、小物をいじるのが大好きだったジェイルの少年時代の師匠だった。その姿は母と同じく、この町を出る時といささかも変わらない。
しかし、表情には見たことの無い焦りの色があった。
「っと、今はそれどころじゃなかった! お母さんはいるか?」
「え、ええ…… 奥に……」
「連れて逃げろっ! 早く避難するんだ!」
「……!?」
剣幕に驚きとどまるジェイル。その後ろで奥のドアが開き、母親が顔を覗かせる。
「ガンダラーの軍隊がこっちに向かってる! ヒューマノーツだ!」
サイレンの音は鳴り止むことなく、事態の切迫を知らせ続けていた。
とぼとぼと、荒野を歩く男が一人。
オールドファッションとも言えない、安っぽい合成繊維の黒いジャンパーに、深い緑色の薄汚れたチノパン。爽やかとは言い難い、二ヶ月と散髪を怠っている感じの黒髪。
なんとも冴えない風体の男は、時折周囲に目を配りつつ、何も無い荒野を目的すらも無いように歩き続けていた。
『な~んにもありませんね~、大将~』
男の意識に、小さな女の子の声が響く。
『ねぇな、あるはずなんだが……』
口を開くことなく、男は思念を返した。寂しい男の危うい妄想などではなく、そのやりとりは現実として彼の中で起こっていた。
『もうパパッと飛んで、どこか町でも探した方がよくないっスか?』
『かもな…… だが、俺の『仕事』の経験上、こうやって放り出された最初の場所ってのは、結構重要なんだよ。お前もさんざん見てきただろ?』
『まぁ、そりゃそうっスが』
男は足下のポケットを探り、小型のガジェットを取りだした。完全に骨董品、伝説クラスの骨董品。それは今のこの『世界』においては存在すらも希少な、音声通信をメインとする「携帯電話」だった。
『もうここに来て一時間くらいか…… おっ?』
『……? どうかしたっスか?』
『電波立ってる。この世界繋がるらしいぞ』
『おー、珍しいっスね。相変わらず仕組みはサッパリですが』
携帯の画面、右上にメール着信のマークを見た男は、ボタンを操作して確認を始める。カチカチと、微妙に効きの悪いボタンを押す男、その頭上を――
「……!?」
赤い両手足、黄金に塗られた胴を持つ鉄の巨体が、背中から青い炎を噴かせて通過していった――
『#7』開幕です!
今回のお話は少年達と、かつて少年だった大人達の覚めないロマン、ロボットアクション!
でも…… コメディ!
あの頃のアニメを思い返すように、気楽な気持ちでお楽しみください!




