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玄人仕事  作者: 千場 葉
#1 『ビジネスホテル・バード』
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21.翼、休まる時


 遠くに見える森林は緑の頭部をオレンジに浮き立たせ、その向こうには眩しい輝きが落ちようとしている。小雨を見せていた雲は今や散り散りに、紫に体を染めていた。

 暖かな夕刻。草地を歩く少年の背、もたれかかっていた少女がみじろぎをした。


「よっ、ユアナ。起きたか?」


 周囲の景観に彼女が首を振る。砦は遙か後方、足下には草を踏む音。彼に負ぶわれ、外へと出ていることを把握するまでに、幾ばくかの間が必要だった。


「シュン…… 戦いは……」

「終わったよ、ブン殴っておいた。ガラの書は残念だけど、これで終いだ」

「レラオンは……?」

「あの様子だともう動けないだろう。通報はしておいた、すぐに捕まるさ」


 ぐっと、肩にかかる彼女の腕が引き締められ、間近に香る彼女の頭部から嗚咽が届いた。


「なんだよ、泣くなよ……」

「あの時…… ほんとに死んじゃったかもって……」


 今になって、自分が『死んだ』時のことを思い出したのだろう。そう思ったシュンは、「大丈夫」と改めて一言置き、彼女が泣くままに任せた。

 彼をしても背中に感じる温もりがなければ、今が夢なのかもしれないと、そう考えてしまうような現実感の無い出来事だった。


「――神様のおかげってやつかな」


 しばらく歩き、彼女が落ち着きを見せた頃に、シュンは呟いた。


「神様の?」

「ああ、よくわからないけど、とにかく助かって生きてる。ラッキーなことだよ」


 くすりと、ユアナが笑った。


「シオンに聞かせてあげたいわ…… どんな顔するかしら」

「ははっ、やめてくれ。でも、俺の国には八百万(やおよろず)って言って、いっぱい神様がいるらしい。その中の誰か一人でも俺達を見てて、助けてくれたのかもな」


 いるともいないとも思わない、そんな存在。ただ何か奇跡が起こって、助かったことには誰にともない感謝があった。そして、そんな感謝は実のところどうでもいい。

 今は話題が変わって、彼女が笑ってくれればそれでよかった。

 戦いは終わったのだ、レラオンとの決着によって――





 炎を纏った拳が()き止められ、両掌に黒く魔力をたぎらせるレラオンと肉薄する。


「ふははははっ! なんという力だ!」


 目の前の彼は笑っていた。

 見下すのでも、含むでもなく、快活な笑いだった。


「さぁもっと見せてくれ! お前の力を! 俺を仰天させてみろ!」


 シュンは渾身の力を込め、レラオンを押す。

 気を抜けば死ぬ、この一撃が勝敗を決める。そんな最中、シュンはその顔から目が離せなかった。


 ――こいつは、こんなに楽しそうに笑うやつなのか……


 繰り返してきた戦い、その最後の瞬間にシュンは知った。


「終わりだレラオン!」


 彼の黒竜が力を(かす)ませる、その一拍を見逃さずにシュンは一息に勝負を持って行った。

 体を離れた鳳凰がレラオンを連れ去り、壁へと叩き付けるまでの間にも、彼の表情は変わらなかった。


 ――ああ、そうか……


 決着に息を吐きながら、シュンは思う。


 ――こいつも、俺達と同じだったんだ……


 上から見られるのではなく、下から崇められるのでもなく、対等――

 天才であるがゆえに何をやっても人を上回り、上からは誉められて見下され、同じ立場や下からは同じ人間としては見られない。

 それはどれだけ寂しいことなのだろう。

 彼自身がそれを理解していたかはわからない、ただ彼は、探していたんだろうと思う。


 自らと『対等』、そう思える相手を――


 力に群がった信奉者達は違う。だが黒騎士や、もしかすればアスタリッドは、そんな彼の心をどこかに感じ、そばに居続けたのかもしれない。


 シュンは、そう思った。





「ねぇ、シュン?」


 『敵』を想い、つい黙り込んでいたシュンは少し体を震わせた。


「な、なんだ?」

「私…… シュンの国に行ってみたい」

「えっ?」


 そういえばと、話題が祖国に触れたことを思い出す。


「遠いぞ? 地味なところだし…… 行って面白いようなところは――」


 ふと、思い出したことがあった。

 それは三週間前、全てが始まるあの日の、何気ない会話――


「……じゃあ、卒業旅行にしようか」

「卒業旅行……?」

「ああ、まだまだ先になるけど…… 高等部の終わりにでも行こう。シオンやリイクも誘ってさ、みんなで行こうか」


 それは考えるに、楽しそうな未来だった。

 西日が遠く沈んでいく。赤く紫に染まる世界に、シュンは穏やかな笑顔を送る。


「ううん」


 ぎゅっと、ユアナが身を引寄せた。


「な、なんだよ…… やっぱり遠すぎるか?」

「ううん」


 小さく首を振る仕草が、髪の匂いを強める。


「二人で、行きたい」


 シュンは息を止められ、足を止められた。

 わずかに上がる体温を、彼は首を振って誤魔化した。


「わがままだなぁ……」

「ダメ?」

「……いいや、それは近い内に、考えとく」


 シュンは再び歩み出す。

 見上げる空の向こう、赤い一隻の飛行船が彼らの元へと飛んできていた――





 薄く、辺りを橙色に染める光に、彼は目を開けた。

 霞む目が周囲を映し、その場所が良く知った地下の広間であることを知る。


「……!」


 背中に激痛が走った。その痛みが彼の意識を覚醒させる。


「……生きて、いるのか…… 私は……」


 目の前には崩れ、瓦礫を(まくら)に斜めに倒れた巨大な柱がある。戦いは夢などではなくたしかにあり、叩き付けられた背中の壁は現実のものだった。

 火の鳥が舞い、黒竜で対抗した。そして、敗れた。

 完全に意識は消失し、抵抗する力などはもうなかった。


 しかし―― 生きていた。


「……ふざけるな……!」


 痛む体などものともせず、レラオンは立ち上がった。


「生かしておいただと! この私を……! 拘束するでもなく、ただ放置して生かしておいただと!」


 全身から黒い魔力が噴き出し、自動回復がかかる。

 とどめをささずにいたシュンの甘さが、彼の怒りを奮い立たせた。


「生かして逃がせば……! 改心するとでも思ったか! 愚か者め……!」


 痛みと憤怒に顔を歪ませ、倒れた柱に手を付き、鈍い足が床を踏み始める。

 どれだけ眠っていたのかはわからない。だが追いつきさえすれば、いや、どこへ逃れていようとも追いつき、完全な形で決着を付ける。

 鬼気迫る内心を隠す様子も無く、その足取りが戦いに崩れた大扉へと――



「……?」



 そこでレラオンは気づいた。

 『薄く、辺りを橙色に染める光』とは、この周囲を照らす明かりとはなんだと。


 感覚的に、火の明かりだとはわかった。だがこのフロアの照明などは先の戦いですでに壊れ、辺りには闇が広がっているはず。

 火の明かりは柱の下、わずかに開いた隙間から足下を照らしていた。

 理解の及ばない状況に、怒りを忘れたレラオンは歩いて柱を周り、その反対側へと出る。



 ――カンテラを持つ、奇妙な『鳥』がいた。



「おい」

「おわっと……!」


 どすどすと太い足で向きを変え、『鳥』が大仰な仕草で驚きを表した。


「なんだ貴様は…… 誰だ?」


 初めて見る『着ぐるみ』だった。配下の中にもふざけた人間は多少いるが、こんな場所に、こんな格好で訪れる馬鹿はいない。

 敵とも味方ともわからない珍妙な来客に、レラオンの興味は惹きつけられていた。


 鳥がカンテラを置き、声を発する。


「ふぇっへっへ、お初にお目にかかります。私、ボッタと申す者」

「ボッタ……?」


 焼け跡残る一室に、くぐもった老人声が響き渡った。


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