97.世界が認めしやり方
「ど、どうしたダテ、そんなかっこいいポーズとってる場合か!?」
「へ? あ、いや……」
閃きに呆け、顔が緩んだ瞬間を見逃さずアロアがつっこみを入れた。アロアの声の大きさに、シャノンがダテを振り返る。
「ダテ様……?」
きょとんと見てくるその顔に、焦ったようにダテはポーズを解き、なんでもない風を装った。
だが、好都合。シャノンの注意を引けた今を逃す必要は無い。
「シャノン! こっちだ! 集まってくれ!」
「え……? は、はい……!」
髪をなびかせシャノンが走りよる間に、ダテは空を確認する。
『オオォオオオオオッ!』
血まみれの体で放たれる魔力をかいくぐり、折れた爪で猛攻をかけるファデル。その奮闘は最早意地と気力のみと言えた。
ダテはアロアを左に、シャノンを右に立たせ、口早に言った。
「アロア、左手を出せ。シャノンは右手だ、俺の手を握れ」
「て、手をか……?」
「よ、よろしいのですか?」
「いいも悪いも無い! 早く!」
こんな時であるというのに、ためらいがちな感じで二人の少女から手が伸ばされ、ダテはじれったくなって一気に自分から握りにいった。
「いいか! 握った手に魔力を集中しろ! きついが耐えてくれよ!」
ダテは目を閉じ、精神を整える。
深く呼吸を繰り返し、二人の手に意識を集中させた。
「うぁっ……!」
「きゃっ……!?」
がくりと、二人の膝が同時に折れた。
同時、聖なる魔力と暗黒の魔力が吸い込まれるようにダテへと流れていく。
魔力の波動――
それには人の心臓の鼓動のように、特定のリズムがあった。
一分間に数回という幅ではなく、もっと細かく、分に対し数百という波長で流れるそれは、数十万人に一人という割合で等しい者が存在する。
等しい者同士は手を繋ぐという行為によって、魔力を行使する主体となる者へと魔力を引き渡すことが可能となる。そしてその魔力は、互いの魔力の波長の共振を受け、その者が持つ力の数倍となって術者へと流れ込む。
特殊なケースに過ぎ、発見されることすらも希有な魔力の理。
数多の世界を渡り歩いた術者であるダテはそれを知っており、波長を自ら合わす術を心得ていた。
――何を一人で決めようとしてたんだ俺は……
その身に集まる充分な魔力の高まりを、禁ずることの無い世界に対しダテは確信する。
――主人公の力で決める。それが世界が望む「仕事」ってもんだろ。
最早言葉も無く、地に膝をつくアロアとシャノン。
ダテは得られた力を手に、二人の手を離した。
「ありがとうよ…… これで、決められる」
息も絶え絶えに見上げる二人に微笑みを置き、ダテは空へと飛んだ。
ファデルの決死の猛攻は、未だ怯むことなく続いていた。
ダテは教会の屋根より高く宙に留まり、両手の人差し指と親指で一度フレームを作り、獲物を捉えて両掌を開く。
「さぁて…… 属性は違うが…… やってやろうじゃねぇか……!」
左手に聖なる魔力、右手に暗黒の魔力を湛え、ダテは強い笑みを見せる。
「行くぜぇ!」
ダテが両手を空へと掲げると同時、白と紫、二つの魔力が天へと走る。
空の彼方へと繋がった魔力は目標の元へと、白が四本、暗い紫が四本の『剣』の姿を成して天から降り注ぎ、争う二人の周囲へ宙に並び立つ。
『な、なんだこれは……! ぐっ……!』
八本の剣に囲まれたファデルが、気を取られると同時にレナルドの両腕に首元を握られた。
『ぐぅああああっ……!』
ねじ切られるのではという強靱を過ぎる力で締め上げられ、ファデルが呻き声を上げる。
「ダンナ! よく頑張った! もういい!」
『ぐぬ…… な、なにを……』
「さっさと離れないと…… どうなるかわからんぜ!」
再びダテは両腕から二種の魔力を呼び起こし、掌を合わせる。二種の魔力は相殺を見せることなく、上半分を聖なる魔力、下半分を暗黒の魔力という奇怪な球となり、彼の右腕へと移った。
「さぁ行くぜ神父! これがこの世界の『主人公達』の!」
ダテが右手を体に巻き付けるように振りかぶると同時、八本の剣がそれぞれの位置を結び、白と紫の結界線を巡らせる。
『いかん!』
ファデルが変身を解き、霧となって場を脱した。
その場に残ったレナルドの体に結界線が走り、身動きが封じられる。
「『光と闇の消滅線』だ!」
ダテの右手が薙がれ、幅百メートルを超える一本の斜線が空間を裂くように直進し、レナルドへと迫り――
接触と共に剣が四方にはじけ飛び、教会上空に聖と暗黒の大爆発を巻き起こした。
炸裂する超大な二種の反属性魔力が、その場で相殺によって世界へと還される。
その荒れ狂う暴風のような返還現象の渦の中、内部全ての魔力は二種の魔力に引き寄せられ、もろともに世界へと還っていく。
例えそれが、人が身に宿した魔力であろうとも――
「あっ!」
アロアが声を上げた。
爆発が薄れ、人影が降った。
その姿は、人。
変貌によって右半身の法衣が破れた、人の姿を取り戻したレナルドの姿だった。
『ちぃっ……!』
真っ逆さまに教会の青い屋根へと降るレナルドを、金色の獣がその背に受けた――
~~
「そらよ」
しゃがみこんだダテが右手を振り、投げられた緑色の光が庭に横たわるレナルドの体を包む。
「だ、だいじょうぶなんか? 神父……」
アロアとシャノンが並んでレナルドを覗き込み、様子を見守っていた。
気にはなっているのか、少し離れた彼女達の後ろから、人型に戻ったファデルがレナルドを囲む輪を横目で見ていた。
「問題ねぇさ。普通なら死んでもおかしくない威力の魔法だが、実際生きてるしな」
ファデルが運び、ダテ達の前に放り投げたレナルドは気を失いながらも命に別状はなかった。ただ、ダテとの戦いで受けた傷と、先ほどの大魔法による魔力切れが重なり動ける状態には無い。
「たいしょー! たいっしょー!」
庭の門からの声に、レナルドを囲んでいた一同が振り返る。
金色の妖精が飛び、細身のシスターが走り寄ってきていた。
「お、終わったっスか? ……って、うわっ! 大将ボロボロじゃないっスか!」
命の危険はしょっちゅうではあるが、ボロボロの状態は珍しいことではある。ダテは屈んだまま、騒ぐなと言いたげに軽く手だけを振って答えた。
「アロア…… 無事でしたか」
「あ、ああ、イサ、置いてってごめん…… って言うかどうやって戻って来た?」
「クモさんに送っていただきました」
「へ?」
アロアがダテの周りを忙しく飛び回っているクモを見る。どうやって送ったのかは見当もつかないが、視界の隅で「クモちゃん?」とアゴをさすりながら辺りを見回すファデルがちらついた。
「ダテ様、それで…… レナルドは?」
「ああ、この通り、なんとか抑えました。魔力が切れてますので今は動けませんが、体の方は問題ありません。そのうち目を覚ましますよ」
ダテは立ち上がり、終わったとばかりに伸びをし、息を吐いた。
「……なぁイサ、神父はいったいなんだって…… こんなになるまで妙なことやってたんだ?」
倒れた神父を見ながら、アロアが呟く。
尋ねられたイサにもわからないことである。答えようが無かった。
「国を立ち上げようと画策していたのだ、そいつはな」
アロアの背中へと声を投げかけ、ファデルが衆目を集めた。
「お父様…… 何かご存知で……?」
「うむ、私は計画に乗せられた側だ。あらかたの事は聞いている」
ダテがアロアへと歩み、青いベールにぽんと手を乗せた。
「……聞くか?」
彼の手の下、アロアの頭が小さく頷きを見せた。
「ダンナ、本人がこのザマなんだ。悪いが語ってやってくれ」
「いいだろう、最早終わった話ではあるがな……」
静けさの訪れの中、ファデルの語りは始まった――




