95.迫りし窮地
玄関の大扉を背に、レナルドは虹色のオーラを纏い、異様を見せつけるかのように直立する。
その体が―― 消えた。
――上!
強烈な気配にダテが身をかわすと同時、宙より現れたレナルドのかかとがナタのように床へと降った。
砕け舞い散る石片を構わず、着地点へとダテは反撃に入る。その拳は空を切った。
――右!
ダテの視覚がレナルドを追う。
しかし彼が振り向くよりも早く、レナルドはダテを離れ、ファデルを殴り飛ばしていた。吹き飛んだファデルが割れた窓を越え、教会の外へと転がっていく。
ファデルを飛ばした方向へと、レナルドが右腕を突き出した。
「……!? くそっ……!」
その手の先に聖なる魔力が集まるのを感じ、ダテが黄金の魔力を体にたぎらせ制止にかかる。
レナルドの背後へと急接近からの横蹴りを仕掛け―― その足が、わずかに体を捻ったレナルドの左腕一本により止められた。
瞬間的に驚きの顔を見せるも、ダテは目元を険しく二撃、三撃と蹴りを打ち放つ。レナルドはなおもそれを左腕一本のみで、手首や上腕に吸収して無力化させる。
半ばダテを無視する形で、右腕をわずかに引いたレナルドがファデルへと魔力を放とうとする。
ダテは舌打ち一つ、全力で右回し蹴りを放った。
虹色のオーラに包まれたダテの右足が、豪炎を纏い巨躯を跳ねる。レナルドが床へと転がり、甲冑と石畳が激しく音を立てた。
――ダメか……!
床へと手をつき、ゆっくりとした動作で起き上がるレナルドを、ダテは片手を頭にあて、ふらつきを見せながら睨んだ。
『聖職者よ、あのシャボンのような色彩の魔力はなんだ?』
ダテのすぐそばに黒色のもやが集まり、復帰したファデルが人の姿を成して降り立つ。
「……俺の持つ純粋な無属性魔力だ。一昔前は金だったが、最近は全力でやればあの色になる……」
苦々しげに言うダテの体からは、金色の魔力が立ち昇っていた。
「ならばなぜ全力を出さぬ。何か策があるのか?」
「ねぇよ…… 出せないだけだ」
「出せない……?」
立ち上がり、直立したレナルドが再び二人を見据える。
「追い出されちまうんだよ、ここからな!」
全身を覆う魔力を強め、ダテがレナルドへと突撃し、攻撃を開始した。
金色と虹色の魔力を纏った二者がぶつかりあい、拳を交え、蹴りが跳ね合い、余人を許さぬ頂上の競り合いを始める。
「ダンナ! あんたはもうこっから出ろ!」
「何? 貴様はどうするつもりだ!?」
「俺は――」
ダテの腹部に、レナルドの蹴りが入る。くの字に曲がるダテの頭上へと蹴り足が垂直に上がり、強烈なかかと落としが降りる。
ダテは気合いとともに両腕を頭上へ掲げ、虹色の魔力を発して受け止めた。
「俺は……! こいつをぶっ倒す!」
受けた両腕でかかとを払い、放った前蹴りがレナルドを打つ。レナルドはガリガリと足で床を削りながらも、崩れた祭壇を背に倒れることなく持ちこたえた。
「しかし、可能なのか!?」
「さっさと行け! あんたが死んじまったら後味悪くなんだろうが!」
怒鳴り声に歯を食いしばり、ファデルは背を向けた。
「敗北は許さんぞ……!」
言い残し、跳躍とともにファデルは一瞬にしてその場を去った。
ゆらりと、蹴りに揺らいだ体を立て直し、歩み寄り始めるレナルドに、ダテは薄ら笑いを浮かべた。
――さて、参ったな……
現状で格上、全力でやれたとしてもまだ上。
されど、究極の切り札を使うわけにはいかない。
「どうした…… もんかな……!」
『今回の「仕事」はそんな生温い内容じゃない』、かつてクモに語った己の勘は、希望的観測には終わりそうになかった。
~~
「な、なんだよ…… 今の……」
尋常では無い魔力の波動に、アロアがその方向を凝視する。
「あれは…… ダテ様の……」
シャノンには心当たりがあった。過去一瞬だけ垣間見ることが出来たダテの全力。しかし、何か別のものが入り交じったようなその力は、彼のものでは無いように思えた。
「ダテ!? あいつ今どこにいるんだ!?」
「大将なら教会っス! 神父やシャノンちゃんのお父さんをおびき出すって言ってました!」
深刻さを目元に現わし、イサは考えていた。
ダテは大事の前に余計な心配を抱かせぬようにと、二人には自身の行動を伝えずにいた。だが彼女には計画上、当日に意を合わさねばならないために全てを伝えてあった。
森に潜むであろう神父達を誘導するため、道具に込めたアロアの魔力を教会から派手に解放する。その話は聞いており、それに従い無事にことを運んだわけだが、もう一度別種の魔力を放つなどとは聞かされていない。
「……教会でダテ様に、何かあったのかもしれませんね」
はたと、イサが自らの失言に気づいた時には遅かった。
「……!? アロア!」
広場を森の中へと向け、青い背中が走りだす。魔力が切れ、歩みは遅くとも止まろうとはしない。
「ちょ! ちょっとアロアちゃん!」
制止の声を上げたクモの前を、黒いミニドレスの少女が飛んだ。
草地を走る青い背中と、羽を広げそれを追う金の髪、二人の少女が距離を近くし――
シャノンがアロアの腰を捉え、空へと舞い上がった。
「あーーーーー!?」
クモがその様子に気づいた時には、二人の姿は夜空に溶けていた。
「す、すまん…… シャノン」
「いいの、この方が早いわ」
月明かりを受け、遠くにかすかに見える教会の屋根へと二人は滑空する。
近寄れば近寄るほどに、ただ事では無い魔力が身を打った。
「何か起こってて…… どうにか出来ると思うか?」
その身に受ける世界の力は未だに失われていない。それ故に、教会から受ける力の異常さが伝わった。
「どうにも出来ないとして、行かずにいられるの?」
微笑むような優しい声がアロアに降る。
「……無理だな」
その答えを待っていたかのように、シャノンは速度を上げた。
丘が過ぎ、村に入り、見知った三角の屋根へ――
二人は、教会の庭へと降り立つ。
一見して普段と変わらない教会は、目を凝らせばその周囲に窓ガラスが砕けて光り、壁面から屋根に至るまで、揺れに耐えかねて生まれた亀裂が方々に走っていた。
だが、そこに立つ二人にとってはそんなものは意識には入らない。
断続的に響く地鳴りをもたらす雷鳴のような爆音、内部から発せられる魔力の奔流に身を竦ませられる。
「これって…… あいつが戦っているのか……?」
そうであるとしか考えようが無い。ここまでの常軌を逸した力を持つとすれば、心当たりは彼以外にないのだ。
「ええ、おそらく。でも…… いったい誰と……」
二人には、相手がわからなかった。
シャノンは父の力を把握している。アロアはレナルドの力を、その全力は知らないまでも普段に感じ、道士である自分と似通った力として区別することは出来る。
だが、今の内部から感じる力は。
「なんでだ……? あいつが二人いるみたいなんだが……?」
同じ人間同士が戦っている、そう思わざるを得なかった。
考える間にも続く荒れ狂う暴音。
二人は目配せをし、足を踏み出す――
――乾いた衝突音とともに、大扉が突き破られた。
扉の破片をバラ撒き、突き破ったものが庭先を転がり、動きを止める。
「な、なんだ…… っ――!?」
「え……?」
俯せに倒れた、人らしき影に二人は目を見張った。
それは散々に破れた黒い服を着た、傷だらけになったダテの姿だった――




