93.打ちしサクリファイス
レナルドが振り下ろした錫杖をダテの左腕が払い、右足の踏み込みとともに右ストレートがまっすぐにレナルドの胸板へと吸い込まれる。
「うおらぁっ!」
突きの方向へとレナルドが直線に吹き飛んでいき、その体は壁へと当たり、レナルドはずり落ちるように床へと座り込んだ。
カラン、と二柱の杖が彼の手元を離れ、床を転がる。
「ふぅ……」
ダテは一息つき、体を取り巻いていた金色の魔力を解く。
「これで…… 終わりだな」
レナルドの様子をダテの背中越しに確認し、ファデルが呟いた。
「ダンナの方は、もういいのかい?」
「良いわけは無い…… だが、意味の無いことだ」
振り返って握り拳を上げたダテを、ファデルは首を振って制した。
「元より、お前達を滅したところでもう我が一族に天下などは無いのだ。ここで暴れたのも、鬱積を晴らしたかっただけに過ぎん…… レナルドを倒せた今の愉快以上に、得られる益など私には無い」
「そうか……」
儀式の仕組みに翻弄され、犠牲になり続け、それを徒労だと知らされた一族。
「……邪魔はしないさ、これからは静かに過ごしてくれ」
「ふん、気安いことだ」
決して同じではない。だが、ダテは自らに重なるところのあるその境遇に、遣る瀬の無い同情を感じずにいられなかった。
「さて、聖職者よ、娘達の安否が気になるのだが……」
「ああ、そうだな…… まずい状況になってるようだ。一応の手は打っておいたが、見に行った方がいいだろう」
「激しく争っているようだが、行って何か手立てはあるのか?」
「……どうしようもないようなら、俺が力尽くで止める。その場合、最悪のことは覚悟しておいてくれ」
やむなしと、ファデルは目を伏せた。ロードの力を解放した今だからこそ、ダテの強さが身に染みてわかっていた。たしかにその強さを持ってすれば娘達を止められるのかもしれない。
だがそこに、手加減出来る余裕などは無いのだろうと、彼の口振りから判断した。
「……!」
ダテの目線が動く。
「なんだ?」
目線の先を追ったファデルは、目を険しく、その様を見張った。
「く、くくく…… 勝手に終わらないで、いただきたい…… ですね」
錫杖を支えに、レナルドが体を震わせつつも身を起こし、立ち上がろうとしていた。その錫杖には、再び青白い魔力が灯る。
「おのれ…… まだ……」
「やめとけ神父、これ以上って言うなら本気でタマの取り合いになるぞ」
鋭く投げられたダテの忠告を意に介することなく、笑みを湛えたレナルドが立つ。
「命の…… 取り合い…… 笑わせてくれますな……」
「あぁ?」
レナルドの足下に現れた魔力による身体強化の光を、ダテは捉えた。
「そんなもの…… 脅しになどなりません……」
わずかに、レナルドの体が沈む。ダテが目元を鋭くする。
「私の安い命程度など! いくらでも払ってくれましょう!」
走り始めるレナルド、だがその動きにはもはや精細は無い。
ロウソクが燃え尽きる寸前の最後の発火。そんな印象を思わせる二柱の杖の輝きを見据え、ダテは構えた。
「ふん…… 往生際の悪い……」
ダテの前に、ファデルが立った。
「ダンナ……」
「今のあれの相手くらいなら私で足る。無駄な力を消費するな」
特攻といった体で迫るレナルドに、ファデルが迫っていく。
なんなくレナルドの一撃をかわし、攻撃を加えるファデル。その攻撃は防がれてはいたが、体力的な優位は見るに明らかだった。
「くっ…… 邪魔な……!」
「長年煮え湯を飲まされていたのだ。邪魔くらいされる覚悟はしておくのだな」
派手に飛び交うこともなく、格闘となる二人の戦い。力を振り絞るレナルドの動きは見事であれど、一撃、また一撃とファデルの攻撃が入っていく。
殺傷力の高い爪を使おうとしないファデルを見やり、ダテは二人を置くことにした。
――これでこちらは済んだ。後は……
格闘と罵り合いの音を背に、ダテは礼拝堂の中程から玄関へと足を踏み出そうとする。
そんな彼に、強烈な違和感が襲った――
「……?」
それは経験。理論などではなく、ひたすらに実戦を越えてきた玄人ゆえの戦いの経験。
経験からくる勘が、彼に警鐘を鳴らしていた。
――なんだ? 何か…… 妙だ……
振り返り、二人の保護者達の戦いに目をやる。
決死の形相でくらいつくレナルドと、最早勝負は決したと冷静に戦況を捌くファデル。
そこに、猛烈な違和感が存在していた。
「諦めろ! 貴様の企みは終わったのだ!」
「ふん…… ぐっ……!」
ファデルの右の拳を、左に動きながらかわそうとしたレナルドの足に、ファデルの右足が打たれた。
――おかしい……
「おのれっ!」
「遅いな……!」
レナルドの錫杖がファデルの右脇腹を目がけて突かれ、それをかわしたファデルが左足にてレナルドを蹴り、レナルドは崩れた祭壇の方向へとたたらを踏む。
――これは……
的確に守備し、的確に攻撃し、緩慢に守備を張り、緩慢に攻撃を定める。必死に、力を振り絞るように見えるレナルドの動きは――
「ダンナ! 誘導だ!」
ダテが見定めた通り、レナルドは大振りな一撃をゆっくりと下から上へと払い、ファデルはその攻撃を後方へと退いて避け――
「終わりだレナルド!」
跳ね返るように踏み込み、腕に魔力を携えてレナルドに一撃を放つ。
ナイト、ビショップ。桂馬、香車――
間断の無い戦闘には、時に「定跡」が生じる。
どう、と体を打たれ、吹き飛んでいくレナルド。
――あの…… 方向は……
一直線に宙を飛ぶ体がダテの脇を通過し、ニィと、レナルドが笑った。
そしてレナルドは、「玄関」へと落ちる。
そこは自分から向かおうとすれば、即座に怪しまれたであろう彼にとっての活路。
盤面は、レナルドによって動かされていた。
床に転がったレナルドが、「木箱」に手をついて身を起こす――
「ふっ、ははは……!」
すべて演技。これまでのダメージなど何もなかったという速さでレナルドが錫杖を払い、木箱を粉砕し、「中身」を空中へと打ち上げる。
「あ、あれは……!」
ダテが目を見張る。目に飛び込んだものは白く、縁取りを金に輝かせる、朝顔型に湾曲した傘を上下に持つ用器――
「『聖杯』……!?」
ファデルが驚嘆とともに叫ぶと同時、それは彼の手の中に収まっていた。
誰をしても、初見にしてもその宝具を疑うことは無いだろう。
レナルドの目は、それほどまでにギラついていた。
「愚かなり…… ファデル……」
二柱の杖の、枝分かれした穂先がファデルへと向けられた。
「き、貴様……! 今更そんなものでどうにかなるとでも――」
レナルドを吹き飛ばした位置から、ダテを越え、ファデルがレナルドへと向かっていく。
――空に真の姿を取り戻せし神よ。我らルネスの民は蒼空と黒を心に、あなた達と共に歩み、望まれるままの全うを願います。あなたの望みのままに……
「待て! ダンナ!」
そのわずかに漏れる声を、ダテは聞き逃さなかった。
「何……!?」
錫杖の枝分かれした穂先に、強く、凝縮された聖なる力が生まれ、ファデルが身を竦ませる。
レナルドが、笑った――
「避けろっ!」
音叉の中心から、指先程の細い光が放たれ、その直線上にあるものを消滅させた。
間を置き、石の床に、鈍く重量感のある、どう、という音が広がる。
「な、なんだと……?」
「これで…… 全ては成る……!」
光の走った方向に、二人の男の視線が集まる。
床には、右脛を撃ち抜かれたダテが転がっていた――




