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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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92.気づきし感情


 晴天続きのアーデリッドの青空の下、馬車がやってくる。

 誰よりも早く、いち早くそいつを見てやろうとアロアはこっそりと、馬車道の脇にある茂みに身を潜めていた。

 馬車から降りたそいつを見た時、アロアは一目で怒りに駆られてしまった。

 誰かをまた取られる、そう思わせるくらいにそいつは格好良かった。



 パンをこっそりと持ち出した。

 神父が往診しているポイントの多さは知っている。来たばかりで道もよく知らないやつが、昼までに戻ることは絶対に無理だと確信があった。ならばと、パンを持っていってやることにした。

 それを機会に普通に話が出来るようになればいい。そこから近くで見張っていられるようになればいい。決して同情なんかじゃない、そう心で言い張って教会を出た。

 道すがら、ちょっと考えた。


 ――あれ? これがきっかけでわたしを連れて行こうとか思われたら……


 てめぇ鏡見ろと、自分で自分の頭を殴った。



 魔法を教わることになった。

 興味はあったが、面倒くさいと思った。それでも口の悪いあいつに褒められると、なぜか嬉しいと思ってしまった。少しだけ、まともに話が出来るようになったと思った。



 あいつが倒れた。

 必死で出来るかわからない回復魔法を使った。死ぬなと、素直に思った。


 ――『合格だ』


 そう言われて、頬を撫でられた。




 手紙を渡された。




 一緒に毎日、魔法の練習につきあってくれた。


 口は悪いが気は合う、気づけば探して、いつも一緒にいた。


 失敗を見せたくなくて、念入りにオルガンを練習した。


 豊穣の日を無事にこなすと、びっくりしながらまたゴキゴキと頭を撫でられた。


 シャノンに出会って、二人になっても構わずに、一緒に魔法を教えてくれた。



 突然、旅行に行こうと言い出した。

 背中ごしに、空を見ながら沢山騒いだ。

 あいつの家に行った。コーヒーを作ってくれて、服を買ってくれた。

 もうダメだと思ったら、助けてくれた。一緒に馬鹿みたいにうまいメシを食った。

 服を褒められて恥ずかしかった。腹いせにあいつにも着替えさせた、ナンパされていた。観光旅行した。


 屋上で、楽しかったなと言ってくれた。



 神父が帰ってきて、あいつが出て行った。



 あっさりしてるなと、思った。


 なんだかぐったりしていたら、その日の夜に帰って来た……!



 ――『さぁ、こっからだ。ふざけたこの儀式とやらを、今回で終わりにしてやろうぜ』



 あいつはずっと、見守ってくれていた。

 あいつはずっと、優しかった……



~~



「アロア……?」


 はたと、アロアは我に返った。


「そ、そうそう! そうだ! 言っておいてくれれば…… よかったんだよ……!」

「……?」


 ぎこちなく、同じ言葉を繰り返すアロアをシャノンがのぞき込む。


「さ、最初から、最初からだ…… 先に言っておいてくれれば、あいつなんて……」


 アロアがうつむいて、拳を震わせる。


「ダテなんて…… シャノンにいくらでも…… くれて……」


 目の前が、霞む。


「くれて……!」


 呻くように呟きながら、震えた右手を額に持って行くアロアに、シャノンが心配そうに半歩と近寄ろうとする――



 アロアの脳裏に、自らの名前を呼ぶ、彼の姿――



「くれて……! やらんわぁぁーーー!!」



「ひぁっ!?」


 怒濤のような光が吹き、シャノンの体が大きく持って行かれた。


「ア、アロア……?」


 突然の叫びとあわさった爆発に、草地に伏したシャノンが顔を上げ、驚きと戸惑いの入り交じった表情を見せる。

 アロアは彼女を振り向いて、キッと厳しい目を送っていた。


「やっぱやめだ……」

「え……?」

「やめだ! やめやめ! とっとともう一回! あいつの言う通り撃ち合いするぞ!」

「で、でもアロア…… それじゃあ私はまた――」


 だんっと、アロアの足裏が草地を強く打った。


「甘ったれんな!」


 その剣幕に、シャノンが体をすくませる。


「いいかシャノン、わたしは同じことしようなんて思ってないぞ! こっからは勝負だ! 息なんてまったく合わせてやらん!」

「勝…… 負……?」

「わたしは全力でぶっ放す! そっちも逃げずに全力でぶっ放せ!」


 何を言いたいのか、何をやろうとしているのか、なんの勝負なのか、まるで理解に至れないシャノンが目を白黒させた。

 だが、次のアロアの一言で、彼女は理解に至る。



「勝った方があいつを貰う! それでいいな!」



「……え?」


 指を突き出して宣言したアロアの顔を、シャノンはまじまじと見た。

 その顔はりりしさを装いつつも、口元がぷるぷると震え、肌もなんだか紅潮を見せていた。


「アロア…… あなた…… それは……」

「ふ、ふんっ……!」


 見透かされた想い、半ば言ってしまった想いを誤魔化すように、アロアはぶっきらぼうな仕草でそっぽを向いた。そして忙しなく、ベールからはみ出た横髪をいじりつつ、言う。


「ま、まぁ? やりたくねぇってんならいいさ。やらねぇってんならあいつはほっといても、わ、わたしのモンだしな。シャノンなんか最初からわたしの相手じゃねぇしよ」


 困惑し、見上げ続けるシャノンに、チラリとアロアの横目が振られる。


「……おっぱいちっちゃいし」

「なぁっ!?」


 ガン、と何かで叩かれたようにシャノンが頭を上げた。


「な、ななな何をここここんな時に……!」

「だぁっていっつも姉ちゃん言ってたぜ? とりあえずおっきくなかったら男なんてどうにもならんってな」

「あ、ああああなただって、そんな、そそんなには……」

「でもシャノンわたしより二つも年上で()()だろ?」

「ぐむ……!」

「こっちには、姉ちゃんも御利益があるって言ってたノナがいるしな。今でさえわたしの方がちょっと大きいんだ、そんなペストリーボードみたいに貧相にはどうやってもなんねぇよ」

「ぺ、ぺすとりっ!?」


 ※パンをこねる台のことである。


「こ、この……」


 ぐぬぬぬ、と、立ち上がりつつ、シャノンが拳を震わせた。

 ここここんな時、ああああんなことの後であれ、看過できない見過ごせない捨て置けない、まさに座視できない物言いに、シャノンは顔を真っ赤にして煙を噴いた。いろいろ忙しい子である。


「うるさいっ! このシスコン!」

「なぁ”っ!?」


 その意味をもつ言葉はこの世界にもあったらしく、アロアが反撃の砲撃に衝撃を受ける。


「姉ちゃん姉ちゃんって十五にもなって子供みたいに! 言ってた言ってたじゃなくて独り立ちしなさいよ! そんな甘えた子供なんて子供どまりよ! 言葉遣いの一つも淑女らしく直したらどうなの!?」

「ぬぐ…… イサみたいなことを……」

「ふんっ、あなたみたいな子供、最初っからダテ様がお相手になんてなさるもんですかっ、考えるだけ馬鹿馬鹿しいお話でしたわっ」


 最後ちょっと、居丈高なお嬢様風だった。


「ぐ、ぐぬぬ…… 小麦粉こねれそうな胸してるくせに……!」

「この……! 尻尾振る子犬みたいな頭してるくせに……!」


 互いに怒りをたぎらせながら、精神的ショックから半泣きな感じで睨み合う。

 睨み合い、視線を合わせ、お互いを見据え――


 ――二人は、ニッと笑い合った。


「うおっしゃああっ! 行くぜぇー!」

「タダじゃおかないわよ!」


 我先にと駆けあい、二人は最初の位置、決められた場所へと戻る。


「くううらぁあええぇええっ!」

「このぉおおー!」


 ほぼ同時、わずか数秒のズレも無く二人がエネルギーを放った。

 本当に、まったく遠慮の無い、聖なる力と暗黒の力がぶつかり合い、草地は衝撃波に形を変えて轟音とともに揺れ、取り囲む木々は突風に吹かれて傾き、合月の闇夜は今宵最大の、真昼のような明るさに破られた。


 ――そっか、これが…… 好きって気持ちか。


 脳が焼き切れそうになる心地良いせめぎ合いの中、アロアは新しい感情に、笑っていた。


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