88.憤りし理由
錫杖を両手持ちに左に構えたレナルドが、ダテの上半身を狙い横薙ぎを振りかぶる。
「ふっ……!」
ダテは前進しつつ屈んで避け、杖を通過させた体勢のレナルドの左肘へと右フックを入れた。
「くあっ……!」
衝撃に左手が杖から離れ、杖の重量を支えた右手がレナルドの体を崩す。
すかさずダテは体を左に一回転させ、左足での豪快な回し蹴りを放つ。
「ぬぅっ!」
レナルドは体の傾くままに杖を床に突き立て、それを支えに無理矢理体を側転させて回避した。
「ちっ、でけぇのに身軽な!」
一足飛びに踏み込んだダテが右足を飛ばし、横蹴りで追撃する。錫杖を縦に構えて受け止め、レナルドが足を地に擦らせた。
ガードの体勢のままのレナルドへと、ダテは右手を開く。
「くらえっ!」
手のひらに紫の輝きが灯り、五発の光弾が速射された。
直撃―― 暗い輝きと同色の爆発が着弾したレナルドの位置から起こり――
爆発の中から、レナルドが突撃とともに現れる。
「……!」
錫杖を水平に構えたレナルドから、秒間何発という凄まじい速度の突きの連打が放たれる。
即座に対応したダテの機銃のような拳が当たり合い、激しい打撃音が礼拝堂に重く散乱する。
「てめぇ! 当たったんじゃねぇのかよ!」
「聖なる魔力も暗黒の魔力も! 二柱の杖を握った私の前には無力!」
激しい乱打。拳と杖は正面から数え切れないほどにぶつかり、金色と白色の閃光を火花のように散らしていく。
均衡を破り、ダテが後方へと跳び上がった。
「だったら、こいつはどうだ!」
宙に浮いたダテが、再び右の手のひらを向けてレナルドに叫ぶ。
「効かぬと言っているのです!」
青白く光った手に聖なる魔力を見、レナルドがダテに向かって走りこむ。
――開かれていたダテの手のひらが閉じられ、立てられた人差し指が五芒星を描いた。
「……!? ぐああああっ!」
宙に描かれ、ダテから発射された五芒星がレナルドに着弾し、青白い爆発とともにレナルドが吹き飛んだ。
「な、なぜだ……! 聖なる魔力がなぜ私に……!」
「聖なる魔力にも色々あんだよ、「術式」の方になるとな」
それは聖なる魔力によって描かれた、異質な五属性術式。かつてダテが学んだ、特異な魔力の使い方の一つだった。
歩み寄るダテに、起き上がろうとするも膝をつくレナルド。油断から受けたダメージが彼の体を縛っていた。
「……聞かせろ神父。あんたの「信念」ってのはなんだ」
未だ輝く銀の杖を床に、荒い息をつくレナルドを見下ろし、ダテが尋ねる。
「信念……?」
「あんたが言ったことだ、確固たる信念とやらで、成し遂げなきゃならん道があるってな」
押し殺したような笑い声とともに、レナルドが杖を支えに立ち上がった。
「……聞きたいのですか?」
「ああ、正直どうでもよかったが、個人的にも興味が湧いた」
「理解…… 出来ますかね? あなたに……」
「何……?」
薄ら笑いのままに語るレナルドへと、ダテの目元が鋭くなる。
「いえね…… 逆に私が聞きたいのです。ファデル、あの男は…… あなたもご覧になったでしょう? 私を裏切り、隠していたロードの力で何をしようとしました? あなたと私を…… この場にて亡き者にしようとした、違いますか?」
「……何が言いたい」
「理解出来ないのですよ、私が、あなたを。ならば逆も然り、話すだけ無駄ではないかと思いましてね」
ぎっ、とダテの右の拳が固められる。
「先にお聞かせ願えませんか…… あなたが今、どうしてお怒りになっているのか。どうしてそれほど面識も無い、人々にとって害にしかならない存在の消滅に激情なさったのかを……」
互いに目を合わせ、黙する。
やがて、ダテが拳から力を抜き、俯いた。
「……あんたの言う通りだ。俺はあのダンナとは、まだ会って二回目、面識なんて言えるほどのものは無い」
「はい……」
「俺はこの世界―― 世間じゃ『聖職者』なんて言われているが、ご覧の通り、本性はただのチンピラ以下の、ロクでもない男に過ぎない。魔物だろうが魔族だろうが、人間だろうが関係無い。一度殺すと決めれば、命を奪うことに良心の呵責なんざ今更な話…… 優しいなんざ、俺には不釣り合いが過ぎる言葉だ」
低く、言葉を紡ぐ様を、レナルドはじっと見ていた。神父たる彼、人の告解を数えきれないほどに受け止めてきたレナルドには理解出来た。
彼の中にある、決して自己を認めてはならないという、自戒の心を。
「ダンナを殺すつもりはなかったが…… 今まで魔族なんて腐るほど倒してきた。必要とあらば一族郎党消し飛ばしてやったこともある。実際、ダンナが死んだことなんて、なんとも思わん」
「では、なぜ……」
「……悲しむだろうがよ」
「はい?」
再び、ダテの拳に力が込もり、怒気をはらんだ強い視線がレナルドに向く。
「魔族だろうが親父だろうがよ! 親父が死んだらシャノンが悲しむだろうがよ! 理由なんざそれだけだ!」
金色の残像を残し、ダテの体が一瞬にしてレナルドへと到達――
「……!?」
「……ぐくっ……! なるほど……!」
伸びきったダテの右腕の外側に、縦に構えられたレナルドの錫杖。
常人が認識することすら不可能なダテのストレートパンチを、レナルドはいなしていた。
「なんとも…… 勝手なお話だ……! 身内大事というわけですか……!」
感情に熱くなる一方で、ダテの冷静な理性が警鐘を発する。
追えているはずの無い自らの攻撃。レナルドは今、勘だけでそれを凌いだ。反撃にいたれるほどの余裕は無く、体勢は崩れようとも防御に成功したのだ。
天才的―― その勘の良さ、戦闘のセンスはそう言っても過言では無い。
この男に、望む力が与えられることは危険過ぎると。
「それが、どうした……!」
「くっ……! やはり…… 理解は出来ぬのかも知れませんな、あなたには……!」
「……!」
伸びた右腕でレナルドの杖を押し、右足で蹴りにかかる。
レナルドが素早く跳びすさり、それをかわした。
「話すだけ、時間を取るだけ無駄なようです。あなたもあちらが気になるご様子、早々に決着をつけるとしましょう」
「決着だ……?」
ぼう、とダテの全身を金色の魔力が揺らぐ。
「笑わせるなよてめぇ……! 相当殴られたいらしいな……!」
「ふふ…… そうして怒りで視野を狭めて貰えるのなら、希望はありますので」
先ほどの一撃への反応に驚き、危険性を感じたのは確か。だが、それだけだ。もとより、二対一の状態であったとしてもまるで負ける気がしない能力差。ダテは優位を確信していた。
しかし、レナルドは「希望はある」と言った。
「希望」――
この世界でそれを指す言葉が、どういったニュアンスを持つのかはわからない。微妙なニュアンスをも伝えるダテの翻訳魔法を持ってしても、端的で普段使いされる言葉までは、魔法を介さぬ会話に等しくその意図を把握しきれない。
ただ、気に障った。
「言ってくれるな! もうどうでもいい! ひたすらにボコってやる!」
命を奪い、何を思うことも無い者が、自らの境遇に善人側ヅラした言葉を使ったことが。
ダテの両の拳に、全身から魔力が偏っていく。
ニィと笑い、獣を狩るような目つきでレナルドが錫杖を構えた。
『おちつけ、聖職者よ』
「……!?」
今まさに、跳びかかろうと足に力を込めたダテへと、失われたはずの声が届いた。
「なに……?」
たしかに響いたその声は、レナルドの注意を声の方向へと向ける。
――黒いもやが、ダテの背後に迫っていた。




