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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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86.奮いし激情


 一つのシルエットを失った礼拝堂にて、二人は睨み合う。


「あんた…… なんだかんだでダンナとは長いつきあいなんだろう、なんでそんなにあっさり……」

「この場にいるのは全員敵同士ですよ? 何か不満でも?」

「……本当に人間かよ、あんた」


 低く、唸るように問うダテへと、レナルドは鼻で笑ってみせた。


「何を感傷に浸ることがあるのです…… あれは魔族ですよ?」

「魔族……?」

「魔物に等しく、人の世に仇をなす存在です。歯止めが利くのであれば利用価値もありましょうが、ただ害を振りまこうというのであれば、潰してしまうことが当然でしょう?」


 ダテは答えず、目を閉じた。


「それに、あなたもそうしようと考え、あのような武器を作り出したのでしょう? たまたまに私が決着をつけたと、それだけのことです」


 からん、と、絨毯を失った石材の床に、黒くオーラを発する鉄棒が転がった。


「おや、どうしまし――」


 点くという速さで、一瞬に間合い詰めたダテの拳が、レナルドの胸部にめりこんだ――


「ぐがっ……!?」


 吹き飛び、張り付けを受けるように壁面へ激突したレナルドが、杖を取り落として前のめりに床へと倒れ込む。


「……笑わせるなよ」


 杖を掴み、それを支えに身を起こすレナルドに、ダテが歩み寄る。


「ぐっ…… ぬっ……!」


 レンズの砕けたモノクルを投げ捨て、レナルドは身構えた。

 ダテの全身から、火属性とも聖属性ともわからぬ、金色の魔力が立ち昇っていた。


「あんたたった一人で何が出来る…… 役不足だと言ったはずだ」


 レナルドの全身が粟立あわだつ。これまで感じてきた力、邪悪、道士、そんなものとは比較にならない、異様な重圧が彼の体を打っていた。


「何者…… なのだ…… その力は………」

「……あんたの知ることじゃない」


 ゆらりと揺れたダテが、瞬間的に消失する――


「……!?」


 レナルドに見えたものは、三体のダテ。

 遠距離、中距離、そして近距離――


 レナルドの足が、腹部に突き刺さったショートレンジのアッパーに地を離れる。


「ぐふっ……!?」

「ふっ……!」


 続き放たれた、ダテの手のひらがその体を壁へと押しやった。


「うぉらああああ!」


 ダテの両の拳が彼の咆哮とともにうなりを上げ、壁に張り付いたレナルドの体をどこと構わず機関銃のように打ち据える。

 最早防御すら敵わず、レナルドは打たれるがままに踊った。


 ダテが体を捻る――


「おらぁっ!」


 とどめの右ストレートがレナルドの顔面へと向かい――


「ぬうんっ!」


 レナルドの前蹴りが、ダテの胸を突き飛ばした。


「……っ!?」


 カウンターを受け、後退させられたダテが手をついて床を滑る。


「はぁっ!」


 ダテの真上から、一足飛びに踏み込んだレナルドの錫杖が襲い――

 前についた手を軸に旋回し、背中を向けたダテが両手を支えに両足でレナルドの体を蹴り飛ばした。


「ぐぁっ……!」


 地面に仰向けに落ちるレナルド、彼は即座に、起き上がる様子を見せる。


「てめぇ…… マジで人間なのかよ……!」


 倒立を終えたダテが、背中越しに呆れた顔を送った。


「確固たる信念を持った神の子は、自らの肉体を凌駕するのです……!」


 杖によりかかり、不敵な笑いを返すレナルド。ダメージは明らかだが、林の魔物でさえも即霧散するような攻撃を何発と受け、動ける人間というのは驚異的だった。


「信念だと……?」

「ええ、私には……」


 聖なる魔力が二柱の杖にみなぎる。


「成し遂げなければならぬ道があるのです!」


 レナルドがダテに向かって突撃した。



~~



 シャノンの右拳が、アロアの顔面へと向けて放たれる。


「……!」


 左に上半身を反らし、回避するアロア。

 避ける先を予測したように、放った拳の下から発光する左手が現れる。


「くっ!」


 ゼロ距離での光弾に、アロアも左の手のひらを向け、ゼロ距離での魔力障壁で応える。

 どう、と爆発が起こり、二人の体が衝撃に後退する。

 着地から地を滑り、動きを止めたシャノンの体が左右に「二体」に分かれ、残像とともに消失した。


「……ここだ!」

「っ……!」


 何も無い空間に杖を横薙ぎに振ったアロアの攻撃を、顕現したシャノンが片肘、片膝を立ててガードする。



 アロアにとって、わけのわからない感覚だった。

 「見える」のだ、シャノンの動きが。

 「視える」のだ、これからどう動けば良いのか。


 なぜか、などはわかるはずはない。イサの語る「始まりの聖女」が、ただの村の一少女であったことを考えれば、逸話の真偽は別にして、そういうものなのだと一応の納得は得られたのかもしれない。

 ただ、そのようなことを考える余裕は今の彼女には無い。



 衝撃に身を浮かせたシャノンが、両の手から無数の光弾を放つ。


「……っ!?」


 アロアの首が左右に忙しく振られた。

 撃たれた弾が、全てアロアの左右に逸れ、後方へと飛び去り――


 急激なカーブを切って背中へ向けて襲いかかってくる。


「なぁっ……!?」


 背後の脅威に焦る思考とは別に、アロアの首は操られるように前へと、シャノンへと向けられる。

 目に映るは、眼前に右の手のひらを構え、赤く尖る爪を伸ばすシャノン。


 走りだしたシャノンは、右腕を体に巻き付けるようにして彼女へと迫る。

 その接するタイミングは、背後からの着弾と合致――


 ――アロアが両腕で顔を隠すようにうずくまった。


「はあああああっ!」


 両腕を一気に開いた彼女の全身から、光の波が吹き荒れる。


「くぅっ……!」


 シャノンが煙をあげて吹き飛び、光弾が蒸発するようにかき消されていく。




 世界は不遜ふそんなく、彼女の器を満たすだけの力を与えていた。

 力は身体を強化し、判断力を増強し、天賦の才と合わさって、十二分に『邪悪』を討伐出来るだけの能力を彼女に示していた。

 しかし――




「ぐあっ……!?」


 一つ、時間差をつけて襲来した光弾に、アロアの体が宙を舞った。


「かはっ……! ……!?」


 衝撃に杖を取り落とし、草地に仰向けに転がったアロアは、見上げる夜空、急降下する黒点を見る。

 間を空けず、振動が局所的に大地に伝わった。


 片膝をつき、痛みに呻きながら撃たれた左脇腹を押さえ、アロアは振動の主を睨む。

 危険な一瞬だった。ほんのわずか視認が遅れ、飛び退くことが遅れていれば体を踏み抜かれていただろう。


「し、死ぬじゃねぇか……」


 地表を揺るがせた金の髪の少女は、見下ろす無感情な瞳のままに左手を彼女へと向けた。


「っ……!」


 紫の輝きを放つ左手。対抗し、差し出すアロアの右手に板状の防壁が現れる。

 シャノンの左手が―― 下がる。


「えっ……?」


 軽い跳躍から、着地と同時に放たれる横蹴り。防壁を突き破り、シャノンのブーツがアロアの胸元を打った――

 掠れた呻き声を上げ、アロアの体が慣性のままに草地を擦る。




 ――アロアとシャノンには、決定的な差があった。

 才能、才覚、それだけでは埋まらない、例え世界が力を互角にしようとも揺るがない、絶対的な差。




 倒れ込んだアロアに向け、シャノンが両手にて魔力塊を構える。


「さようなら」




 ――この日のために磨き上げた、その練度。




 常時であれば即死していただろうシャノンの渾身こんしんの蹴り。世界の力は、たしかに彼女を守っていた。防壁を破られ無防備に攻撃を受けようとも、彼女は死ぬこともなく、昏倒すらもすることはなかった。

 ただ、動けない。全身の痛みは精神でカバーできようとも、体は受けたダメージに縛られ、起き上がれという命令に対して言うことを聞こうとしない。


「ぐっ…… ぬ……!」


 それでも力を振り絞り、アロアはかろうじて動いた首元と肘で、シャノンを見据える。

 シャノンの手に集まる輝きが、これまでに無い強さを見せていた。どう足掻こうとも、この場から体を動かさない限りは助かりようの無い決着の一撃。それを放とうという意思が見られた。


 ――ここまでなのか……?


 どうしようもない状況に、諦めの感情がさえずる。

 アロアはここに来て初めて、いかに無謀なことをやろうとしていたのか、それを悟った。


 ――そりゃ、そうだよな…… 見た目はお姫様でも、空飛ぶし、魔法もうまいし…… 勝ってるところがもともと無いのに、敵うわけないか……


 食いしばった歯から力が抜け、眉間からも力が抜けた。

 こちらを射ようと狙う手のひらの光の向こう、無表情に見つめるシャノンの顔がかすかに見えた。


 ――もともとが、そうなんだ。敵わない。


 ――それで正気を戻してやろうなんて都合が良すぎる。


 ――もう、あとも無い。だったら、最後に……



 ――せめて自爆でもして道連れに()()()やろう。それが道士としての、



「うるせぇ!」



 アロアは怒鳴りを上げた。

 体に入り込み精神を浸食する聖なる力に、諦めに逃げようとする自らの心に、怒りの声を上げた。


「やるって決めたんだろうが! だったらやるんだよ! 世界だ人々だ道士だなんか知るかっ! わたしは…… ()()()()()助けるんだ!」


 弱気に沈む、冷静さに押し黙る、お利口な思考を怒りの感情で追い払う。


「そーだ! わたしはダテの言う通りアホだ! アホだから諦めん! アホなわたしだってな! もともとのシャノンに勝ってたところだってあるんだよ!」


 シャノンを向いて、彼女になのか自分になのか、本人にすらわからない激情を飛ばすアロア。シャノンは冷淡に魔力を集中させ続け、眉一つ動かすことはない。

 だが、その激情に任せた口上は、アロアにとっての奇跡の呼び声となる。


 ――そうだ、勝ってたところ…… 今使えるじゃねぇか!


 片肘に体重を預け、シャノンから見えないように浮かせた背中に手をあてがう。背中を、青白い魔力が大きく輝いた。

 それはダテが彼女に教え、彼女が躍起やっきになって習得した、彼女が出来る唯一のまともな魔法。


 『回復魔法』だった。


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