84.固めし決意
「これは…… どうして……」
押し寄せる衝撃の波と暴風に身を崩し、伏せた体勢で見上げる光景は、この世のものとは思えない悪い夢のようだった。
遠く見える、小さな少女達は互いに手から光の弾を放ち、光の壁を出し、時に体をぶつけあいながら大地に爪痕を残していく。
「まさか、ダテ様のお考えが失敗して……」
一つ間違えれば巻き込まれ、命を落としかねない戦いを前に、イサは動くことなく少女達を見守っていた。
向かってくる紫色の光弾を腕で弾き、走り込んでくる相手の足下へと聖なる魔力を放つ。
「やめろシャノン! もとに、もとに戻れ!」
踏み込んだ先が発光とともに破裂するのを跳びすさって避け、シャノンが空中から無数の小さな光弾を撃つ。
「く、くそっ!」
アロアは眼前に両手を組む。即座に青いドーム状の防壁が彼女の周りに展開され、炸裂する光弾から守った。
「なんで、なんでなんだよ……!」
――『あなたが邪魔なの』
――『いなくなって、もらえるかしら?』
「シャノン……」
シャノンが言ったとは思えない、思いたくない言葉だった。
だが、耳にした事実は消えてくれない。
「くそっ……!」
再び、悪態を吐いたアロアは視線で彼女を捉えつつ、背を向けて走り出した。
容赦の無い言葉。しかしまだ救いはあった。
それはダテが教えてくれた、暗黒の魔力への知識。
一目散に走り、間合いを開ける彼女へと、何度目かわからない魔力塊が放たれる。
「っ……!」
足に力を込めると、身は羽のように軽く、矢のように草地を駆けた。
走るアロア、それでも縮まる彼女を呑もうとする魔力塊との距離。追いつかれるすんでの所でアロアは身を低くし、転がっていたものに手を伸ばして横っ飛びに草地を転がる。
アロアがいた場所を過ぎた魔力塊が彼方へと飛び、木々を蹴散らす轟音を立てた。
彼女は立ち上がり、拾いあげたものから力任せに布を引きちぎる。
「わたしが止めるんだ……! 正気に戻すために……!」
アロアの手には身の丈ほどの大きさの、『二柱の杖』が握られていた。
~~
「くらえぃっ!」
獰猛な黒い獣のように、身を低く迫るファデル。まさに一瞬とも言える速さでダテの眼前へと現れ、その爪を上段から振り下ろす。
「うおっ……!?」
退きながら真横に構えたダテの鉄棒が、ファデルの爪により真っ二つに切断された。
「死ねいっ――」
「甘いわ!」
驚くダテに追撃を加えようとしたファデルへと、背後から跳びかかったレナルドの錫杖が迫る。
「ぬぅっ……!」
ファデルが身を翻し、真横に跳んでそれを避ける。
上段から真下へと振り下ろされた錫杖は礼拝堂の床を叩き、石材を飛び散らせ――
破片とともにレナルドが肩からダテに突撃する。
「……!? 野郎っ!」
ダテは地を蹴って後方へと跳び、衝撃を殺しつつ両の腕で体当たりを受ける。衝撃に数メートルの距離を飛んだ彼は、壁際にスリップとともに着地した。
「おのれレナルド! 良いところで!」
「阿呆が、裏切りのあとで味方がいるなどと思うな!」
「誰が阿呆か!」
文句を吐き捨て、ファデルがレナルドへと襲いかかる。
両手の爪による暴風のような斬撃が吹き荒れた。
「なっ……! 貴様……!」
「甘いと言っているのだ!」
ギィという金属音を撒き散らし、無数の斬撃がレナルドの錫杖捌きに受け止められていく。
間隙を縫い、足下より跳ね上がった柄がファデルの腹部を突いた。
「ぐふっ……!」
ファデルの体がくの字に曲がると同時、レナルドの錫杖の柄が床へと降り、入れ替わるように右の足が上昇する。
「ぬぅっ……!」
顎先を狙ったレナルドのハイキックを、ファデルが体を反らし、宙返りを見せて後方にかわした。
その着地点を狙い、レナルドの手から光弾が撃たれる。
「なっ……!?」
暗黒の魔力による一枚板の防壁が現れるも、光弾の炸裂とともにファデルが吹き飛んだ。
「どうした、そんなものか? お前の親父はもう少しマシだったぞ」
「くっ……! 馬鹿な……!」
「『ロード』の力? 笑わせるな、力を増したところでお前はお前だ。力など、ある一点を超えてしまえば技の前には意味をなさん。ましてや表に出さず、研磨を怠った扱いきれぬ力で私を制そうなどと、都合がいいにもほどがある」
穂先を向け煽るレナルドと、口上に身を起こせずにいるファデル。
見下ろし見上げる、彼らの膠着に、耳障りな金属の打音が走った。
「俺をのけ者にすんなよ…… メインは俺のはずだぜ?」
レナルドの背後から、ダテが二つに折れた鉄棒を両手に二人を睨んでいた。
「まったく…… 次から次へと新事実ばっかり突きつけやがって…… 気になって戦いに集中できねぇだろうが」
「……!」
レナルドが目を見張る。
両手に持ったままに、ダテが左の鉄棒を右手で、右の鉄棒を左手でなぞる。
左の鉄棒が白く、右の鉄棒が暗く紫に、輝きを灯し、染まっていった。
「そ、その魔法は……!」
「あん? 知ってんのか?」
「物体への付加魔法……! 未だ解明されていない術式を……」
「ああ、こっちじゃそうなのか、わりと普通なんだがな」
「あなたはいったい―― ……!?」
ダテに気をとられていたレナルドが、背後に迫る気配に身構え―― 肩すかしを食らった。
「なんだと……!?」
猛進する黒い影がレナルドの脇を掠めるようにすり抜ける。
影は耳をつんざく高音とともに、ダテの前に動きを止めた。
「……!?」
振り下ろされたファデルの爪が、白い棒に受け止められていた。彼を見るともなしに掲げられた、左手に握るそれによって。
「……うん、コーティングしてやれば切断されないようだな」
「なに……!? 私の爪を…… ただの燭台ごときで……!」
「ずっと触ってると危ないぜ? それ、聖属性だ」
「なっ!?」
接している爪から白い魔力が流れ、彼の手に伝わっていく。
「ぐ、ぐああっ! 焼ける……! 焼ける!」
「ははは……!」
煙を噴く腕を押さえ、痛みに呻きながらファデルが彼を離れた。
「神父狙いに見せかけて俺とはいいフェイントだったんだが、相手が悪かったな。そもそもあんた、動作が遅い上に攻撃がテレフォンパンチだ」
「て、てれ…… なんだ?」
「まぁ…… 戦いのセンスが無いな、ってことさ」
「な、なにぃ……!」
怒れるファデルを置き、ダテは両手の武器をかち合わせ、音を響かせて身構える。
「さて…… あっちはあっちで心配だし、そろそろ本腰を入れてやらせてもらう。……行くぜ?」
言葉とともに発せられる空気に、レナルドとファデルが身を固く、応えるように身構えた。
遠く、決戦の地より感じる緊急のサイン――
彼は自らの戦いを前に、一つと、柄にも無い思いを投げかける。
――頼んだぜ、相棒。




