83.顕現せし至高存在
「お前……! なんのつもりだ……!」
「ふん……」
苦々しい表情を向けるレナルドと、尖った笑みで向き合うファデル。
彼らの間では、手刀によって薙がれたファデルの爪と、それを受け止めたレナルドの二柱の杖がダテを挟んで留まっていた。
「防ぎよったか…… 人間はすぐに耄碌するはずだが貴様は例外のようだな、レナルド……!」
「ファデル……! 血迷ったか……!」
エモノを擦り合っていたダテの背後から迫ったファデル。彼の爪はダテではなく、レナルドに向けて放たれていた。
「血迷う? 元より貴様と徒党を組んだ覚えなど無いわ!」
回身し、杖に阻まれた逆方向から腕を薙ぎ打つファデル。
ダテが素早く跳び上がって場を離れ、レナルドが後退し、それをかわす。
彼らはそれぞれに間合いを取り、いびつな三角の頂点となった。
「おのれファデル……! 貴様、この局面にて――」
「落ち着きなよ、神父。ダンナがあんたの裏をかこうとしてたなんて、今更な話だ」
気を荒げるレナルドをダテが目で制する。
彼には半ば予想出来ていた。機会あれば行動に出るだろう、ファデルの腹づもりが。
「ダンナ…… あんたはシャノンに対して、ある日唐突に、合月を待たずに選ばれし道士を討てと、そう指示を出したそうだな?」
レナルドの眉が険しく狭められた。
「そのタイミングは丁度、神父がアーデリッドを出て都に入った頃だ。あんたは神父が不在の折―― 計画に設けられた唯一の隙、好機を狙って神父を出し抜こうと考えた。違うか?」
ダテの問いに、ファデルが片微笑む。
「お前! 何を考えている! そんなことをすればどのような結果になるか、わからぬわけではあるまい!」
怒りの感情を走らせるレナルド。抑えようとも隠そうともしない剣幕に、ファデルはごくゆっくりとした動作で首を振った。
「まぁよいではないか、レナルド。結局それは成らなかったのだ。まさか娘が私の言いつけに従わないとは思わなかったが、結果としては助かった。聖職者や貴様の話を聞く限り、喜ばしい誤算だよ」
「おのれ…… ぬけぬけと……!」
ダテは視線を、素早く二人の表情に走らせる。
ここに集い、目的を共にしているように見える二人。しかし、その関係は良好なものであるはずがない。明らかにレナルド優位の間柄に映る。
特に今のレナルドのらしくない昂ぶりは、格下に謀反を起こされた者のそれにしか見えなかった。
「……ダンナ、あんたは何か…… 神父に弱みでも握られているのか?」
「弱み…… だと?」
「そうじゃなきゃ、神父が簡単につけこまれるような隙を残し、都に旅立つとは思えない。神父はあんたに対し、何かしら絶対に裏切れない、枷をはめているはずなんだ。その縛りこそが、何も得るものが無いのに、神父に協力していた理由でもあるんだろう?」
フンと、ファデルは不愉快を見せて鼻で笑った。
「賢しいな…… 頭の回るものよ。だが、理解は充分では無いようだな。私は弱みなどは握られておらん。ただ、一族と娘のために動いている、それだけよ」
「シャノンのため……?」
奇妙な答えだった。一族のためを思い、元道士のいいなりになる。娘のためを思い、レナルドに力を奪わせる。どう情報を並び替えても、かみ合わない。
「娘のためと言ったな! それを理解しているというのにここで裏切るのか! お前それでも子を持つ親か!」
ちぐはぐ過ぎる答えに思考を巡らすダテの意識を、レナルドの咆哮が打った。
「無論、我が娘は大事だ。だが、私は一族の長でもある。私の背負うものは、ただ現在を生きる者のみに優先されるほど軽くは無いのだよ」
赤い瞳が笑みを消し、レナルドをねめつける。
今のファデルからはどこかハリボテのようだった尊大さが失せ、言葉に違わぬ、長としての真摯な表情が現れていた。
「くっ…… だがどうするつもりだ…… お前の寝返りなど今の一撃が精一杯、己の力量を考えぬ愚行に過ぎん。何が出来るというわけでもあるまい」
「たしかにな…… 正直、恐れ入った。お前の力は理解しているつもりだったが、ここまで衰えを知らぬとは誤算だった。そして、聖職者がここまで噂通りの、別次元の力を持っているとも考え及ばなかった」
「ならば……! 隅で大人しくしていろっ! 不愉快だ!」
腕を振り、失せろと命ずるような仕草で叫ぶレナルド。
それに反し、落ち着き言葉を重ね、余裕をちらつかせるファデルをダテは注視する。
ファデルの体の内側に、大きな暗黒の魔力が渦巻いていた――
「くくっ、レナルドよ…… ようやくと、貴様を驚かせてやることが出来そうだな」
「何……?」
「欺くとは気持ちのいいものよ。聖職者ですら、この真実には至れなかったようだ」
赤い双眸が光を増し、ファデルの全身から暗黒の魔力が瘴気となって立ち昇る。
ファデルが腰を落とし、胸の前で腕を交差させ、力を集中させる――
「「……!?」」
腕を一息に開き、体を解放したファデルから暗黒の魔力が吹き荒れた――
「こ、この力は……!」
「……!」
力の波が収まり、二人はファデルへと目を向ける。
ファデルの容姿に変化は見られない。
しかし、その体から感じる力は明らかに異質なものへと変貌を遂げていた。
「『ロード』の力だと……! なぜ貴様がそれを……!」
「なっ、何……?」
レナルドの驚きに、ダテが面食らう。
「ほう、さすがは父を倒した男、この力を憶えているか」
「ロ、ロード……? あんた受け継ぐのに失敗したはずじゃ……」
ダテがシャノンより聞いた話によると、そのはずだった。
先代が今際の際に継承しようとした『ロード』の力。当時まだ若く、未熟であったファデルは授かることが出来ず、その力は失われた。彼女はそう言っていた。
「欺いていたのだよ…… この男だけに非ず、万全を期して娘をもな。全て、この一時のために」
「……! そうか……! それでシャノンは……」
『……私にも才があれば、力に目覚められていたのかもしれません』――
そう言って、自らの至らなさに沈んだ様子を見せた彼女を思い出す。
ダテはそんな彼女に違和感を覚えていた。力と才に溢れる彼女が『ロード』に覚醒していない、その事実に。
継承はなされていた。ゆえに、目覚めるべくもなかったのだ。
「欺いていただと……! なぜそのようなことを…… 何を企んでいる……!」
「全ては、貴様の計画に乗るためだ。貴様が立ててくれた計画、その最後のみに変更を加えれば、こちらの思い通りだったものでな」
「なんだと……?」
「貴様は我が娘から『聖杯』により、力を奪うことを考えた。しかし、聖杯とは不便なものだ。相手の『血』を必要とする」
「血……?」
ファデルが口にした内容に、ダテが反応する。
その様に機嫌を良くしたのか、ファデルは口の端を上げダテに向いた。
「この男から聞いた内容だ。相手に血を流させる、その必要があるらしい。血液、それが贄だ、貴様の読みは外れておらん」
ダテはその顔に、気を取り直すように険しい目を送った。
ファデルは一息、鼻で笑うと再びレナルドに向く。
「つまり貴様は計画の最後、合月時に我が娘と向かい合い、血を流させるという危険を冒さねばならん。普通であれば無謀が過ぎるとしか思えぬが、尋常では無い貴様のことだ。何某かの手段はあるのだろう。だが――」
先ほどよりも強く煌めく、赤い視線が遠く、壁の向こうへと向く。その方向には、彼女らがいる。
「優秀が過ぎる私の娘、『合月』の下にある今の娘に…… 『ロード』の力が加わったとすれば、貴様の手段は果たして通用するのかな……?」
「……!? お前……! まさか……!」
「そのまさかよ…… 私は貴様が我が娘の前に立つ、その時を狙って『ロード』の力を継承させるつもりでいた! 至高の存在となった娘を前に策を撥ね除けられ、絶望する貴様を見るためにな! 計画により道士が倒れ、貴様もが倒れれば我らの勝利ともなる! やらぬわけがあるまい!」
高々と高揚とともに叫ぶファデルに呼応するように、暗黒の魔力が彼の体を取り巻く。
怒りの表情とともに杖を奮わせるレナルドに呼応するように、彼の全身から青白い魔力が立った。
「……だが今や状況は変わった……! 貴様は聖職者に阻まれ! 同時私も待つだけで得られる勝利を失った! ならば自ら存分に、実力で蹂躙し、制圧してくれよう!」
ファデルの全身から吹く魔力が更なる増大を遂げる。
「四半世紀を越え顕現したロードの力、その身に受けるがいい!」
現れたる至高存在の魔力に、暗き礼拝堂は音を立て、揺れを見せた――




