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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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82.放たれし邪悪


「ふっ……」

「……!」


 一息、失笑したレナルドの錫杖を押す手に力が加わり、虚を突かれたダテが数歩後退する。


「早いものだ…… 長く長く、待っていたつもりだったが、過ぎてみればもう今日か…… 人の一生など、こんなものかもしれん」


 レナルドは呟きながら、穂先をダテに構え直す。


「長く…… か。前回のこの時、ダンナの親父を仕留めた時から、すでに計画は始まっていたのかい?」

「いや…… その時分の私は、まだこんなことは思いつきもしなかった」

「ならなんで儀式の結末を変えた? 最大の合月魔法、使わずに終わらせたんだろ?」


 小さく、レナルドが肩で笑った。


「その方が良いと、そう思ったまでですよ。道士が力を失わずに済ませた方が、人の世のためになる。合月手前の林の様子を見たでしょう? 私が力を失って、あのような魔物達が村を脅かせば誰が抑えるというのです。これは嘘偽らざる、当時の私の気持ちです」

「本当かよ……」


 理屈として、筋は通っている。

 その日を境に止むわけではない、合月直近の魔物への対応。それだけになく、『選ばれし道士』という優れた人材が力を失わずにあることは、ドゥモにとって、人の世にとって、大きな利点と言えるだろう。


 だが、ダテには信用することが出来ない。

 当時のレナルドの行動は、組織の末端に存在する者の行動心理を大きく逸れている。


 巨大過ぎる組織においての命令は、内容の正しい正しくないを原則としない。頂点からの指示こそが、最大の原則。

 教の者にとっての頂点は神であり、神の定めしルールを遵守じゅんしゅする法王である。ならば儀式を習い通りに遂行せよという法王の命は、個人に判断されることのない、心理的拘束力をはらんだ、ただの当然として行われるべきものであるはずなのだ。


 拘束を破り、個人としての判断が実行された。そこに理由が無いはずは無い。


 想いにより『邪悪』を討たないと決めた、アロアのように――



「今の言葉に嘘などはない、その男の本心だ」


 壁際かべぎわから歩みよるファデルが、ダテの猜疑さいぎ心を否定した。


「なんでわかる?」

「簡単なことだ…… レナルドが『聖杯』について知ったのはその数年の後。当時のレナルドは教会の慣習通り、当日まで何も知らされぬままに我が父との戦いにおもむいただけ…… それだけの存在だった」


 胡乱うろんなものを見るような目を向け、ダテはファデルの言葉を精査する。

 レナルドの影になる形で、ともすれば印象を薄くしてしまいそうになるが、このファデルという魔族の方も目的が見えない。


「……随分とお互いのことについて詳しいみたいだが、どういった付き合いだ? まさか、元道士と邪悪の息子が仲良しこよしってわけはないよな?」


 ファデルは鼻で不愉快そうに笑った。


「当たり前だ…… 誰が好き好んでこのような男と同行するか」


 吐き捨てるような言葉に嘘は見られない。


「なるほど…… なら、お互いに得るものがあるってことか……」

「はっ、得るものだと? それがあればいいものだな」

「……?」


 ファデルの言葉には、またも嘘は見られない。


「無い? ダンナ、だったらなんで――」

「おしゃべりはそこまでです」



 瞬間的に吹いた空気を裂く流れ―― ダテの体が鋭く反応を見せた。


 ギン、と、金属が打ち合う音が礼拝堂に響く。



「……っ、てめぇ……」


 咄嗟に強く握った鉄棒から伝わる振動に、ダテが片眼を閉じて不快を示す。

 二柱の杖が、鉄棒に合わさっていた。


「どうやら、遊んでいる時間は無いようです。時を急がせてもらいましょう」

「不意打ちとはあんまりじゃねぇか、聞かれたくねぇことでもあるかい?」


 右手に構えた鉄棒を下に向け、レナルドの横薙ぎを受け止めたダテが軽口を交え真意を推し量る。

 ギリギリとエモノを押し合いながら、レナルドが首を振った。


「気づきませんか、事態が急を要している様に」

「何……?」


 レナルドの言い分に、ダテは気配を探る。今の事態が急を要する、ならば探る場所は一つ。


「……!?」


 言い分の持つ意味に、ダテは完全に気を取られた。


 その一瞬の隙を突いて、赤い目を光らせた魔族が猛然と彼に迫る――



~~



 『彼女』は驚いていた。

 それはそうだろうと、『彼女』は思う。



『な、なにをやってんだ…… シャノン……』



 おそらくは、ヴァンパイアとして生まれていなければ聞こえることはなかったろう、『彼女(アロア)』の言葉が耳へと届く。

 『彼女(シャノン)』は、羽をゆっくりとはためかせ、青い法衣の修士を()()()()()いた。



 ――森の奥から、光波に焼かれ、消失した木々の香りが昇る。

 アロアの光波によって、もたらされたものだ。


 シャノンが打ち切って、『避けた』がために――



 愕然がくぜんとした表情を見せるアロアへと、シャノンはゆったりとした動作で右手を差し向ける。


「……!?」


 その右手に集まる紫の輝きに、アロアが身じろぎする様が見えた。

 そして、応えるようにアロアは両手をかざし、青白い輝きをたたえる。


 シャノンの柔らかな頬が笑みに緩む。



 ――きっと、理由があって体勢を変えただけなのだ。


 ――そうとでも思っているのだろう。


 ――おめでたいことだ。



 シャノンは容赦無く、『光弾』を放った。




「なぁっ……!?」


 光波を放とうとしていた両の手を引き、アロアは襲い来る巨大な魔力塊に目を見張る。

 理由を考えるよりも早く、本能的な危機への信号が体をつき動かした。


 ――炸裂。


 魔力塊は大地に轟き、草地を弾き飛ばし、地中を円形にえぐった。

 横っ飛びに地面を転がる形でそれを避けたアロアは、高エネルギーに焼かれた背後を見、その威力に怖気を立たせた。


「あ、うあ……」


 確実に、死んでいた。

 怪我ではすまないどころではない。まともに受けて、人が無事でいられるわけが無い破壊力だと、彼女は直感出来た。


 上空から、黒い力が流れる――


「っ……!」


 見上げると目を覆わんばかりの紫色の輝き。

 地面に這いつくばるような姿勢のままのアロアへと、放たれた二発目の巨塊が迫っていた。


 避けられない――


 直面する死に、アロアの目が固く閉じられる。

 明らかに無駄な抵抗、暴力から自らを庇おうとする両の手が、巨塊へと向けられた。


 迫る巨塊、伸ばされた抵抗の手、その距離が秒を待たずに合わさり合い―― ズシリと、座り込んだアロアの体に衝撃が乗る。


「……っ!? ……?」


 重い衝撃と、重量に震える腕、そして、眩い光。

 恐る恐る、アロアは目を焼くような光へとまぶたを開いていく。


「あ、あれ……?」


 青白い聖なる魔力が強く両手に集まり、その輝きが巨大な魔力塊を押しとどめていた。

 同時、彼女の体感が理解を得る。


 これは、押し返せる――


「うらぁあっ!」


 座り込んだ姿勢から、膝を立て、足を踏ん張り、一気阿世にアロアは両の腕を突き出した。


 最早射出と言っていい速度で返された魔力塊は、真っ直ぐに放った主へと向かい――


 放たれた三発目と空中で衝突し、弾け、衝撃波を周囲に撒き散らした。


「くっ……!」


 暴風の渦に眼前を両手で庇い、収まるや否やアロアはシャノンへと足を踏み鳴らす。


「何やってんだシャノン! どうしちまったんだ!」


 激昂し、宙空に留まる少女に目を凝らす。

 その表情は、微笑んでいるように見えた。


「シャノン……?」


 大きな羽を広げた彼女の笑顔は、相も変わらず美しく思える。しかし――


「……え?」


 夜空に溶け込むように、その姿が薄まり、消えた。


「わからないのかしら?」


 背中ごしに聞こえた声に、アロアは飛び上がるように後ろを向く。


「あなたが邪魔なの」


 そこに彼女はいた。


「いなくなって、もらえるかしら?」


 ――彼女の笑顔は、目にすることもはばかられる、「狂気」をはらんでいた。


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