80.辿りつきし推論
「突飛なことをおっしゃいますな、それはどういった根拠で?」
返す尋ね方は、ひどく楽しそうだった。
からかいによるものではなく、その様は暴かれることを楽しんでいた。ひた隠しにしていたものが誰かに追われて露見する。骨を折り、真相を辿ってもらえたことが彼に快感を与えているのだと、ダテに伝わった。
「確証の取りようがないことで申し訳無いがな…… あんたの行動と、あんたが持っていった『物』から考えるに、それ以外にはありえないんだ」
「ほう……」
そこまで迫ってくれたか、その顔はそう言っていた。
目を輝かせるレナルドの隣、まさに「はた」といった様子で、ファデルがレナルドへと振り向く。
「お、おいレナルド! さきほどの話が本当であれば…… 貴様の計画も―― うっ……!」
騒ぎ始めたファデルが、言葉の途中で身を強ばらせた。
――黙れ。
離れて見ているダテにさえ、礼拝堂の冷たさを一点に集めたような、身を竦ませられる冷気が感じられた。
視線が、ファデルを射貫いていた。
神父のものとは思えない、強者の冷血な視線が。
「ダテ様…… 『物』とはなんですかな?」
その目はファデルを凍らせたまま、彼は楽しみを続行した。
「……『聖杯』。あんたがどっかの隊長をやりこめ、宝殿から持ち去った怪しいシロモノだ」
レナルドの満足そうな表情がダテへと動く。同時、呼吸を思い出したかのようにファデルが息をついた。
「聖杯ですか…… どのような品です?」
今度の問いかけには、薄いからかい。
「……ほんと意地悪だな、あんた。俺にわかるわけがないだろ?」
目を伏せ、レナルドが失笑する。やむを得ないことであると、それを知っている様子だった。
「……では、ご考察をお答えいただきたい。私の目的を先のようにおっしゃるのであれば、ある程度の見当をつけていらっしゃるのでしょう?」
「ああ、いいぜ…… 間違ってても、笑うなよ」
『聖杯』―― 先代の法王の急逝により用途がロストされ、現物もすでに押さえられ、調べる術が皆無となっていた謎のキーアイテム。
ダテは手にした僅かな情報を頼りに、仮説を作る以外の手段を持たなかった。
だがその仮説は、彼が写しだした一枚の絵に溶けこむように重なった。それ以外に形が無い、パズルのピースという月並みな表現そのままに。
「聖杯に関して俺が知っていることはたった一つ、法王から聞いたたった一つの内容だけだ。『勇者にまつわる品であり、勇者が窮状に陥った際に使用する物』、それ以外の情報は持っていない」
レナルドは、ただ静かに聞いていた。
「だが、聞かされた時から、俺には違和感があった」
関心のほどはわからない、ファデルはじっとダテに顔を向けていた。
「勇者はすでに法王のもとを訪れ、『聖剣』を授かっている。では、なぜ『聖杯』は授かっていないのか、窮状を打破出来るような物であるはずの聖杯が、なぜあいつの手に渡っていないのか、その存在すらも聞かされることがなかったのはなぜか…… 後々そこに俺が出した結論は、ひどく捻くれたものだった」
その結論には、多分に彼の個人的な想いが重ねられていた。
口惜しく、苦い、彼の根底にある「勇者」という存在への想い。
「聖杯とは、勇者自らが使うものではなく、勇者を利用する者達が使うもの、だからあいつの手には渡らない。そして、モノは杯…… 器にくべられるのは食物…… 贄」
考えを言葉にしつつ、ダテは目を伏せる。
「勇者の窮状とは、窮地、どうにもならない状態…… 魔王と戦う勇者が陥る窮地と言えば、死に瀕する時に他ならない…… つまり……」
すっと開かれた目が、レナルドへと向けられる。
「聖杯とは、死に陥った勇者を贄とし、別の勇者を生み出す道具。贄とした相手の力を奪い、別の誰かへと引き渡すための道具だ」
ダテの言葉が止み、静けさが訪れる。
三人の男が動くことなく、礼拝堂を現実的な寒気が占める。
やがて――
「いやぁ、素晴らしい……! 実に素晴らしい想像力です。さすがはダテ様、ただの知識人には無い、強烈な感性をお持ちだ」
笑顔とともに、レナルドより賛辞が述べられた。
「馬鹿にしてんのか?」
「いえいえ、見事だと言っているのですよ。実に興味深い人だ。その見識、その服装、どれをとっても興味は尽きません、まるで…… この世の人では無いようですな」
茶化すような、探るような態度にダテは一つ、鼻で笑った。
「失礼だな…… 別に変人でも死人でもねぇよ、俺は」
ダテはゆっくりとオルガンの前を歩み、その脇に置いてあった、胸の高さほどの燭台の柄に手をかけた。
「さて…… その様子からすると俺の考えで当たりのようだが、欲しいのは『ロード』の力かい?」
「おやおや…… どこまで知っておられるのやら……」
「どこまでも何も、俺が知ってるのはこのあたりまでさ…… 何せ、調べようにもあんまり時間も手段も無くてね。あんたが何をしようとしているか、それを予想するので精一杯だったさ」
燭台を左手に掲げ、ダテは右手を手刀に構える。
瞬きを許さぬ速度で円が描かれ、燭台は上部と足の円盤を失い、一本の長い鉄棒となった。
「もとより、『選ばれし道士』としての力を持つあんただ。聖杯を手に入れたあんたが欲しがるとすれば『ロード』の力、魔の者全てを傅かせる、その力をおいて他には無い。シャノンは途方も無い力を持った子だ。合月によってロードに目覚める可能性は高い。仮に目覚めないにしても、合月の瞬間のシャノンの力ならば、聖杯で奪うには充分に値する。ことがうまく運べば、この世界であんたに敵う者はまずいなくなるだろう…… この世界、その瞬間のたった二人を除いて」
片手に持った鉄棒をくるくると回した後、片眼で推し量るように眺める。
「何せ世界が力を貸す二人だ。仮に首尾よく力を奪えたとして、それをきっかけに二人の怒りを買い、その場で襲いかかられでもすれば最悪のこともあり得る。だからこそ、あんたは予めアロアが『敗北する』ように仕向けておいた。厄介な相手を、儀式の勝者一人に絞るために」
「……随分と、面倒な行程ですな。聖杯が、相手に向けるだけで用を成すような道具とはお考えにならないのですか?」
「なるほど、たしかに向けるだけで相手の力を奪えるような、奪い尽くして戦闘不能に出来るような道具だとすれば、相手が何人だろうが向けて奪っちまえば終いだ。だが、そんなわけは無いな」
「言い切りますな」
「そんなに強烈な道具があるなら、誰も『魔王』なんざ怖がらねぇだろ」
鉄棒から、ダテがレナルドへと顔を向ける。
両者薄く、失笑。
「じゃあ…… そろそろ始めるとしようか」
「……何をですかな?」
「決まってんだろ」
右手で鉄棒を、横にひと薙ぎ、縦にひと振り。
「あんたの肚、洗いざらい吐いてもらおう。魔族と手を組んで、儀式を崩し、『家族』さえも騙し続けた。そうまでして力を求めた理由は…… ぶん殴らなきゃ聞かせてもらえそうにないからな」
レナルドに対し、ダテが好戦的な笑みを作る。
「なるほど、私の動機が知りたいと。だが…… それになんの意味が?」
「聞かせてもらえなきゃ、納得のいかんやつらがいるだろ?」
応えるように、レナルドが「ニィ」と口角を上げた。
「あ、相手にするな、レナルド……! このような男、構っている暇など――」
ファデルの提言に、レナルドが長物の柄で床を打つ。
「行きたければ好きにしろ。逃がしてもらえると思うのならな」
「な、何……?」
「すでに私達は獣の檻に踏み入った。立ち向かわなければ、追われて食い殺されるのみ」
長物を覆っていた白い布が、レナルドの手によって剥がされていく。
「へぇ……」
布は不作法に投げ捨てられ、『宝具』はその姿を現わす。
「それが…… 『二柱の杖』か」
先端に二つに枝分かれした、ドゥモのシンボルをそのまま乗せた装飾性皆無なシンプルな銀の杖は、一見してただのさすまたにも映る。
だが、遙か時を越え、尚も輝く白銀の異様は、今宵光を落とす合月にも決して劣らぬ存在感をもたらしていた。
それはダテの世界にて、数多の修羅の元を渡り続けた、抜き身の刀のように。
「正真正銘、本物です。覚悟なされよ」
両手に杖を握ったレナルドが腰を落とし、左足、左手を前に悠然とその先端をダテへと向ける。
「見りゃわかるさ……」
その体躯に見合う無骨な構えに、ダテが戦いを前にした高揚を見せる。
「くっ…… 忌々しい……! なぜこのような事態に……」
「ダンナ、何ぼさっとしてんだ」
「なに……?」
心ここに非ず、遠く離れた森へと焦りを募らせていたファデルへと、ダテの鋭い視線が飛ぶ。
「あんたも当事者だろ、参加しな。関わったやつが無関係装ってんじゃねぇよ」
「ぬ……」
魔族の長の、赤い双眸が光を強めた。
「馬鹿にしているのか、小僧…… 二対一などと……」
「馬鹿にしてんのはどっちだ、『聖職者』様に、ピークを過ぎた爺さんとサシでやれってのか? 役不足だ」
「貴様……!」
ダテの挑発に、ファデルの右腕の爪が尖りを見せる。
「言ってくれますな…… 相当な自信をお持ちのようだ」
「ああ、事実俺は強いもんでね。魔王だ勇者だ、邪悪だ道士だ、ハナっから相手じゃねぇ」
「思い上がりは、恥に繋がりますよ」
「老人の思い上がりを潰した経験は、一度や二度じゃねぇよ。魔族の領域を、鼻歌交じりでぶっ潰した経験もな」
左手、左足を前に、ダテが鉄棒を「棍」のように構える。
――静寂。
「若造がぁ!」
「人間風情が!」
「老害どもがぁ!」
吠えた三者は同時に床を蹴り、猛然と激突した。




