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玄人仕事  作者: 千場 葉
#6 『コネクティング・ホーリー・アンド・ダーク』
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79.明かされし「仕組み」(後編)


 大きく羽を顕現させ、ともすれば自らが吹き飛ばされそうになるほどの力を放ち続ける。その先には力を受け止め、押し返す一人の「友達」がいた。

 少し強いかもしれない。そう思い力を緩める。途端に力強く、魔力による二度の押しが入ってくる。

 「ふふ」と笑い、彼女は力を強めて押し返し、二人を結ぶ魔力波の接点を中心へと保つ。


 向こう側にいる彼女も、同じ気持ちならいいなと想ってしまう。

 妙な安心と、不当な高揚。ともに何かを成し遂げようとする連帯感は、彼女にとって初めての感覚だった。

 一歩と間違えれば大怪我では済まないはず。なのに楽しいのだ。二人で一緒に、こうしている今が。


「大丈夫…… 私達なら出来る……」



~~



 明日、二人にはやってもらわなければならないことがある。そう言ったダテは皆をうながし、森の広場の中央へと集めた。


「ま、魔法を撃ち合う!? は、話が違うぞダテ! わたしとシャノンは……」

「落ち着け、別に戦えって言ってるわけじゃない」


 二人に託された合月下の行動は酷く単純にして、意図を掴みかねる内容だった。


「ただただ、魔法をぶつけ合えばよいのですか?」

「ああ、それだけでいい。離れた位置から出来る限り大きな力で押し合い、その状態を維持し続ける。それが俺の考え出した最善の策だ」


 真剣な面持ちでそう語るダテへと、彼のかたわらに立つイサが注意を引くように小首をかたむけた。


「ダテ様、それにはいったいどのような意味があるのでしょう? 擬似ぎじ的な儀式を行う必要でもあるのですか?」

「いえ、そういうわけではありません。二人が戦わないようにするため…… 殺し合わないようにするために必要なことなんです」


 不穏な単語にアロアが息を呑んだ。シャノンはちらと彼女に目をやったあと、言葉を差し挟む。


「私達の戦いは避けられない…… 今朝に言っていたお話なのですね、ダテ様」

「ああ、それだ」


 ダテが二人に向けて握った両手を差し出し、上向きに開く。


「聖なる魔力と、暗黒の魔力」


 アロアがいる左手側に青白い光の球、シャノンがいる右手側に暗い紫色の光球が浮かぶ。


「君らが持っているこの属性の力は、他の属性には薄い、極めて危険な特性がある」

「とくせい……?」


 輝く自らの属性の球から、アロアの目がダテの顔へと動く。目が合い、ダテは小さくうなずきを返した。


「それは心の変化…… 精神構造への影響だ」



~~



「俺はあの二人に、相反する魔力同士をぶつけあい、相殺そうさいによる消滅を続けるように指示を出した。暗黒属性も、聖属性も、かたよりが過ぎれば心―― 思考へと影響を及ぼす。きっと『合月』により世界が力を注いだ瞬間には、二人は対極にあるお互いが許せない状態におちいり、どちらかが失われるまでの戦いを続ける、そう見越して」


 ダテは壁を向き、遠く放たれ続ける巨大な魔力を眺めるようにして語る。


「い、意味がわからん…… 貴様の言っていることと娘達にやらせている内容、何が繋がると――」

「本当にわからんのか?」


 かぶりを振り、不愉快そうに言葉を吐くファデルに、ぴしゃりとレナルドが言い放った。横からの物言いに虚をつかれ、戸惑いを見せるファデルへと、どこかあざけるような笑みを向けて神父は続ける。


「簡単な話だ。偏りが過ぎれば思考の傾向を支配されるのであれば、過ぎなければよい。心が正常な状態である今より始め、ひたすらに消費し続ければよいのだ。理にかなったやり方だろう?」

「む……」


 言い返そうとして、つまる。理解が及び、返す言葉に窮迫きゅうはくしたようだった。


「ふ、ふん…… ひどく稚拙ちせつなやり方だな…… 戦いを避けるために消費させるだけでよいのであれば、そのような危険な手段をとらずとも他にもやりようが――」


 苦し紛れの物言いに、「くっく」とレナルドが笑う。


「何を言っているのだ、お前は…… 消費させる()()で良いわけがなかろう」

「……?」


 愉快そうに言うレナルドと、呆気に取られるファデル。ダテは笑みを表情に、二人の会話を背に受けていた。


「消費させるだけで良いのであれば、わざわざとお互いに向けてなど撃ち合わなくてもよい。そもそもが対面する必要すらもない。多少は目立つだろうが、空にでも放ち続ければよいではないか。相殺による消滅がいかに重要か、それすらもわからんとは……!」

「な、なんだと!」

「意地悪してやるなよ…… 気持ちはわからんでもないけどな」


 振り返り、ダテはレナルドに呆れたような笑いを送った。

 ダテの中では、最早確信があった。


 ――レナルドは『儀式の仕組み』を理解していると。


「いいかいダンナ、『合月』というのは世界に溢れた二種の魔力が、たった二人の人物に流し込まれるというものなんだ」

「そ、それくらいは知っている」

「ならわかるだろ? 本人から失われるだけじゃ、すぐに戻ってきてしまうってことが」

「……!」


 『合月』時の魔力は、『世界からの供給』である。


「もちろん、シャノンもアロアも人間…… というか、生物には変わりないわけだし、肉体的に無限にいくらでも供給を受けられるってわけにはいかないがな、魔力が世界のどこかにある状態じゃだめなんだ。ちゃんと、互いに消滅させられる関係性の魔力同士をぶつけあい、世界から消していく必要がある」

「消す……? 完全に…… なくすのか?」

「ああ、『反属性の魔力同士の合成は、純粋な無属性への変換を生じ、世界へと返還される』。わりとどこにでもある魔力理論の基礎の基礎だ。実際に無くなっているわけじゃないが、感覚としては『消滅』で間違い無い」


 語る魔力理論。そうである『世界』もあれば、そうではない『世界』もある。

 だが、ダテはこの世界においての魔力のルールが、多くの世界でのありふれた、ごく一般的なものであることを把握していた。アーデリッドを訪れる前、都に滞在中、ドゥモ本部の図書館にもっていた頃の成果である。


 初めて聞かされる理論と、口調とは裏腹ながくを見せるダテに呆けるファデル。

 ――そんな彼の肩に、レナルドの手がかけられた。


「なぁ、ファデルよ。今の理論は我々人間の側では百年足らず前に発見されたものだが、初めて聞いた様子だな? 勉強になったか?」

「ぬ…… 貴様……」

「まぁ待て、そう目くじらを立てるな。今のはヒントだ。今ダテ様が聞かせてくれた理論…… お前の『勘違い』へのヒントになるのではないか?」

「な、何……?」

「いや、最早答えと言ってもいい」


 趣味が悪いなと、ダテは思った。

 ファデルに同情は持たないが、レナルドという人物に、ある種の歪みのようなものを感じ顔をしかめる。


「いいか、ファデル…… 『反属性の魔力同士の合成は、純粋な無属性への変化を生じ、世界へと返還される』、だ。よく考えてみろ……」


 そして、彼は決定的な、『邪悪』側に蔓延はびこっていた『勘違い』を指摘する。



「選ばれし道士を吸血し…… 『聖なる魔力』をお前達の『暗黒の魔力』がたける体へと取り込めば、どうなると思う……?」



 ――ファデルの、赤い瞳が大きく開かれた。



「な、なんだと!? そ、それでは……!」


 激しく動揺を見せるファデルに、身を離したレナルドが満足そうな笑顔を向ける。


「ああ、そうだ…… 純粋な無属性へと変化を生じ、『世界へと返還へんかんされる』…… 咬みついたが最期、下手をすればお前達は体ごと、世界へと『返還(かえ)』されるのかもな」


 ファデルから呼気が漏れる。その口は動けども、言葉になることはない。

 ダテは首に手を当て、一度頭を回すと彼らへと二歩と近寄った。


「まぁ…… そういうわけだ。それがあんたら『邪悪』側の勘違いであり、これまで何度儀式を行おうとも、世界が変わることなく続いてきた理由でもある。どちらが勝利を手にするにせよ、『選ばれし道士』は最大の合月魔法により力を失い、『邪悪』は吸血により力を失う…… 『聖なる魔力』、『暗黒の魔力』、世界の力の均衡(パワーバランス)はあらかじめどちらにも振れないように、全て仕組まれてるのさ」


 それはダテをして、よく出来ていると失笑せずにはいられなかった、この世界のことわりだった。

 彼は調査の最後の最後、この『仕組み』に気づき、ようやくと『世界』からの依頼を把握出来るに至った。



 『世界』は選ばれし道士が敗れ、これまでの世が変わることを契機にではなく、ただ一つ――


 世界の力の均衡が崩れることのみを嫌い、彼を使わせたのだ。



「そ、そんな馬鹿な…… それでは…… 私達一族はこれまで、無意味な戦いに身を尽くし続けていたと……」

「そういうことだ、ファデル。お前達邪悪も、私達ドゥモの者も、なんら真実に気づくことなくただ踊らされていた。いずこの誰が作ったのかも知れぬ、『合月の儀』という固定器具にな」


 事実を知らされ、立ち尽くすファデル。

 その様に、憐憫れんびんとも嘲笑ともとれる、薄ら笑いを向けるレナルド。



 世界は力の均衡が崩れることを嫌った。ならば――



「なぁ、神父……」

「はい、なんでしょうか?」



 崩す者がいる――



「あんたの狙いは…… シャノンの力だな」


 真っ直ぐに投げかけられた視線に、レナルドは口の端をつりあげた。


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